訓練機打ち上げ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙ステーション「こうのす」とは別建てで、日本独自の宇宙飛行士養成計画も再開する。
「こうのす」は、あと一月半は無補給で運用される。
その間、何もしない訳ではない。
フェーズ2のチームが招集され、感覚を取り戻す訓練を始めた。
更に、短期滞在メンバーの選抜も始まった。
そして、ミッションスペシャリストでない、パイロットとしての宇宙飛行士が訓練機で打ち上げられる。
新型訓練機ジェミニ改2は、最大4人乗りである。
しかし4人乗りにすると、居住性は最悪となる。
だが、それがどうした?
パイロットの訓練には、あえて不便な旧型機、更には複葉レシプロ機を使う事もある。
空軍の場合、操縦技術以上に電子機器の熟練が大事になるので、余り旧型の機体は使わず、きちんと電子装備の入った機体で訓練したりするが。
だが、不便ではあるが、やろうと思えば(回路自分で繋ぎ変えたりすれば)何でも出来る擬似旧式機での宇宙飛行士訓練は、アメリカも一理有ると認めていた。
故に彼等は、空軍エリートパイロット養成、空軍の宇宙飛行士育成にジェミニ改を使った。
普通のパイロットは効率重視だが、エリートとなれば何でも出来る、死ぬ状況でも活路を見出せる能力が必要だからだ。
NASAは、宇宙への移動だけなら、エレベーターに乗るかのように「ただ運ばれるだけ」で良いと考える。
実際、多くの有人宇宙機は操縦席自体を廃止、全空間を生活空間とし、操縦は自動プログラム、又は地上からのコマンド入力、必要時でも有人機内でのタブレットからの操作で可能なものとなった。
敢えて操縦桿とか切り替えスイッチとか噴射ボタンといった「実分」は持たせない。
宇宙戦艦の松◯メーターもタキオン粒子注入バルブも過去の概念で、ギャラ◯シー級とかヴォ◯ジャーとかの平面パネルをタッチ、壁はノッペリしているのが新しい有人機である。
(無論、某OVAで最も多くの提督を死なせたり負傷させた柱やワイヤーも無い)
JAXAも、ミッションスペシャリストの交代や短期滞在チームの輸送をアメリカから行う場合は、何もしない方式の宇宙船をチャーターしようと考えている。
打ち上げ一回で間に合うからだ。
日本から打ち上げる場合と、訓練の場合は不便なジェミニ改2を使う。
訓練機としては、将来日本独自の多人数型宇宙船が出来たとしても、ジェミニ改の方が望ましいかもしれない。
ライセンス取得し、国内製造しようという声も出ている。
月まで行ったアポロ宇宙船の飛行士が、ジェミニで訓練した成果を活かしたように、オリジナルのジェミニもジェミニ改も、軌道変更、ランデブー、ドッキング、船外活動と一通り必要な事は全部出来るのだから。
という訳で、訓練機打ち上げの準備が始まった。
船長には既に何度か宇宙に行ったベテランを任じ、3人訓練飛行士を乗せる。
ドッキング標的機として「のすり」を打ち上げる。
多機能なこの機体は、ナンバリングで30号を超えて使用されている。
元々宇宙ステーション輸送機「こうのとり」の与圧室を流用したものだが、「こうのとり」自体がHTV-Xに更新され、与圧室(室内貨物庫)のサイズが倍になった。
製造元では、「こうのとり」の製造ラインを閉じる為、「のすり」用のラインを作って貰うか、ライセンスにして他社に製造を委託するか、HTV-X流用の新型多目的機に更新するか、検討中である。
日本人宇宙飛行士を100人以上にしたいという野望がある。
それだけの数を宇宙に送れるなら、日本の宇宙事業への信頼も出るだろう。
対米貿易黒字減らしの他にも、宇宙ビジネスの為の信頼確保に、アメリカで請負い切れない分の補完と、有人宇宙部門は学者肌の者には合わない生々しい部分があった。
一方で宇宙ステーション利用については大盤振る舞い。
東南アジア諸国の学生にも解放したいとのこと。
更に中東の金持ちで、自国の反米感情とかあって代わりに日本を、って需要もある。
色々思惑が有るので、宇宙飛行士100人計画は無意味な構想とも言い難い。
「という訳で、漁業関係と調整し、種子島が使える期間に訓練機も可能な限り打ち上げ、訓練生を可能な限り宇宙に送りますので」
とりあえず招集した24人(4人組6チーム、フェーズ2までに3回打ち上げ予定でそれぞれのバックアップチーム)に秋山は説明した。
彼等は覚悟して来た為、「狭い」と口に出して苦情を言わなかった。
この中で10〜12日間を耐えようと気を引き締め直していた。
船長を任命された6人はジェミニ改経験者であり、ちょっと間隔が変化したのに慣れていけば良い。
残り18人は、操縦席に座る場合と増設席に座る場合で、脱出の仕方が変わる為、まずは脱出を完璧に出来るように特訓する。
特訓、というのは訓練機打ち上げが一週間後だからだ。
ジェミニ改で訓練したものを、仕様が異なるジェミニ改2に慣らす必要がある。
そして打ち上げの日が来る。
増設席に座る飛行士が、操縦席を動かして乗り込む。
2ドアの自動車の後部座席に乗るような要領で、まず彼等が先に入る必要がある。
彼等が乗って、緊急脱出装置も兼ねた座席に宇宙服を着て膨れた身体を押し込み、ベルトを締めたら、船長と操縦席に座る訓練生が乗り込む。
そして観音開きのコクピットハッチが閉ざされた。
そして彼等は打ち上げられる。