ジェミニ改2運用方針
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「ああ、確かに狭いですね」
運用チームは一通り全員中に入ってみた。
ジェミニ改は、座席射出型操縦席である。
本来非常脱出ロケットでカプセルごと切り離し、爆発するロケットから逃れる。
だが、ジェミニ宇宙船は戦闘機と同じ座席射出型だった。
この方式は、ロケット爆発時に爆風から逃れられない確率が高いのと、超高空では飛行士が危険なので廃れた。
しかし、基本設計がジェミニ宇宙船のジェミニ改は、合った型の非常脱出ロケットが無い。
新開発よりも、爆発を検知したら機械船の帰還カプセル切り離し装置が自動で働き、帰還カプセルが射出される。
そしてカプセルがパラシュートを開いて着陸するが、これでもまだ危険とコンピュータが判断した時、座席が射出される。
この仕様である為、荷物積み込み時は座席を外す。
射出装置も機能チェックする。
座席を外して各種整備をする関係で、デスクスタッフもメカニックも体験してみるのだ。
無論打ち上げる訳ではないが。
ジェミニ改2は、2〜4人乗りとフレキシブルに変更出来る。
予備の座席を積む、積まないは変更出来る。
この辺の習熟から始める。
開発したB社のスタッフは、昨今の疾病の為来日出来ない為、莫大なデータ量のマニュアルが送信されて来た。
印刷というバックアップも一応するが、元々電子データなので各員のタブレット端末にインストールする。
日本が印刷に拘る守旧さを持つように、アメリカにも守旧さがある。
ヤードポンド法を崩さないのだ。
B社担当の小野職員(そろそろ帰りたいが、彼以上に適任が居ない為、まだ在米)がそこはちゃんとメートル法に訳したり、赤線引いたりしているが、どこに落とし穴が有るか分からないので、飛ばす前に徹底的に弄ってみる。
某模型会社は、スーパーカーを輸入して、分解して模型に反映させた後
「直せなくなったので、お願いします」
と頼み、相手を呆れさせた。
それに倣うかのように、外枠以外は一回解体し、組み立ててメンテナンスマニュアル、設計図と照らし合わせる。
そうして一通り理解し、運用について話し合う。
「宇宙服着て座ったら、相当キツいっすね」
「打ち上げ成功したら、宇宙服脱いで、椅子から出た方が良いですね」
「そうなると3人運用を基準にした方が良いですね。
4人乗ってると、宇宙船脱ぐのでさえキツいですよ」
「そうだったの?」
「この前試しました。
出来なくは無いですが、隣の席の人に手伝って貰わないと、一人では脱ぐだけに手足を伸ばしたり、屈んだりするスペースも無いですよ」
「B社とのやり取りで、それで良いって言ったからなあ。
4人乗り時に居住性が著しく悪化するのは許容する、と」
「じゃあ、4人乗りは必要時のみで、普段は3人乗り運用なんですね」
「忘れちゃいけない。
大概は『のすり』とドッキングし、そちらの与圧室に乗り移る。
それで大分楽にはなる」
「でも、基本は3人乗りですね!」
「まあね。
そこまで念を押す理由は何?」
「宇宙ステーションでの生活ローテーションですよ。
三交代を前提にしてますので。
長期滞在のミッションスペシャリストは2名、生活班長とも言える料理長1名、彼等には基本的にステーションの運用はさせないようにします。
短期滞在のミッションスペシャリスト2名若しくは3名も同様です。
船長、副長、操縦士の3名をローテーションします。
3が基準なので、4基準に変えられたら困るんですよ」
「理解しました。
そういう話であれば、3人乗りが運用基準です。
これは変わらないものですが、皆さん良いですね」
「異議なしです!」
「4人乗りはどういう時にあり得るか?
……って事ですが、どうですか?」
「私が想定しているのを言いますね」
秋山が語る。
「長期滞在メンバーに、急遽帰還が必要な人が出た場合です。
つまり、帰還時に4人になる場合です」
「では行きの4人乗りは、欠員補充時ですか?」
「いや、その場合でも3人乗りは変えません。
短期滞在メンバーの構成を変えるだけです」
「往路の4人乗りは考えてないのですか?」
「私の頭の中ではそうです。
いや、最初からそうでは無かったのですが、座ってみて、余り長いこと座っていたいものじゃ無いと思ったもので」
「同感です」
「深夜バスでも、4人掛けは避けたいです。
あの座席はその4人掛けですからね」
「……あれは夜行高速バスが正式名称です。
北海道ローカル番組の影響で深夜バスが通用してますが、深夜バスは終電行った後の住宅地なんかに輸送するバスですよ」
「まあ、その夜行高速バスの、よさ○い号の20列目以降みたいなもんですからね。
宇宙に着いた途端
『久々に腹立ったね、眠れなんかしないよ』
とか文句言われたくも無いです」
「はい、特定の夜行バスをdisらない。
訂正します。
4人での打ち上げも有ります!」
「え゛?」
「無体な……」
「拷問ですよ、それ。
将来ある研究生を四列シートに乗せて運ぶんですか?
せめて三列独立シートにしましょうよ!」
「ジェミニはバスじゃ無い……」
「まあ待ちなさい。
誰が研究生を乗せると言いました?」
「他、誰が乗るんですか?」
「皆さん、宇宙ステーションにばかり目が行って、忘れてますよ。
ジェミニ改は元々何の為の機体ですか?」
「!!
訓練機!!」
「そうです。
マーキュリーもオリジナルのジェミニもアポロも、
ボストークもボスホートも、もっと居住性悪かったんです。
訓練なら飛行士は多く乗れた方が効率良いですし、元々贅沢させない、マニュアル操縦を経験させる為に枯れた技術のジェミニ改にしたんです。
宇宙ステーション運用上は3人乗り基準を変えませんが、訓練では4人乗りもします。
飛行士の文句は聞きません。
贅沢は、訓練終わって、宇宙ステーションドライバーに格上げされてからにしましょう!」
方針は定まった。
そして多くの訓練生が「やられる」事になる。