農業モジュール命名
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
地上では、今後のスケジュールについて計画が立てられていた。
そして「農業モジュール」の愛称募集の最終作業も行われていた。
「考える事、同じ人は結構いるなぁ」
公募に対し、命名パターンが鳥の名である事と農業から「かるがも」「あいがも」「あひる」という応募が多数寄せられた。
そちらは水耕モジュールの名前に決まっている。
職員の一人が笑いながら
「益鳥と言ったらそうなんだけどねえ。
これ使ったら、あの国怒るだろうなぁ」
と「毛首席の雀」という応募を見せて来た。
「……他探そうか」
秋山はとりあえずスルー。
鳥の名前では「くいな」と「たんちょう」が候補に残った。
「くいな」は水鶏。
「たんちょう」は丹頂鶴。
益鳥という訳ではないが。田畑で見かける鳥である。
いや、あった。
最近は絶滅危惧種で、見た事が無い日本人も多い。
鳥ではない名前の公募もあった。
「はたけ」「かかし」「いなほ」「わかば」等。
「なんか、疾風伝とかそんな名前ですね」
「え? 私なんかはホコ天ロックバンドからアイドルプロデューサーになった系かと思ったけど」
世代で感想が割れた。
一見良い感じなのだが
「みずほ」「うねび」「ちよだ」「あおば」という名前。
「水上機母艦瑞穂、防護巡洋艦畝傍、空母千代田、重巡洋艦青葉……」
「千代田は空母じゃなく、水上機母艦でしょ、元々」
「いや、そもそもは装甲巡洋艦ですが」
「それはどうでも良い! 軍艦名とかぶってる事が危惧点。
いや、我々は良いが、政治家先生で気にする人もいるでしょ?」
「えー? うちの小惑星探査機も東北新幹線もバイクも『はやぶさ』が大丈夫なんですよ。
気にしなくて良いでしょう」
「『あけぼの』も『ひりゅう』も『いぶき』も軍艦かぶりですしね」
「『ミネルバ』なんて、アニメの宇宙戦艦ですよね」
「……強襲揚陸艦」
「細かい事は置いといて……」
結局、この辺は候補として残した。
凝った応募もある。
「みれー」「ごっほ」「こうきょうきょく6」「ぶそん」「くまぐす」等。
「落穂拾いのミレー、田園風景のゴッホ、田園交響曲はベートーヴェンの第6番、田園俳諧師の与謝蕪村に、自然保護の南方熊楠か」
「ちょっと凝り過ぎなんで『でんえん』で良いんじゃないですか。
大体共通しているし」
「異議なし」
ある意味芸術的センスに拘りが無かったので、この辺はサクっと取捨選択集約化された。
「ところでねえ、私にも腹案が有るのだよ」
応募から最終候補を持って総理の元を訪れた秋山に、ニヤケ顔の総理が言う。
「………………伺いましょう」
「鳥の名前っぽく、かつ農場って感じだから、『みどり』でどうでしょう?
鳥ではないですが、『どり』で何となく掛かってますよね。
あと、緑は政治的に自然保護団体とかにウケの良い名前だんだよ。
どう?」
ドヤ顔で聞いて来る。
「……地球環境観測衛星の名前が『みどり』です」
「じゃあ、『みどり2』は?」
「地球規模の水・エネルギー観測衛星に使われています」
「…………」
「何か?」
「分かりました。
最終候補を見せて下さい」
総理が候補を読んでいる時、首席秘書が秋山の袖を引き
(いや、すまなかった。
どうしても自分も案を出してみたいって仰ってましてねえ……)
そう謝って来た。
総理は『あおば』と『でんえん』を選んだ。
文部科学大臣にも報告する。
「ところでねえ、私の案も言って良いかね?」
(またか!!)
「『きらり』なんてどうだい?
キラリ光る未来を感じさせる名前だろ?
それにね、うちの地元の米のブランド名なんだよ!
どうだい!!!!」
「……レーザー光を使った通信実験衛星の名前で『きらり』は使用済みです」
「あ、そうなの……。
最終候補見せて下さい……」
大臣は「いなほ」と「あおば」を選んだ。
局内に戻った秋山に
「あ、電話来てますよ」
と部下が伝えた。
悪い予感しかしなかったが、聞いてみる。
「誰から?」
「農林水産大臣です」
「……要件は?」
「うちで運用してる農場モジュールの命名について、だそうです」
ま・た・か!!
とりあえず折り返してみる。
「うちとしても、何らかの形で協力したいと思ってたんですよ、はっはっは!」
「はあ……」
「私もね、モジュールの名称で一枚噛んでみようと思ってね」
「はあ、成る程」
(命名案で協力って、一銭も出す気は無いって事だね)
「過去の日本の衛星って、色んな名前使ってるんだねえ。
調べましたよ。
『だいち』とか『いぶき』とか、良い名前ですねえ」
「ええ、先輩方は良い命名をしてくれました」
「そこでね、私は『でんえん』ってのを考えたのだが」
「あ……」
「良い名前でしょう!」
「それ、応募の中から最終選考に残って内の一つです」
「…………そうなの?」
「そうです」
「ま、まあ、私も中々良いセンスしてたって事だね。
じゃあ、そういう事で、よろしく」
結局『でんえん』と『あおば』で決を採り、『あおば』は別な衛星やモジュールの名前に使い回しが利きそうという事で『でんえん』に決定した。
軌道上の「こうのす」。
「という事で、農場モジュールは『でんえん』に決まりました」
「分かりました」
「で、鈴木君は報道発表前に、名称を紙に書いておいて下さい」
「え? 自分、字下手ですよ」
「筆ペンありましたよね?」
「秋山さん、聞いてます? 字下手なんですよ!!」
「それはそれで味が出るから大丈夫です!」
「僕の字を全世界に晒すんですか!!!!」
「後で額縁に入れて、モジュールの入り口に貼って貰いますんで」
「じゃあ、映る度に世界に晒されるんですね?」
「ひらがなだし、読めるでしょ?」
「まあ……」
「ならば良し!」
どっかの曹操孟徳のような〆をした秋山であった。
おまけ:
鈴木飛行士は言われた通り、縦書きで「でんえん」という名を書いて、入り口に貼った。
だが、ちょっと反抗したくもなったようだ。
もう一枚、横書きで「糖分」と書いて、やはり入り口の上部(無重力だが一応)に貼る。
一気に緊張感の無いモジュールっぽくなってしまった。