何でもない日の滞在日誌(山崎飛行士目線)
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
山崎飛行士は物理学系の研究者である。
量子コンピューターを研究しているが、まだ第一人者には遠い。
磁性体について、まず基礎研究をしている。
ここまでならISSでの研究分野のようだが、ISSでは問題があった。
日本の研究モジュール「きぼう」の暴露部の予定が空いていないのだ。
担当振分の時に、秋山たちもISS側に回そうか迷ったのだが、実験としては放射線の飛び交う中で被爆させ、劣化(磁性体としての弱化)を調べるくらいだったので、「こうのす」の方で引き取る事になった。
もう一つの案「無人機で打ち上げて、三ヶ月で回収カプセルで戻したらどうか」というのも出たが、わざわざこの為の実験機を打ち上げるよりは……と「こうのす」の付属モジュールになった。
このモジュールのセットアップが山崎飛行士の役目である。
連結した与圧室を行ったり来たりして、コアモジュールでもデータを取ったり、暴露装置を操作出来るようにする。
この辺は農場モジュールと一緒だが、簡易実験モジュールの方はバイオハザード設備の農場モジュールと違って出入りは気軽に出来る。
バックアップ機能的なものだ。
故障時にどちらからでも操作可能である。
このモジュールが山崎飛行士の住処となる。
「こうのす」は広いので、コアモジュールに今既に4ヶ所の個室ブロックがある。
この他に、元「こうのとり改」の居住モジュールに2ヶ所それなりの寝所がある。
簡易実験モジュールにも一人用の簡易ベッドがある。
厨房モジュールにも一人用のベッド(ただしサイズはダブルベッド分、誰を連れ込むというのか?)が格納されている。
農場モジュールには無い。
「こうのす」前後に連結している「ジェミニ改」がくっつけて来た中間ユニット「のすり」にも簡易ベッドが2台あり、寝る場所には困らない。
ではあるが、一応寝場所決めを行った。
山崎飛行士は持ち場である実験ユニットを独占出来た。
鈴木飛行士はコアモジュールの個室を選んだ。
ベルティエ料理長も「厨房で寝るのは緊急時だけで、個室は別が良い」という事で、彼もコアモジュールの個室にした。
北川船長は旧「こうのとり改」を選び、ハッチのところに「艦長室」と染め抜かれた暖簾を掲げている。
船長、どの艦長が好きなんだ?
あとで聞いてみようかと、山崎は密かに思った。
(シチューにカツのあの艦長か? 親父にもぶたれた事ない子を二度もぶった艦長か? 意外にアメリカテレビドラマのスキンヘッドな艦長か?)
個室化した事で、生活がルーズにならないよう気を付けなければならない。
各モジュール間の通信も確保された。
仮に寝坊したとしても通信で起こされる。
寝坊は、次第に具体的な問題となって来る。
90分で昼と夜が変わり、交代制で研究、ステーション任務、休養を繰り返す。
二週間もすると、生活リズムはよく分からなくなって来る。
慣れも出て来たし、一人部屋住のようになると油断もしそうだ。
山崎は「寝坊厳禁!!」とインクで書いた紙を貼って気を引き締めた。
規則で、ハッチを閉める事は禁止である。
酸素の循環、二酸化炭素の排気の為である。
一方、個別のモジュールなったで照明を落とす事は可だ。
コアモジュールは24時間操業する為、ここは照明を落とせない。
故にコアモジュールの個室は、どうしても照明が漏れ入って来る。
個別モジュールは、通路から光は入って来るが、カーテンやブラインダーは付けて良い(空気の妨げにならないものならコアモジュールの個室でも可)。
簡易実験モジュールは、制御コンピュータ、計器が絶えず動作し、チカチカ光るし、時に目が痛い青い電源光があるが、それでも全体として真っ暗に出来る。
こうして部屋間の移動すらない、ワンルームでの在宅ワークのようになった。
1日の3分の2近くはこのモジュールで過ごす。
食事はコアモジュールでする。
トレーニングもコアモジュールで行う。
農業で普段から体を動かしていた鈴木飛行士と違い、ここ最近は義務の荷物運び以外は、茶碗より重いものは持っていない、研究室での研究者の山崎はトレーニングが億劫ではある。
普段から動かないのに、ノルマの2時間の筋トレは、運動不足の彼には厳しい。
筋肉痛がする。
しかし、それくらいで無いと筋肉が弱って大変な事になる。
船長は、筋トレに関してはサボりがちな山崎の叱咤激励してノルマをこなさせる役割も負っていた。
トレーニングが終わると、エアコンの効いた宇宙ステーションながら、汗びっしょりになる。
計器や水滴を嫌うし、それ以上に日本人は汗びっしょりを嫌う。
シャツを洗濯機に入れ、シャワーを浴びる。
湯舟に該当するものもあるが、汗を流したい時は浸かるよりシャワーが良い。
湯を浴び、空気吸引でそれを吸い取り、身体を乾燥させ、着替えのシャツに着替える。
「スポーツ飲料ありますか?」
サプリメントと一緒に飲んで、持ち場のモジュールに帰る。
間食は基本厳禁だが、1日にチーズスティック1本か、小魚パック1袋は許可、というか推奨されている。
カルシウムを僅かでも補充する為だ。
チーズスティック1本食べながら日誌を書く。
日誌を送信し、彼の1日は終了する。
寝坊しないようアラームをしっかり確認する。
そして宇宙線の瞼裏チカチカ半減アイマスクをつけて眠りに着く。
明日も宇宙生活は続く。
おまけ:
山崎「北川さんは、どの艦長が好きで『艦長』の暖簾つけてますか?」
北川「突然ミッドウェー海戦当時にタイムスリップしたイージス艦の漫画の艦長」
山崎「え? 意外っす」
北川「僕は昼行燈でいいし、昼行燈のままで任務終えたいんでね」