何でもない日の滞在日誌(北川船長目線)
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
北川飛行士は、2回目の宇宙飛行で船長に任命された。
北川飛行士はJAXA独自宇宙飛行士の2期である。
1期の飛行士たちは、教官となって指導に当たったり、より難易度の高い任務を担当している。
1回宇宙に出た2期の飛行士たちが、ミッションスペシャリストたちと共に地上長期訓練も受けて、宇宙ステーション担当となった。
従って同様の待命メンバーが他に5人いて、北川飛行士はたまたまフランス人シェフの居たチームだった為、一番手に決まった。
北川飛行士はアラサーの独身。
「箔をつけたら、次はお見合い任務だな」
とか言われている。
独身で恋人もいない為、長期任務も問題ない。
ベルティエ料理長より一回り年下だが、それも運用側が狙っての事である。
専門知識が豊富でプロの宇宙飛行士が船長、それは既定路線である。
大きな問題も起こらないだろう。
となると、基本料理と生活管理が主な仕事で、船外活動やロボットアーム操作、研究補助は負担の軽い年配のベルティエ料理長に親父として人間関係を見て貰い、船長は技術的な仕事と、初の宇宙実験で何かと忙しくなるから、そちらに専念して貰う。
船長は、地上との交信や宇宙ステーションの管理運営をやっていれば良い訳ではない。
それは当番で船長席に座る者は、一通り出来るように訓練されている。
船長は、船長席に座った者から報告を得、料理長から備蓄物資の量の推移を聞き、飛行士の健康状態を確認して時に筋トレ量を増やすか地上と相談して判断し、非常事態には自らが責任を持って判断する。
これから行う事で重要なのは2つ。
1つ目はドッキングしている輸送船「HTV-X」の切り離し。
2つ目は簡易実験モジュールのドッキング。
本格的な物理実験モジュール「おうる」は第2フェーズになったが、それまで何もしない訳ではない。
詳しくは山崎飛行士に説明して貰うとして、船長としては簡易モジュールを接続する迄は責任を持って行う。
「HTV-X」は現在、予備の与圧室として、倉庫兼何の目的も無い空間として使用されている。
北川は全員に通達を出す。
「輸送機は予定通り、3日後に切り離す。
明日まで私物は全部自分の部屋に持ち帰るように。
洗濯物は畳んでしまうこと。
さっき見たら、靴下片方だけ浮いてたので、該当者は責任を持ってもう片方と合流させよう。
野球のボールとグローブ持ち込んだ人、片づけよう!
……魔球が完成したのかどうかは後で聞く。
片付けたら、ゴミ、大して出してないけど、セットアップの飛行士が捨て切れなかった分の積み残しも若干有るので、それ詰めて固定する作業が有るので、僕と……山崎君、お願い出来ます?」
そうして輸送機の片づけと、ゴミ収納をすると、ハッチを閉め、空気漏れが無い事を確認するとロボットアームで掴んで輸送機を切り離す。
切り離され、宇宙ステーションの周辺空域から離れると、輸送機は地上の管制に入る。
輸送機が離れ、3日間は与圧室が少し足りない状態で生活する。
まあ、本来輸送機に余分な物を入れておくのは良くなく、決められた空間でどうにかするのが宇宙での生活であるのだから、輸送機分の与圧室が無いのも通常運用である。
そして、簡易実験モジュールが到着する。
簡易実験モジュールは、改良型宇宙ステーション輸送機「HTV-X」ではなく、改良前の「こうのとり」の方をベースにしている。
それは磁性や強度脆弱性の実験の為、暴露モジュールを使う為、与圧室を広くして大型モジュールは外付けにしたHTV-Xより、前代の方が与圧室は狭くても、暴露部と連結して改造可能な方が都合が良かったのだ。
改造項目として、太陽電池パネルの増設と冷却機能の改善で、見た目だけは缶チューハイ型の「こうのとり」ではなく、パドル型の「HTV-X」に似ている。
この簡易実験モジュールが「こうのす」空域に到着する。
北川船長はレーダーとモニタで確認し、所定位置で誤差無くモジュールが停止したのを確認する。
そしてロボットアームを伸ばし、モジュールを把持する。
じっくり時間をかけて、輸送機がドッキングしていたポートに簡易実験モジュールを接続する。
酸素、電力、通信を導通させる。
与圧室に人間が出入り可能になった事を確認し、担当の山崎飛行士に委ねる。
モジュールが全部揃う。
電気総量、酸素消費量、重心変化が計算値と実際のズレを計算。
ミッションスペシャリスト2人、調理主任と役割が決まった事で、宇宙での生活ローテーションを微調整する。
無論、船長1人で決まる訳ではなく、地上と交信し、これまでのそれぞれにメンバーの宇宙での体調を報告して相談する。
地上で大体の計算はしているが、宇宙での実情を目で見て一番良く見ている船長の報告が必要にもなる。
これまで船長は副操縦士を務める訓練生の指導役程度だったが、大がかりな宇宙ステーションで、それなりにチームと呼べる人数を束ねるとなると、技術以外の仕事も必要になるのだった。
(今は4人だけど、第2フェーズではモジュール増設して常駐6人になるんだよな。
次は副船長制で管理3人になるけど、中々大変だな。
第3フェーズでは短期滞在も入れて8~12人体制。
自分は第1フェーズで良かったかも)
まだ若く、部下の扱いの経験の無い北川船長はそう思うのであった。