第一次長期滞在チーム着任
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
そもそも「ジェミニ改」は、訓練用の機体である。
あえて不便(配線繋ぎ変えれば何でも出来るという意味では便利)な機体に、指導教官1名、訓練生1名で一週間程度無重力空間で訓練する機体であった。
訓練は、船外活動、ランデブー及びドッキング、地球・月・太陽・主要恒星を見ながらの航法、マニュアルでの操縦等、他の宇宙船でも必要な事を実地で行うものだ。
そういう意味で、アメリカが1960年代初めに運用した「ジェミニ」宇宙船の正統後継機と言えた。
「ジェミニ」もまた、月への競争であるアポロ計画を見据えて、必要なドッキングや船外活動技術を習得しようとしたものであったから。
「ジェミニ改」のサイズが大きく、鋼板でなくセラミックやカーボン等の素材を用い、最大2週間の滞在が可能としたのは、時代が動物実験に毛が生えたような住環境や、事故時の生存性の為にギリギリしか酸素・水・食料のキャパが無い事を嫌ったからである。
故に、「ついでなら実験も」となると宇宙ステーションを必要とし、その滞在用の物資も輸送となると専用輸送機も開発されたのは、そもそも訓練機でそこまでは対応していないからである。
本来ならもっと別な機体が出来ていた。
だが、仕様はともかく納期がシビアだった事と、アメリカ民間宇宙企業がもっと高額でオファーを出した事から辞退が相次ぎ、B社(ジェミニの時は別な社名だった)の既存設計や部品を流用でいける機体になったのだった。
なお、ジェミニ改は訓練機として見ると、NASAやアメリカ空軍も購入する、安くて、コンピュータ制御では無い操縦桿を握った飛行訓練が出来る、機動性能も高い名機であった。
だが、宇宙ステーションへの人員輸送なら
「うちの新型使えよ、7人乗りだぞ。
もうちょっとしたら11人乗りも出来るぞ」
とアメリカから言われるくらい、本来の任ではない。
だが、70機も発注し、既に30機は2人乗りのまま納品されているので、流石に使い切らないと批判が出る。
31号機以降の「ジェミニ改2」は既にテストフェーズに入っている。
ジェミニ改2は、2人乗りのジェミニ改を無理やり最大4人乗りにした為、居住性と軌道上最大滞在日数に難が出ている。
だが、日本の「こうのす」用の人員輸送には役立つ。
そのジェミニ改2は、35号機から実用投入されるが、今年度はまだジェミニ改での人員輸送となる。
パイロット(船長)北川飛行士、ミッションスペシャリスト山崎飛行士(物性系、博士後期課程3年(休学中))が無事に打ち上げられ、「こうのす」に向かっている。
最後の試験、非常時にジェミニ改を3機ドッキングする、というのを行う為、彼等が合流したら「こうのす」は6人滞在状態となる。
最後の実験は、例えばISSで事故が起きた時に、緊急でドッキングポートを空けて受け入れられるかや、病人発生時に補充要員とすぐに交代して地球に連れ帰る等、非常時用のものである。
輸送機「HTV-X」を分離(ロボットアームでは把持している)し、空いたポートにセットアップ要員が帰還するジェミニ改をドッキングさせ、メインポートには北川船長のジェミニ改をドッキングさせる。
この試験も問題無く終了し、ついに日本の有人宇宙船が3機同時に軌道上に存在する快挙を為した。
だが、これはあくまでも臨時の態勢であり、翌日にはセットアップをして来た飛行士2名は地球に帰還する。
3機ドッキング6人滞在の最初で最後の晩、シェフは白ワイン(パック)とチーズスフレ、そしてイワシツミレのフライ、タルタルソースを出す。
カルシウムの事を考え、かつ糖質を減らしたメニューである。
アルコールや重めの料理に合わせた香草も上手く使っている。
「その内、香草も農業モジュールで植えて欲しいデス。
そんなに量は要りません、彩りと食べ合わせの為に欲しいデスネー」
日本語でシェフが言う。
今のとこ、香草っぽいのはパセリとシソくらい。
余裕が出て来たら、香草類も良いだろう。
翌日、セットアップに関わった飛行士2名の帰還日を迎える。
彼等から北川飛行士に「こうのす」の管理が引き継がれ、北川飛行士は宇宙ステーションの船長として全ユニットの責任を負う。
日米仏の旗が宇宙ステーションとフォークと鍬で繋がったデザインの三角旗が貼り直される。
今までの旗やワッペンは、デザインは同じだが中央下の数字が「0」だった。
これが「1」になり、第一次長期隊という事になった。
時刻が来て、2人の飛行士はジェミニ改に移る。
ハッチが閉められ、ここから4人の3ヶ月半の生活が始まる。
ジェミニ改が離脱すると、北川船長がロボットアームに繋ぎっぱなしだった輸送機を所定のポートに戻した。
「こうのす」第1フェーズはこれから3ヶ月無補給で運用される。
帰還したジェミニ改は無事太平洋上で回収される。
「検査はさっさと終わらせて下さい。
早く湯舟につかりたいので」
数ヶ月ぶりの地球帰還の感想は、やっぱりなー、てなものであった。
物足りなかろうが、まずは回収船の浴槽で垢を落として貰おう。