また暴走
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
日本独自宇宙ステーション「こうのす」、その接続モジュール数は8。
第1フェーズでは
1.元「こうのとり改」:居住及び倉庫
2.「ビストロ・エール」(欧州):厨房・食料倉庫
3.(名称募集中):農業研究
4.「のすり」+HTV-X:エアロック+輸送機
となっている。
第2フェーズで
5.「おうる」(梟、知恵の神アテナの象徴):物理・化学・理論創薬・半導体開発
6.「ホルス」(隼、エジプト神話より)(米):天文・測地・太陽観測
7.「かるがも」:水耕農業及び養殖漁業
8.「うみつばめ」:輸送機(アメリカ型、ロシア型、日本型小型)接続、地上及び深宇宙への射出
を接続する予定になっている。
ハヤブサの視力から天文分野のユニットがその名になったのだが、
「『はやぶさ』だと日本の小惑星探査機だし、『ファルコン』だと我が国の戦闘機だ。
だからエジプト神話から名前を取った」
と言う。
日本側は
「もしかして、氷のミサイル発射する機能とかあります?」
と不用意な質問をし、説明に無駄な時間を費やす事になった。
カルガモはカルガモ農法からで、本来第1フェーズのモジュール名だったが、「こうのす」最大のミッションを担うこのユニットの名前は公募と決まった為、水を使うこのユニットにスライドした。
この水を多く使うユニットには、大がかりな浄水設備があるが、そこに鉛の壁で出来た避難場所がある。
太陽フレア時の避難場所だが、ついでに中性子線も防ぐ水の壁も利用する。
ウミツバメは、断崖に巣であり中華料理の食材でもある「ツバメの巣」を作る事から、物理的な工作作業用のモジュールの名となった。
90センチの直径のロシア式ドッキングポート、110センチ四方のアメリカ式ドッキングポート、60センチ直径のイプシロンロケットが送る小型輸送機用ドッキングポートを全て備える。
イプシロンでの輸送機用のポートは、地球や他惑星、深宇宙探査機を発進させる射出機も兼ねる。
モジュールの内外には、物資を係留したり、組み立てる際に使用する機具が備え付けられている。
ここまでは決まった。
その後はまだ流動的であった。
現在使用している元「こうのとり改」と「のすり」+輸送機の部分は、第2フェーズで全モジュールが揃えば機能重複で不要となる。
「こうのとり改」は耐用年数オーバーで、下手したら宇宙ステーションのセキュリティーホール(サイバー上の話ではなく、酸素漏れや漏電等)になりかねない。
この2ポートに何を設置するか、まだ決まっていなかった。
この第3フェーズでの運用が終わる頃には組織改編となる。
もう好き勝手なモジュールは作れない。
何事もNASA、ESA、ロシア宇宙局だけでなく、今までの主流であったJAXAのISS・HTVチームと相談し、必要なものでないと許可が下りない。
何かするなら今しか無い!!
宇宙リゾートを企む者たちと、浴場を作る者たちが手を組んだ。
「2人だけ滞在する、『星のリゾート』計画です!」
「それ、既にあるリゾート会社と読みが一緒だから、すぐに改名しろ!」
「名前はともかく、宇宙ホテルですよ! こんな感じです!」
「…………」
「どうしました?」
「これ、ホテルじゃないな、旅館だろ?」
「まあ、木目調の内装、収納庫もドア式では殺風景だったので引き戸にしましたが、そうしたら和風の方が見た目良かったので。
何より、売りが星や地球を見ながら入る浴槽ですからね」
「ダブルサイズの寝具も、旅館方式で片づけるしかないか。
壁から出て来るのは刑務所方式だし、カプセル型は棺桶だって評判悪かったからなあ」
「という訳で、和風になりました。
いいんですよ、どうせ英語だとビジネスホテルも旅館も一緒のホテルですから」
「……そんなナメた態度だとセレブな連中に絞められるぞ……」
「いいんですよ、宇宙に行くだけでセレブとしては十分満足ですから。
それにこいつは日本の宇宙ステーションですから」
「滅多に行けないから価値があるって事か。
だとしたら、常時接続しておく意味は無いんじゃないか?」
「……という訳で、こちらの計画も聞いて下さい!」
割り込んで来たのは、広報とも近いチームである。
「これ? テレビスタジオ??
カメラが数台、クレーンとは言わないけどアームで動いて色んな角度から撮影出来る?」
SF映画から音楽のプロモーションビデオ、CM撮影にバラエティ番組でも使える。
「実は既に引き合いがありまして。
宇宙でのロケに使わせて欲しいという事です」
科学部門からも提案があった。
1990年以前の「フリーダム」という宇宙ステーション計画時に日本が考えた、長期無人実験モジュール「プラットホーム」、これを換骨奪胎して復活させたものである。
実験材料や製造素材は中に人間が乗り込んで、設置または回収する。
そして実験中は無人運用する。
「待て待て、空きのポートは2つなのに、3つ出してどうすんだ?」
秋山の指摘に、部下たちは
「実はまだあります」
と言う。
有翼機部門が開発したいリフティングボディのドッキング、整備、荷物積み込みが出来る改良型ドッキングユニット。
アメリカ空軍及びやはり有翼機部門と民間航空会社の希望で出た、宇宙滞在用の寮。
更に養鶏ユニットまで提案された。
「分かってんの?
幾ら今しかチャンスは無いと言っても、全部は無理ですよ」
「いや、全部出来ますよ」
「無理です! ドッキングポートは2つなのに、モジュールが6機。
さらに滞在可能人数を大きく逸脱するものまで有る。
計画どころか、宇宙ステーションの機能が破綻します」
「秋山さん、そいつらは常時ドッキングさせておく必要は無いんですよ」
「どういう事ですか?」
「必要な時だけドッキングし、後はランデブー飛行で近くを無人で飛ばして置けばいいのです」
「そう、ホテルユニットなんてですね、もしもセレブが新婚旅行で使用したいなんてなったら、生命維持ユニットと接続して単独飛行させとけばいいんですよ。
往復時の宇宙船に乗る時だけドッキングし、あとはお二人さんだけで飛ばして良いんです。
他人の目があったら、やりたい事も出来んでしょう」
「食事はそうするんだ?」
「船外着で〇ーバーイーツですかね」
他にも、研修用に8人程宇宙体験させる「寮」を接続する時は、もう一方のポートに追加の生命維持機能強化ユニットを接続する。
普段は近くに放置し、必要な時に必要な組み合わせを接続するという方式を思いついた時点で、数的な限界は突破出来た。
そして最後の暴走が始まってしまった。