長期滞在計画について
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
秋山たちの有人部門での長期滞在計画は、4ヶ月までを1単位と考えている。
旧ソ連で1年近く滞在させたのに比べて「どこが長期?」となるが、あんな軍人我慢大会とは違う。
植物の種植えから収穫までで90日程度のものを選択し、そこから採れた種を使って第二世代、第三世代と続けていく。
その1ターム毎に要員を入れ替える、新しい作物も試す、長期滞在するのは人よりも農作物の方だ。
宇宙滞在的にも、収穫までに時間のかかる作物でなく、回転の良い作物の方が好ましい。
収穫まで備蓄の宇宙食を食べ繋ぐよりも、早い内に収穫出来て、新鮮な物を食べたい。
現在は無重力環境での実験であるが、今後は月や火星といった基地で、微弱だが重力のある中でも栽培されるだろう。
3世代までは確定、4世代、5世代については計画再検討の結果次第、最長でも2年(第8世代)と考えている。
長期実験で見たいものは、植物の栄養価の変化である。
無重力で育てる植物は、重力に逆らって伸びる必要がない為、茎が細くなる。
水分や栄養が実に運ばれる力が小さくなり、それが数世代重なるとスカスカの実にならないか?
逆に葉の方で見ると、人間が制御しなければ1時間半おきに昼と夜を繰り返す、昼ばかりの環境となる。
防御はするが、紫外線量も地表より多くなる。
紫外線は光合成には必要だが、多過ぎると生物全体に害である。
この環境で育つ作物、特に葉や実を食べる物はどうなるか?
一定の成果を見るまで、3世代は必要と判断。
この時点で目に見えて悪化が見られたら、モジュールの改造も含む計画変更に出た方が良い。
なお、国際宇宙ステーションISSでも植物栽培と世代交代に関する実験は行っている。
向こうのデータや経験も情報として貰うし、こちらの情報も渡す事になる。
ますます組織の統合が必要とされる。
こちらの強みは、土を使う事と、農業として大規模に行う事である。
水耕を細々とするだけでは分からない、間引きの重要性や連作障害についても調べる。
だからこそ大規模なバイオハザード対策施設にしたのだ。
また、発酵もひとつのテーマである。
宇宙滞在の長期化で、乾燥させた保存食ではない、漬物や味噌等の形での保存と長期食用。
洋食でもチーズや生ハムといった形式での保存。
これは農業モジュールではなく、既に打ち上げてドッキング済みの厨房モジュール「ビストロ・エール」の設備で試す事になる。
実はこの2つ、農業モジュールと厨房モジュールについては、成果次第でNASAの次期宇宙計画で使用したいというオファーがある。
NASAでは無菌、完全管理で宇宙ステーションを運用している。
そのNASAにしても、火星までの3年航路とかで、いかに食料を維持するかは課題となっている。
水は再利用出来る。
酸素も、電気が確保出来たら何とかなる。
食料は、将来形としては飛行士の排泄物も利用し、細菌の力を活用して土壌を作り、痩せた土地でも育つ作物中心で農耕する事になっている。
それを先取りした上に、海藻が嫌いなアメリカ人では考え付かない「水槽と藻類での光合成による酸素供給、二酸化炭素吸着、魚介類養殖で食料確保、更に貝類による汚染水の処理」という一石四鳥実験は興味深い。
まあこれはフェーズ2以降で、実行するかどうか確定していない計画ではあるが。
アメリカはやりたい実験が多数あるので、専門モジュールを作っている余裕はない。
汎用モジュールにして、パネル交換により多様な実験をこなす。
だから専用モジュール2つ、運用終了後に廃棄なんていうのは勿体ない。
正規宇宙ステーションからは隔離しての運用になるだろうが、老朽化や汚染の程度が低ければ、そのまま使いたい。
「その辺は、日本人の使用だから安心しているよ。
明け渡し前日にワールドカップがあって、日本代表が負けても、きっと綺麗な状態で明け渡してくれるだろう」
とNASAの職員が秋山に冗談めかして言っている。
「だが、中に居るのが阪〇ファンで、日本シリーズで優勝した時は、この限りじゃないぞ」
と秋山も冗談で返したが。
(船内にカーネルサ〇ダース人形を置いていたら、確実に宇宙に向けて放り投げるだろうな)
この再利用が、アメリカをして秋山たちの部門をISS運用部門と合併させて欲しいと言って来たひとつの理由である。
中々ポストISSの予算がつかない。
そこで、いつもの手である他国を巻き込んで、国際案件にして負担を小さくしようとしている。
それでもまだ予算がつかない。
そこで、使えるものは再利用して、出来るだけ安上がりにする。
それで予算を確保したい。
老朽化するのは生命維持に関わる部分や、電力供給系統である。
水は完全な純粋でないし、循環パイプに何らかの滓がついて流れが悪くなる。
二酸化炭素のフィルターも次第に機能低下する。
太陽電池パネルも、長期間紫外線が当たり続けると劣化する。
ドッキングポートは、有人宇宙船保有国や企業が増えると、足りなくなる。
より多数を滞在させるとなると、生命維持装置や食料庫等は大型化が必要だ。
これらの事情に比べれば、日本の実験モジュール「きぼう」等は老朽化が遅い。
生命維持も電力供給も本体に依存しているからである。
同じ事はESAやアメリカの実験棟にも言える(ロシアのは何とも言えない)。
可能なら再利用する。
この再利用候補の中に、日本の「訓練部門」のモジュールが入っている。
アメリカからしたら
「ここまで本格的な実験やってるのは、最早『訓練』じゃないだろ」
となっていて、どうせジェミニ改にアメリカ人が乗る事のあるのだから、統合して訓練も国際的にやった方が良いと考えた。
という事で、長期滞在での結果は見たいし、一方で予算が下りて次期宇宙ステーション建造が始まったらすぐにでも渡して欲しい、もしも建造が延期されても、大気圏に突入させて廃棄等せず、綺麗なまま維持して欲しいな、という希望が寄せられたそうだ。
今から行おうとしている長期実験のスケジュールは、アメリカの関心事にもなっているのだった。