ちょっと贅沢な食生活
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
その昔、砂漠で戦っていたイタリア軍がどうしてもパスタを食べたくなった時、貴重な水を大量には使えなかった為、トマトのオリーブ油漬けが入った缶にパスタを折って入れて、その缶分だけの水で茹で上げ、オリーブ油とトマトを和えて一品を作ったという。
イタリア人がパスタなら、日本人はラーメンかもしれない。
日本人飛行士は、パックの中にインスタントラーメン(袋麺)と湯を入れて、そのまま3分ちょいパックごと湯煎し、それに粉末スープを入れて振ってかき混ぜて食べていた。
だが、誰かがこう言い出した。
「生麺食いてえー……」
彼等は元自衛官や民間機パイロットで、我慢はちゃんと出来る。
出来るのだが、どこかにそれは残ってしまったようだ。
現在の4人の飛行士の任務は、ミッション・スペシャリスト(研究職)が実際に生活する前に生活してみて、不便な事があったら改善するものとなった。
「こうのす」の大体のセットアップは終わり、換気の悪い所や空気漏れ等は見つかっていない。
そとの金網も、余程の高速体当たりでない限りは、宇宙飛行士を受け止めて外に投げ出さない。
金網から外に出ての船外活動も、フックを引っ掛ける場所が金網全周になった為に、かえってやりやすくなった。
なので、もう今は如何に快適になったかを身をもって体験するものに変わった。
とはいえ、無重力という非日常な環境であり、そこに居るだけで一種のストレスがある事は否めない。
そこにラーメンという煩悩が放り込まれた。
つい、第一次生活物資補充で
「小麦粉、生麺、鹹水、長ネギ、メンマ、ショウガ、チャーシュー」
とリクエストを出してしまった。
「君たちは、もうあの量の小麦粉を使い果たしたのか!?」
地上からの問い合わせに、イエスという回答が届く。
想定外だった。
フランス人飛行士が料理ある程度出来るのは知っていたし、その彼が使う事は予想出来た。
まさか小麦粉練ってうどん作ったり、餃子を皮から作ったりするとは予想していなかった。
そういうのは、料理の専門家が搭乗する次回以降と考えていたのだが……。
そして、リクエストを見れば次に何の料理を目論んでいるか、容易に予想がつく。
鳥ガラスープ(粉末)と醤油は既に宇宙ステーション内にあるから、長ネギとかショウガとかでスープから煮込むつもりか?
流石に水の消費量を考えると、スープから仕込ませるのは無意味だ。
凝り性だと一晩中煮込むとかしかねない。
「スープを煮込む材料は却下!
お湯で薄めれば良い液体スープ(市販)を送る」
という地上からの回答。
飛行士たちも、まあ仕方ないか、と諦めた。
「君たちのヌードルにかける執念は、よく分からない」
フランス人飛行士はそう言っているが、彼は彼でパスタと同じセモリナ粉から作るクスクスをよく食べる。
クスクスは北アフリカの料理だが、移民や元フランス海外県だったアルジェリアにいたフランス人が本土に持ち込み、今では日本人で言うカレーライス感覚で食される料理となっている。
フランス人飛行士は、バゲットを焼いて、中にチーズやサラミを挟んで食べる、豆のスープにクスクスを入れて食べる、ベーグルを食べる、と意外に肉を食べない。
要は、こいつも炭水化物食らいであり、消費量の計算違いの原因の一人である。
「薄皮が剥がれて散らかりやすいから、クロワッサンが食べられないのが残念だ」
と言っているし、無菌室の方に設置するホームベーカリーも早く動かしてみたい。
フランス人の彼は仕方ないので、JAXAから日本人飛行士に
「米を食うように」
という通達が飛ぶ。
彼等は米を食べていない訳ではない。
今のところ、白米で食べるか、お茶漬けにするか、カレーorハヤシライスで食べるか、レトルトの丼ものにするかしかなく、若干飽き気味であったのだ。
特に、生鮮野菜が豊富な時期に、米と合わせて食べていた為、それらが切れて保存食と合わせるようになると、若干寂しい。
ラーメンの件で気づいたのか、
「寿司食いてえ」
とは誰も口にしない。
口にしたら最後、どこかに残ってしまう。
「一回贅沢覚えたら、舌が肥えちゃって駄目だな」
「だけど今回のミッションは、宇宙で何が食べたくなるか、したくなるかのデータ集めもあるから、欲望に忠実でも特に問題は無いと思うが」
「補給計画に過度の負荷さえかけなければ良いって事で」
ISSでもある事で、生鮮食料品を欲するのはやむを得ない。
それにしても、時々発症するラーメン禁断症状は、意外な程に強いと分かった。
地上に居ればそれ程でも無い。
行こうと思えば何時でも食べに行けるし、訓練中でも「そこに存在する」のは確かだから我慢出来る。
宇宙で、既に消費し尽くした場合、簡単に買いにも食べにも行けない状態になると、ちょっとざわつきが酷くなる。
似た現象は、南極の標高4,000mクラスに作られたドーム富士基地でも起こったようだ。
無いとなると、食べたくてしょうがなくなる。
ラーメンは必需品でなく嗜好品、この認識は改めた方が良いかもしれない。
そうレポートを書きながら、彼等は「HTV-X試作機」でのラーメンの補充を受け取るのであった。
その日、湯加減の間違いでちょい生煮え、博多ラーメンっぽく言うと粉落としからハリガネの中間くらいの麺に、煮干しベースの醤油味を合わせたものを、パックから啜って食べたが、何故か知らんが涙が出て来たそうだ。