第一フェーズ後半
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
アメリカ、日本での打ち上げ成功を受け、フランスモジュールがギアナ高地のESA宇宙基地から打ち上げられる。
空飛ぶ厨房、ビストロ・エールは本来後回しでも良いモジュールと言える。
しかし、このモジュールは日本機には無い、ロシア式ドッキングポートを有している。
フランスが独自に補給を送りたい、あるいは帰還モジュールを接続したい、この時ヨーロッパ式は堅固なロシア式を使いたい。
ただ、まだヨーロッパでは有人機が完成していない。
日本も作って貰ったのだから、完成させたとは言えないが。
ヨーロッパは日本同様ジェミニ改を買って、アメリカからの打ち上げで運用する他に、ロシアのプログレス宇宙船もチャーターする。
その為、コアモジュールとの接続部の反対側にロシア式ポートが在る。
この機能の為に、先んじて打ち上げられる事になった。
電熱式のオーブンに電子レンジ、スチーマー、更に日本が開発した各種調理器具を積み込んだ「ビストロ・エール」は、ここだけで大量に電力を消費する為、太陽電池パネルを大量に付け、さらに不使用時に充電しておく二次電池の容量も多い。
トータルとして、頑丈でバイオハザード対策を施す農業モジュールと対になる重さである。
打ち上げの都合で、農業モジュールが後になってしまった。
しばらくはバランスの関係から、「こうのとり改」が反対側に接続される。
しかし、「こうのとり改」は「ビストロ・エール」に比べて大分軽いし、「ビストロ・エール」に輸送機がドッキングしたらバランスは崩れる。
そこで、移動時に接続した「のすり」と、コアモジュールに最初にドッキングしたジェミニ改が持って来た「のすり」の2機を重ねて、
「こうのとり改」「のすりB」「のすりA」
という3連結でバランスを取る。
「のすり」は水耕栽培をするモジュールに使用する。
この機材搬入も、「ビストロ・エール」の対面側モジュールの重さを増すのに役立つ。
だが、こうして付けた「こうのとり改+」も、本命の農業モジュールが到着したら、接続位置をロボットアームで移される。
スペースシャトル現役時も、「こうのとり」が通常のドッキングポートだとスペースシャトルのドッキングと干渉する為、やはり接続場所を移されたりした。
ロボットアームは重宝する。
開発したカナダが利用権の一部を持つのも当然であろう。
待つ事1週間、「ビストロ・エール」がコアモジュール直下に到着。
コアモジュールは上下反転し、今は「こうのとり改+」を宇宙側に向け、「ビストロ・エール」接続ポートを地球側に向けている。
ロボットアームは、無事把持に成功した。
しかし
「重いなあ」
フランス人飛行士が思わずフランス語で零したように、中に水や食糧までビッシリ詰めた「ビストロ・エール」はロボットアームで動かす時に、同じ力では難しかく、重量を感じさせた。
重い物は慣性も大きい。
あまり速く動かすと、止めるのが難しくなる。
「こうのとり改」接続時よりも時間をかけ、慎重に接続した。
所定のチェックを終え、ハッチを開く。
食糧貯蔵の関係か、温度差がある為、ひんやりした空気を感じる。
生鮮野菜やクーラーボックスの肉や魚介類(フランス農商務部認定無菌)、飲料水タンク(所謂ウォーターサーバー用)を、今の所積荷が無い「こうのとり改+」に移し、「ビストロ・エール」に人が入れるようにする。
フランス人飛行士が、生き生きとしてセットアップ作業をし出した。
このモジュールだけで、2時間以内なら、全モジュールの発電量と同じ電力を使用出来る。
そして独立型である為、所謂「ブレーカーが落ちた」状態となって宇宙ステーション全体を停電させる事も無い。
それだけに、きちんと電力供給が各機具に為されていて、後任が困らず使えるようにセットアップするのは、フランスの誇りにかけて行う。
ブレーカー落とすとか、本体から電気を借りるようなヘマをしてはならない。
太陽電池パネルが展開され、二次電池への充電が確認される。
廃水処理と酸素供給は、本体に依存する為、その確認もする。
そういう確認作業をしながら、彼は日本が開発した遠心ドリップマシンを使い、いつの間にかコーヒーを淹れていた。
「どうぞ」
と3人の日本人飛行士に、淹れたてコーヒーパックを渡す。
投げ渡さず、無重力なのにトレイに載せて渡す辺り、フランス人らしい。
合理的なアメリカ人なら、蓋してるから投げて渡すかもしれない。
「牛乳は新鮮な内にガンガン使いましょう。
カフェ・オ・レにしましょうね」
フランス人、飲む・食うでは押しが強くなる。
そして、無事にビストロ・エールは起動完了した。
その晩、管制室から許可を得て、ミニボトルのワインで乾杯。
フランス人飛行士がサーモンソテー(これは電子レンジで温めて直すだけ)に温野菜(宇宙ステーション内調理)を添え、とろみのあるソースを塗って(作ったソースを油差しのような器に入れ、塗るようにかける)差し出す。
日本人飛行士の1人が「塩ジャケで良かったよな」と言って、軽く口論になったりした。
食事で軽く言い合になるくらいの余裕が生まれたのだ。
かくして、日本主導宇宙ステーション「こうのす」は運用開始となった。
しばらくは今の4人で初期運用となる。
NASAやESAは、長期滞在における食事についてのデータを欲しがっていて、総理は東南アジア諸国にも使用を促している。
色々とドラマが生まれるだろう。