訓練機滞在2号機目
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
時間が来て総理は「こうのとり改」訓練機から出て来た。
プラモデルは、ニッパーでパーツを切り離し、右脚を組み立て、左脚の途中まででタイムアップ。
丁重に、箱に戻して公邸で組み立てて頂く。
「こうやって苦労して作ったのが墜落したのか。
作った飛行士も寂しかったでしょうね」
ひとまず休憩で、出されたお茶を飲みながら総理が呟いた。
そして
「それはそうとして、なんであの狭い宇宙ステーション内で作らせたんですか?
別に完成品持って行っても良かったでしょう?」
そう疑問を口にした。
あれは、半分アメリカ空軍が新人宇宙飛行士(航空機パイロットとしてはベテラン)に対する意地悪で、ああなった。
そして、組み立てたのは宇宙ステーションでなく、投下装置は生活物資を積んで、もう少し狭い中間機「のすり」船内である。
「のすり」は「こうのとり」補給機から、暴露モジュールと機械船部を外し、姿勢制御ロケットと簡易操縦装置を積み、逆に研究用パネルや長期用生命維持措置を外したもので、積荷次第では「こうのとり改」の与圧室より狭い。
しかし、「こうのとり改」と「のすり」がドッキングして、何とか「鞄いっぱいのカプセルホテル」から「安いビジネスホテル」にバージョンアップ出来るのだ。
それでも、これで2週間以上、目標では半年滞在とかは厳しいと、総理も実感出来ただろう。
お茶を飲んで小休止。
軽く雑談、というか感想を聞きながら体を伸ばして貰う。
そして滞在時間ラスト1時間、着替える時間もあるので約45分間を次期宇宙ステーション「こうのす」の第1フェーズ状態訓練機に入って貰った。
「広いね〜。
それに二階建てか」
想像通りの感想を漏らす。
宇宙では上下の位置関係は無くなるので、単にパーティションで仕切られているだけだ。
「広いけど、さっきのよりちょっと天井は低いね。
無理して二階建てにしなくて良かったのでは?」
という質問に、船内遭難について説明する。
機器を積むから多少は狭くなるとはいえ、幅と高さが4.2メートル、奥行きが7メートルになる「こうのす」コアモジュールでは、仕切りが無いと前後左右上下、どこにも手も足も届かない空間が発生する。
船内ど真ん中で静止してしまったら、移動しようとして反動を付けようにも、何処かに掴まろうにも、届かないのだ。
そうなると、誰かに助けて貰わないと、そこから動けなくなる。
もしも一人で運用している状態だったなら?
最悪、交代が来るまで水も飲めず、食事も出来なくなる。
そういう船内遭難を防ぐ為にも、仕切りがあって、何処かに手足が着くようにしたのだ。
それと
「男女共同生活も考えていますので、開けっぴろげにも出来ません」
とも付け足す。
女性の活躍する環境を謳っている政権の長だけに、
「なる程ねえ。
確かにさっきの宇宙ステーションだと、プライバシーも何も有りませんでしたからねえ」
と頷く。
感想だけでなく、体験訓練もして貰う。
と言うか、訓練してみたいと言う要望だった。
ロボットアームを動かす席に着いて貰う。
官邸カメラマンが気合い入れた撮影態勢に入る。
ナビ役の飛行士が指示を出す位置に着く。
ロボットアームの先にはカメラが有る。
そこから送られる情報を元に、訓練用補給機の把持部にアームを移動させる。
案外手こずる。
まあ、それは予想通り。
内視鏡と同じで、モニター越しでは勝手が違うのだ。
苦戦しながら、把持に成功。
本来の訓練ならば、補給機は宇宙ステーションと平行に飛行している為、把持後は補給機を90度回転させ、ドッキング用の体勢にするのだが、今回はお試し訓練な為、台車に乗せた補給機は、最初からドッキング体勢にしてあった。
それを引き寄せてドッキングさせる。
本来は不合格の、ゴンッという衝突音が外周を伝わって聞こえるものだったが、25分以内に終わらせる必要があった為、まあ良しとした。
モニター越しに三次元で動くアームを駆使して、30センチ程度の把持部に接続する、それが出発点だが、総理もこの先の微調整しながらの操作についての苦労は分かったようだ。
モニターには、コンピュータがフル稼働している状態、どちらにレバーを倒せとか、あと何センチの距離かとか表示が出ている。
本来の訓練は、それが故障した想定で行なったり、補給機も回転が収まっていない想定だったりする。
話を聞いた総理は一言
「なる程ねえ……」
以降は言葉にしなかった。
残る約20分、本来なら来ない5人目が宇宙ステーションを訪れる。
宇宙食アレンジのフランス料理を持って。
空調は効いていたが、汗をびっしょりかいていた総理は、塩味強めの宇宙食に
「なる程、なる程」
と言って、食べている。
宇宙食はトロミで固められ、飛散しないようになっている。
スープもストロー付き水筒方式。
ステーキにソースは掛かっていないが、ナイフを入れたら肉で挟み込む形で中に入っていた。
「なる程、なる程」
そう言うばかりの総理。
「御馳走様」
と言ったところで、そろそろ退去時間。
着替えて、送迎車に乗るまでの時間に、宇宙食タイムで出せなかったコーヒーを飲めると聞いて総理も笑顔になった。
「何から何まで計算されているんですねえ。
あの広さも、狭いのを体験して分かりました。
広くしないと長期滞在はストレスが溜まる。
しかし、広い中でも適度に区切る必要はある。
色々分かりましたよ」
それが感想であった。
シェフ(宇宙に行く予定)のコーヒーを飲み、送迎車に乗り込む総理。
彼は最後に爆弾を投げつけて帰った。
「他の議員にも、一回体験してみろって伝えておくよ。
その時はよろしくね!」
ありがた迷惑である!!