訓練機滞在
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「総理、着替えて下さい」
女性職員が注意する。
「ああ、そうだった、すまない」
総理はスーツのまま訓練機が置かれている建物の方に向かおうとしてしまった。
訓練機はクリーンルーム準拠。
置かれている建物も準無菌室である。
洗浄された宇宙服を着て訓練する。
ここで正規の飛行士及びミッションスペシャリストは数ヶ月隔離訓練をする。
訓練終了後と開始前には除菌処理はするが、だからと言って外から来た人を、そのまま入れる訳にもいかない。
宇宙服は、船内用の制服の方だ。
流石に船外服や打ち上げ用の耐Gスーツでは無い。
予め官邸に総理他随員のサイズは聞いて、用意してある。
靴も履き替える。
靴底は消毒してから建物に入る。
シャワーまでは出来ないから、髪が落ちないようキャップをかぶって貰う。
そのように事前に通知していた。
逸ったのは総理の気が、早々に宇宙ステーションに向いていたからだ。
更衣室に入り、肌着から用意された物に着替え、靴底を消毒し、手も消毒してから建物に入る。
建物に入ってから、宇宙ステーション訓練機に入る前に更に更に中間ルームで全身殺菌する。
此処までやってから、あとは「殺菌完了」で自由に出来る。
昨今の疫病のせいで、大体あちこちでやっている。
違うと言ったら、口の中の殺菌(マスクしての交信はしない)、紫外線、放射線での殺菌、送風機での微小塵除去等だろう。
用意した衣服は強力なガンマ線で消毒してある。
まずは「こうのとり改」だが、これは現在「のすり」と「ジェミニ改」ドッキング状態にしてある。
出入口は「こうのとり改」側のエアロック、「のすり」の船外活動用エアロック、「ジェミニ改」のハッチの3ヶ所。
「こうのとり改」のエアロックは不便過ぎて実運用でも余程の事が無い限り使用されない。
本来はジェミニ改に乗り込み、そこからドッキング口を通り、「のすり」を通過して「こうのとり改」に入る。
だが、それもシートから降りて、ドッキング口を這って(無重力だと問題無い)移動する為、面倒だ。
そこで「のすり」の船外活動用の大型エアロックから入る。
「思った以上に狭いね」
想像した通り、絶対言うだろうという鉄板の台詞が出た。
外側は直径4.2メートル、奥行8メートルなのだが、内側は様々なパネルや生命維持装置、観測装置、エンジン等を除いた2.1メートル八方の空間が与圧室であり、生活空間なのだ。
国際宇宙ステーション補給機「こうのとり」を改造した臨時宇宙ステーションな為、「こうのとり」の与圧室と同じサイズしか無いのだ。
「ここで2人がおよそ3週間生活します」
同行して説明する宇宙飛行士が話す。
「本当?
狭いよね、大丈夫なの?」
「まあ、無重力だと四方八方使えるので、それ程は狭く感じませんよ。
あと、さっき入って来た『のすり』や、あっちにドッキングしている『ジェミニ』も使えます。
何より、今は4人乗ってますから。
『密』です、はっきり言って」
「そうだね。
ここは大丈夫だから、2人になろう」
「じゃあ、カメラマン残して出ましょうか」
「解説役が居ないと困るよ」
「必要な時に交代します。
今は撮影に使いましょう」
「そうしようか」
しばらく総理と広報のカメラマンだけが残り、撮影していた。
「では、済みません、
撮影はもう良いので、訓練の方お願いします」
「実は、『こうのとり改』の方にはシミュレーターを接続してないので、先日アメリカの飛行士が苦しんだ訓練をやって貰いましょう」
「何だい、怖いね。
私は素人だから、それを考えて下さいね」
『総理、聞こえますか? 秋山です』
「はいはい、聞こえてますよ」
『その訓練は、日本人なら割と得意です』
「そうなんですか? 安心して良いんですね?」
『大丈夫です。
じゃあ、7番のラックを開けて下さい』
「ニッパーと……プラモデル!?」
『失敗した有翼型回収機には、アメリカの宇宙飛行士が軌道上で組み立てたプラモデルが入っていました。
彼の苦労と喪失感を理解していただきたいと思います』
「その飛行士は、こんなプラモデルを軌道上で組んだのですか!?
こんな大量のパーツのを?」
『彼はパーフェクトグレードの可変機なので、もっと複雑でした。
総理に気を遣い、可変機は止めて置きました』
「そうなんですか?」
『代わりに……』
「代わりに、何ですか?」
『光りま〜す!
パーツにLEDが入ってま〜す!』
「秋山君……楽しんでますね?」
『何の事でしょう?♪』
「1時間半で組める訳ないでしょう!」
『出来ないでしょうね。
なので、お持ち帰り下さい!
法的には問題無い形に処理してますので♪』
「じゃあ、まあ、やってみますよ」
『聞こえましたね。
じゃあ、総理一人にして下さい』
「何でですか?
手伝って下さいよ!」
『プラモは一人で作るものです!
それに、一人で作ってみれば感じられるものも有りますので、やってみて下さい』
「本当ですか?
ならやってみます」
『頑張って下さいね〜♪』
時間が来て、総理は『こうのとり改』から出て来る。
「……なんかさ……集中して、ちょっとイライラして、ふと周りを見ると、壁が狭ってる感じなんだ。
宇宙飛行士って……ここに3週間も居るの?」
『往復の1週間は、場合によってはジェミニのコクピットから出ないとか、もっと過酷ですよ。
そっちもやってみます?』
総理は宇宙船というものの狭さを実感出来たようだ。