総理来襲
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
次期日本独自宇宙ステーションは計画の目処が立った。
実験機で訓練していたメンバーも、今回は宿泊環境が快適(当社比)だったのもあり、脱落無しだ。
性格的に耐えられない人は前回で辞退しているし、これで長期滞在メンバーは決まった。
どちらを第1期にするかだけが問題となる。
ミッションスペシャリストたちには、短い人で1ヶ月の休養を取って貰う。
先に宇宙に行く方は、ひと月後に再招集し、最終訓練の後に、ジェミニ改に搭乗して貰う。
ひとまず解散して貰い、スタッフは訓練機を清掃、消毒して、第3期の訓練兼審査に備える。
……つもりだったが、予定外の使用をする羽目になってしまった。
例によって、上からの一声である。
「秋山さん、内線出て下さい」
それは書類仕事の合間の休止に、紙コップのコーヒーを買いに行って、戻りの事だった。
内線に出ると、また頭の痛い話が入って来た。
所在を伝えるホワイトボードに貼ってある紙で、マグネットを「第1会議室」に置いて秋山は出かけた。
「お、来た。
急で済まんね」
「何で急に総理来訪なんてなったんですか?」
「秋の園遊会系の行事諸々が中止になったのと、この前の失敗、まあ全体として成功だったのは私たちも総理も理解してるんだが、それを受けての激励って名目だよ」
広報はそう答える。
名目? では本心は?
「宇宙ステーションを体験したいそうだ」
理事長がこめかみの辺りを揉んでいる。
なるほど、秋山くらいの地位では許可も拒否も判断出来ないから、トップに先に話を通した訳だ。
イコール、もう断れない……。
「視察のスケジュール管理は広報の方でするから、宇宙ステーション実験機の用意と、簡単な訓練メニューを作っておいて欲しい。
それと、説明する人員を一人用意して欲しい。
待機中の宇宙飛行士が良い。
宇宙食も美味いのを用意して欲しい。
何か質問有るかね?」
「宇宙ステーションは2種類有りますが、次世代の『こうのす』訓練機で良いですね?」
「いや、向こうの要望で、どう違うのか見たいから、『こうのとり改』も、という事だ」
「では宇宙ステーション滞在時間は?」
「3時間くらいだ」
「総理側の同行者は?」
「秘書1名、官邸の広報1名が宇宙ステーションに乗り込む」
「『こうのとり改』は2人乗りです。
4人は無理です」
「そこは何とかしたまえ。
実際の宇宙でも、本格的訓練でも無いから、開けっぱなしにして外から撮影出来るようにするとか」
「撮影で思い出しました。
マスコミはどれくらい来ます?」
「テレビはN○Kだけ、あと共○通信と朝○新聞がカメラマンが来るくらいかな」
「少なくて良かったです」
「そりゃ興味無い上に、休日返上で働きたくも無いだろうね」
(我々は休日返上だがね……)
そんなこんなで、決定事項が下達された。
有人機部門に戻って伝えると、最初はひとしきり文句が出まくった。
避けられない場合、最初に不満を全部吐き出してから気持ちを切り替える。
そして、名物の暴走アイデアが出てくる。
「こうのとり改とジェミニ改の最小構成で2時間半過ごして貰いましょう!
こうのとりに2人、ジェミニに2人で4人乗り。
あの閉所に、政治家が耐えられるかどうか」
「宇宙食は60年代ジェミニの時のチューブタイプで。
歯磨きや靴墨吸ってるみたいと、本職の宇宙飛行士からも評判悪かった、アレを」
「訓練で一番『らしい』って言ったら、耐G訓練でしょう。
訓練後期の10Gで」
「訓練受けてない人だとシャレになりませんよ。
6Gを40秒で気を失って貰うくらいが妥当ですね」
「待て待て待て待て!
全部、どう嫌がらせするかの案にしか聞こえんぞ」
「いやいや秋山さん、そんな事有りませんよ。
でも、体験したいっていうなら、一番キツいとこ体験させてやるってのも愛情ですよ」
(愛情とか、どの口が言ってるやら)
だが、一理は有る。
「こうのとり改」では手狭で、長期飛行で無味乾燥な食事はストレスになる。
それを理解して貰えば、広い「こうのす」の有り難みや、宇宙での地産地消やその場で料理ってのをアメリカも注目したかが分かる。
訓練も厳しいのを体験して初めて、宇宙飛行士の凄さが実感出来るだろう。
(流石に耐G訓練は上からNGが出るだろうな)
ミッションスペシャリストでは無く、宇宙飛行士としての訓練で、手動ドッキングでもやって貰おうか。
「こうのとり改」も最小構成で無く、間に「のすり」(現在訓練機は無いからモックアップだが)を挟んだ標準構成なら、4人何とかいける。
体積的には密になってしまうが、本格的な訓練では無し、換気して酸素不足、二酸化炭素中毒にならないようにすれば、報道陣も入れ替わり撮影出来るだろう。
それだけでは職員が面白く無さそうだったので、一個だけ嫌がらせを考えてみた。
聞いた職員は手を打って大笑いした。
是非ともトライして頂こう。
かくして準備は進められていった。




