気を引き締めていきましょう
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
シーズン的にアメリカからの打ち上げになっていたジェミニ改は、そろそろ種子島打ち上げ期に戻って来る。
管制官だけでなく、訓練中の飛行士やミッションスペシャリスト、整備や検査等宇宙船や宇宙ステーションのスタッフも含めた全員に、前回の有翼帰還モジュールの失敗について説明し、如何にあの高さに人間が居る事が不自然なのかを話し、油断しないように伝える。
今まさに、その精神でシミュレーションで殺されまくってる飛行士訓練生には当たり前、といったとこだろう。
設計スタッフは気を引き締めた。
有人宇宙船部門ではないが、今回の失敗の当事者である極超音速機部門は、報告会の後で今後の方針について話してくれた。
結論は、有翼モジュールは諦めるが、滑空自動操縦帰還モジュールについては、これからも研究を続けるという。
今回の事故くらいの傷なら、コーティング素材とかサイズの拡大で対応可能である。
今回も汚れや接触傷対策のコーティングはしていたが、もっと厚くして宇宙塵擦過が本体を傷つけないようにするとか出来る。
しかし、根本的に主翼に力が掛かり、折れ目から脱落し易いという構造的欠陥からは逃れられない。
100ポイントのリスク要因を90ポイントに減らすより、0に近づける方が良い。
「翼で滑空でなく、胴体で滑空とする」
つまり、リフティングボディである。
某ロボットアニメで出て来た、髭の渋いオッサンを地球に運び、北宋(謎)の壺や、ライバルを宇宙に運んだ太っちょの流線形の機動巡洋艦、あれがリフティングボディである。
アメリカでもジェミニ計画と並行して考えられていた古典的な機体である。
今でも一般的でないのは、主翼を持つ航空機の方が操縦性能も良いし、使い勝手が良いからだ。
(リフティングボディは胴体の下に懸吊とか出来ないが、主翼だと揚力が大きい為可能)
回収モジュールは人が操縦するのではなく、自動操縦なのと、人が乗るサイズよりも小さい分軽量であり、1960年代の有人構想に比べ、安定した飛行が可能であろう。
何よりも、主翼型だと危険が拭えないなら、翼の無い滑空体にするしか無い。
幸いというか、JAXAの前身NASDAではHOPEという「日本版スペースシャトル」を計画した事があり、HOPEはリフティングボディなので、その時の資料を使う事が出来る。
という訳で、その設計、モックアップ作成、地上試験、試験機作成が終わるまで、滑空型回収モジュールの試験は休止となった。
有人宇宙船部門の次の計画は、これまでで一番大規模なものとなる。
アメリカから打ち上げられるコアモジュールと、現在運用中の「こうのとり改」をドッキングさせ、更にギアナ高地から打ち上げられるフランスの厨房モジュールを受け取ってドッキングさせ、次期運用宇宙ステーション「こうのす」を、第1フェーズとして運用可能とする計画である。
今年前半の疫病の為に計画が色々変更となり、日程的に詰まってしまった結果だ。
このドッキング自体は数ヶ月後になる。
その前に、現運用で最後の「こうのとり改」とのドッキングをすべく、ジェミニ改が打ち上げられる。
このジェミニ改で乗り込んだ宇宙飛行士は、(しばらくアメリカに貸していた)船内清掃をし、宇宙船として機能するか全機器をチェックする。
数ヶ月後、まずはアメリカからコアモジュールが打ち上げられる。
緯度の違いもあり、数十周の後に日本の宇宙ステーション軌道に乗る。
次にジェミニ改が打ち上げられる。
訓練も兼ねて地球を何周もしてから宇宙ステーションに接近するL航路でなく、最短で接近するS航路を使う為、日時は限定される。
彼等はコアモジュールにドッキングし、立ち上げ作業を行う。
コアモジュールの立ち上げ成功を確認したら、1週間後にジェミニ改がもう1機打ち上げられる。
こちらもS航路で、最短で「こうのとり改」に「のすり」と共に接近し、ドッキングする。
彼等は「こうのとり改」の太陽電池パネルを畳み、「のすり」の推進剤を使って、コアモジュールとのランデブーコースに乗る。
1週間程でコアモジュールと「こうのとり改」はランデブーし、「ジェミニ改」はコアモジュールの後方ドッキングポートに移動する。
そしてコアモジュールと、「のすり」プラス「こうのとり改」がドッキングして繋がる。
「のすり」ごとドッキングするのは、次に来るフランスモジュールが大型で重い為、左右のバランスを取る為だ。
そしてフランスモジュールが打ち上げられ、ランデブーからドッキングとなる。
フランスモジュール立ち上げ作業はフランスで行いたいそうで、NASAに出向しているCNES(フランス宇宙局)の、フル訓練を受けた飛行士が来日して、ジェミニ改で宇宙に向かう。
このように、訓練の要素は全く無い為、日本人飛行士3人、フランス人飛行士1人は、既に宇宙滞在経験のある熟練者でチームを組む。
莫大な費用で育成されたエリートだ。
そうでなくとも、失敗は許されない。
これから数ヶ月、打ち上げまで訓練三昧となる。