真実よりもイメージ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
事故調査報告が纏まった。
国会の科学委員会と、記者クラブでの発表となる。
ある職員が、懇意の記者から教えて貰ったのだが、どうも科学部門のトップ記者が行くとのこと。
「どうして?」
「会見が失敗の報告だから、徹底的に非難してやるって張り切ってたみたい」
なんとも呆れた理由だ。
失敗したから、相手を叩きたくてエース級を送り込む等と。
「どこの新聞社?
それともテレビ局?」
「それは言えないッス」
ともあれ、そういう事ならって事で対策する事になる。
口の悪い職員なら此方にも居る。
とある歴史好きな職員が言った張居正戦法。
明には、政策批判を専門とする言官という役人がいた。
この言官の弾劾に遭って、しどろもどろになれば丈刑になったりする。
明の官吏は、出仕前に家族と水盃を交わして、別れを済ませると言う。
故に、上手く言官と付き合い、批判を控えて貰う政治家も居た。
そんな中、宰相となった張居正は、博覧強記、官報の内容は一行一文字記憶していた。
言官が政策について批判すると
「それについては、何月何日に既に解決していて、どれそれの何枚目に記録されているが、君は読んだ上で批判したのか?」
と逆に問う。
言官が答えられないと
「官報も読まずに批判するとは職務怠慢だ。
誰かこの給料泥棒を罰せよ」
と逆に言官を丈刑とした。
このような事が相次ぎ、勝てない言官は張居正が生きている内は口を挟まなくなったという。
こちらもエース級(皮肉も口の悪さも)を出して、徹底論破してやろうか、そんな空気になったところに、元NASA(退官している)のゴードン氏から秋山にメールが入った。
ゴードン氏は長くNASAの管制官を勤め、幾多の死亡事故にも立ち会って来た。
日本の有人飛行計画が持ち上がった時、指導役として招待した人物である。
その彼が教えた事は
「有人宇宙飛行は、100回中100回失敗すると思え」
「訓練で1000回は宇宙飛行士に死んで貰う。
そうして1001回目は絶対死なないようにするのだ」
「死亡事故を発表出来んような者は不要だ」
等、とにかく宇宙飛行は失敗、死と隣り合わせなものであり、事故は常に想定しろ、と言うものだった。
彼からのメールはこうだ。
『親愛なる秋山へ
大気圏再突入実験を失敗したと聞いた。
命が失われていない事を喜びたい。
君たちは今まで成功し続けた。
今回の失敗で、宇宙飛行はそれが普通なのだと思い出して貰えたら幸いだ。
今後もどんどん失敗し、宇宙飛行士の実際の命が失われずに済む事を願う』
秋山は読んだ後、メンバーに転送する。
「どうも思い上がっていたようだ。
成功慣れしていた。
我々はまだ始めたばかりのチームなのにな。
調査報告は、論破とか、ここ読め、では無く真摯に行こう。
実際に死亡事故が起きた時と同じ態勢で対応しよう」
異議は出なかった。
まずは国会での科学の小委員会。
こちらは味方も多い。
カプセル投下で盛り上がった地の議員は肩を叩いて
「お疲れさん。
大変だねえ。
本命は成功してるのにねえ。
まあ、頑張っていってよ」
と、何の解決にもならない励ましをする。
それでも励ましが有る分、完全アウェーではないと安心出来た。
文部科学の宇宙開発という部会に出席するくらいだから、野党の議員もそれなりに興味や知識がある。
有人宇宙飛行は総理案件だから、これを上手く政権批判に繋げようと議員も居たが、多くの出席者は
(そりゃ無理って話なのに、なんで分かんないかな)
と呆れている。
実験の失敗なんてよく有る事だ。
人も死んではいない。
本命の実験は成功した上でのエクストラステージでの失敗だ。
国会での事故調査報告会は淡々と進んだ。
「ほお〜」とか「へえ……」と真剣である。
空気読まずに
「だが、その搭載したプラモは国民の税金から……」
とか言い出した今だけ参加の議員は
「議事録の◯◯ページに有ります!
邪魔だから、それ読んでからにして下さい!」
と、秋山が頼んでないのに他の議員が張居正アタックでフルボッコにしてくれた。
そして記者クラブでの事故調査報告会。
ここはアウェーだ。
真摯に対応すると決めている。
しかし、秋山は一個だけ策を弄した。
発表に先立って
「私どもは今回の失敗を単なる失敗とは捉えておりません。
大気圏再突入は失敗すると宇宙飛行士の掛け替えの無い命が失われるものです。
ですから、本当に宇宙飛行士の命が失われた時と同様に考え、調査報告、今後の対応についてお話しさせていただきます」
そう言ったのだ。
結論として「これでは本当に宇宙から帰って来る飛行士が無事か不安である」にしたかった記者たちは、冒頭でそこまで踏み込まれ、ペースを乱した。
そして、重い空気の中で、相手を問い詰めるというより、純粋に事故理由や再発防止策とその妥当性についての質疑応答となる。
そうなるとトップ記者だけに鋭い質問も出る。
例えば
「如何に便利でも、根本的に有翼型は無理なのでは無いか?」
という質問である。
こんな僅かな傷でも失敗するなら、カプセル型限定で良いのではないか?
失言狙いの質問でも否定でもなく、検討に値する質問である。
回答も「それが分かったのは事故調査したからだ」という答え方はせず、
「この実験は、宇宙で作られた物を地上に持ち帰る為だけでなく、日本が考えている極超音速旅客機に繋がる高速飛翔体の超高高度での空力特性を試す意味も有りました。
◯◯新聞さんが仰った事は理解出来ます。
このエクストラステージの実験は、ただの有翼型を試す以外にも理由が有って行ったものです」
そう答える。
実際、その実験理由も有ったし、打ち上げ前に報道陣(この時は数社しか来なかった為、本社担当宛に送付した)にも書いてある。
こんな感じで、事故調査報告会は終わる。
紙面やテレビ報道は扱いが小さく、論調も「有翼型は難しい、それが分かっている筈だ」的な厳しいものが多かったが
「東京からパリを3時間で結ぶ、超音速旅客機を見据えているから、実験は不要とは言えない」
と理解ある〆となっていた。
改めて、失敗が当たり前な世界だと気を引き締め、次のミッションに挑む。