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シミュレーションと実験

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

日本独自宇宙ステーションから有人機往復という数ヶ月に1回というタイミングを待たず、必要な時に必要なタイミングで地球に物資を送り届ける構想。

その方法としてカプセル式はほぼ技術が確立された。

だが、回収時にパラシュートを使い、人の居ない場所に着陸させる必要がある。

それに対し、小型スペースシャトルとでもいう有翼型は、研究所から近い飛行場に着陸させる事が出来て、より便利になる。


筈だ。


その為の実験を行ったのだが、失敗した。

失敗の原因を探っていく内に、大気圏再突入以前に宇宙塵(デブリ)によって傷がつき、それによって主翼の先端部が脱落して、重心や左右で受ける抵抗に違いが生じ、傾斜した事で通信装備が故障、制御不能となったと推定した。

だが、設計チームは納得しない。

そういう衝突も想定して作った。

軽度ならば無事に帰って来るし、衝撃の度合いから損傷を予測した場合、突入停止の信号を発信する、と。

フライトレコーダーのログを調べても、それを出した痕は無い。

そこで実験してみよう、そうなった。


実験前に

「どのような傷をつけますか?」

という質問が解決のヒントになる。

軽くカッターで切り傷を入れるのだが

「ボイスレコーダーの情報からしたら、浅いけど長い傷じゃないかな?」

そう推測する。

相対速度と擦れた音のした時間から、傷の長さを推定した。

フライトレコーダーでも、その時間に絞って詳しくデータを見ていくと、僅かな、誤差といっても差支えが無いレベルの傾斜と回復が確認される。

その傾斜から、衝突体の重量を推測する。

そこから傷の深さを計算し、長さと合わせて傷を刻む。


実験体、と言っても同じ規格で製造した翼だけのものだが、それに想定された長さの傷、その半分の長さの傷の2種を用意した。

そして大気圏再突入と同じ状態を作り出して確認する。

想定された長さの傷は73秒で折れた。

想定の半分の長さの傷だと、大気圏再突入でプラズマに包まれると想定した時間は大丈夫だった。

ただし、顕微鏡で確認すると、傷から亀裂は広がっていて、折れる寸前だった事も分かる。


「タイタニック号と同じか……」

設計チームは呟いた。

1912年に北大西洋で氷山と衝突して沈没したタイタニック号。

一般的に16ある防水区画の内、4区画までは浸水しても大丈夫だが、衝突で5区画から浸水して沈没を防げなかったとされる。

潜水して実際に行われた調査では、擦れて出来た傷はそう大きくなかった。

なので、傷からの大量浸水ではなく、リベットの強度不足が原因で、圧が掛かった時に大量にリベットが弾け飛んでしまい、その大量の穴からのじっくりした浸水だったと見られる。

従来の説だと2時間も浮いていられないようだ。

何となく伝わるから、タイタニックの例えとなった。

実際の航空機事故でも、見えない傷から圧が掛かる度に亀裂が走っていき、限界を迎えた時点で切断されたように脱落したケースがある。

かの日航123便墜落事故も、修理時の手抜き(破損箇所を覆うリベットを2列使うところが1列で強度不足だった)もあるが、亀裂の拡大からの破壊という点では同じであろう。


仮に尖ったものでなかったならば?

サイズは1mm程度と考えられたので、その重量の砂を空気で射出し、実験体に傷を作った。

傷というよりは凹みが長く残ったようなものである。

これは実験したら持ち堪える事が出来た。

サイズ1mmの塵であれ、当たったのは長さ2m程度の機体である。

スペースシャトル・オービターの全長37mと同じ比率で拡大すると18.5mmサイズの物体が衝突したようなものである。

高速でぶつかる18.5mmサイズの物体とは、零戦やアメリカジェット戦闘機のバルカン砲の20mm弾よりやや小さいくらいであり、20mm弾と言えば過去に敵の主翼を一撃で破壊したとか、そんな威力を持っている。

スペースシャトルの耐久力なら、その程度なら弾き返せるが、金属破片のように尖ったものが切るように鋭く傷つけたならば状態は変わる。

そして実験機は、スペースシャトル程の耐久力を持っていない。

サイズが大きければ、耐熱タイルなり、耐熱鋼板なりを多く貼れる。

サイズが小さいものは、ブラックボックスでもそうだが、軽量版を使わざるを得ない。


シミュレータが出した物体の侵入角度や速度、サイズと、物理的な実験で、この説がもっとも妥当と判断された。

偶然、尖った塵が衝突コースにあったとか、確率としては低いが、今後も無いとは言えない事故だ。

いや、逆にこれから先、各国の宇宙計画で増えて来るかもしれない。


調査委員会の仕事として、あとは今後の対策と、事件報告書の提出となる。

宇宙塵(デブリ)の問題は、提起しておいた方が良いですね」

「有翼機は、設計を見直してみます」

「当面はカプセル型オンリーでいきますね。

 実験機はあくまでも実験段階で、安全が確認されてから実運用に向けます」

「異議無し」


そして関係各省庁やアメリカに出す報告書を書くお仕事が始まる。

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