アニメも科学から掛け離れ過ぎてはいない
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
中間モジュール「のすり」はある意味万能モジュールである。
宇宙船としての機能は、太陽電池パネルと姿勢制御用スラスターが有るだけで、単体ではただの円筒に過ぎない。
ドッキング前は地上管制、ドッキング後は有人機の指令に従う。
だが、ドッキング後は様々な用途に利用可能だ。
主な使い方は、搭載量が少ない「ジェミニ改」を補完する補給庫兼拡張居住スペースとしてである。
他の利用法として、エアロック搭載区画として船外活動サポートや、外部拡張型軟式居住スペース(エキストラ・バルーン・ライフスペース)の実験、ロボットアームと回収区画によるスペースデブリ清掃モジュール等があった。
「こうのとり」の与圧部をベースにした簡単な構造は改造が簡単で、専用仕様としてすぐに製作が出来る。
今回の使用法は、内部に人が乗り込み、地球投下カプセルにテスト用の搭載物を詰めた後、投下機に設置し、所定の位置で地球の狙った位置に投下する実験である。
投下機の他、気象衛星からの情報を受け取るアンテナが有るだけの簡単なものだ。
……そういう物を簡単なまま使わないのが、日本の貧乏性と言えた。
秋山は珍しいチームから声をかけられる。
超高速旅客機部門である。
東京〜パリ間を3時間程度で移動出来る、オーストラリアで超音速飛行実験をする、新型ジェットエンジンを開発する、そんな部門である。
どちらかと言うとESA、欧州大手航空機メーカーと組んでいて、アメリカの航空行政とは少し距離を置いている。
アメリカにある意味頼り切るのを前提に、宇宙での実績を積む有人機部門とは関わりが無かった。
「ようこそ、超高速機部門へ」
挨拶後、本題に入る。
「知っての通り、超高速で飛行するのは宇宙と大気圏の境界近くというか、場合によっては宇宙に片足出してる高度になる。
我々も宇宙船の研究はしているし、大気圏再突入時の制動は有人機部門と同じくらいシビアに研究している」
「ですね。
超高空と低軌道の境界なんて曖昧ですし、有翼かカプセルかの違いしか無いものと見てます」
「うん、そうです。
なので、実験をお願いします」
有翼機は二通りの道が開けている。
一つは、より多くを乗せて、より安く、より安全に、高速で都市間輸送を実現する道。
もう一つは、アメリカが諦めたスペースシャトルへの道である。
旅客機部門は予算がしっかりついている。
案外アメリカの航空支配を嫌う議員が、与野党垣根を超えて賛同してくれるそうだ。
野党の議員にはアメリカ嫌いのヨーロッパかぶれも居て、より環境に優しくという条件も付けた上で、脱アメリカ的な研究を応援している。
それに対し、スペースシャトルに至る有翼宇宙往還機は理解されない。
なんせ、アメリカで2回も大事故を起こし、アメリカが後継機を諦め、ロシアも(科学者は再開意欲有りだが)無人実験機で終えてしまった為、
「失敗が見えている金食い虫の実験なんかやめたら」
とまで言われるという。
だが、今回有人機部門で実験するのと同じように、宇宙での成果物を持ち帰る用途で今のところ開発していると言う。
「風任せのパラシュート着陸より、大気圏内で自由に飛行出来て、飛行場に軟着陸出来る方が便利でしょう!」
という事で、宇宙から帰って来られる有翼機の実験を加えて欲しいと言うのだ。
「いや、そんな余裕は有りませんよ。
拡張モジュールって、ほとんどコクピット機能しか無い『ジェミニ改』の前方に、2m立方の空間を足しただけで、有翼機の実験機を入れられる場所はありません」
「そんなに大きな物じゃ無いです。
現物持って来て」
若手が持って来たそれは、
「え〜……っと、これアニメで見たように思いますが。
中で大気圏再突入用のウィングに掴まってるのは何ですか?」
「パーフェクトグレードって奴です」
「いや、プラモデルのランクじゃなくてですねえ」
「これが乗ってると、如何にも宇宙から滑空して帰って来たって見えますよね」
「だったら、この透明のカバーは何ですか?」
「人型を掴まえた形で露出させて飛ばしたら、空力的に問題が有りますからね」
「じゃあプラモ載せなくてもいいじゃないですか!」
「中が見えた方が良いんじゃないですか?」
とりあえず、中に何も入ってないと重心的なバランスが取れない為、重りと、見た目的なプラモデルが入っている。
あとはプログラミングによって自動的に滑空して戻って来るとの事。
「で、そのアニメだともう一つ大気圏再突入の道具有りましたけど、覚えてます?」
「耐熱フィルムでしたっけ?」
「それ、テレビ版。
よく覚えてましたね。
そっちじゃなくて二作目から使ったバリュートって奴です」
「風船、というかパラシュートみたいなので耐熱やる奴でしたかね」
「そうそれ。
あれ、もう一回形状変えてテストお願いします」
実はバリュートは何度か実験していて、2017年には展開型エアロシェル実験超小型衛星「EGG」(重さ約4kg・展開時の直径約80cm)の降下テストを行った。
この時は日本上空への誘導に失敗したが、日本上空を必ず通過する今回再トライしたいという訳だ。
軌道制御エンジンを載せた次期実験衛星「スーパーEGG」の為にも、もう一回試して弾みを付けたい。
「EGGはチームが違いましたよね?」
「そうですが、今回はうちが要望するから、ついでにって頼まれました」
「軌道エレベーターチームからは何か無いですか?」
「今回は聞いてませんね」
意外にSFアニメは実用に使えるアイデアが有ったりする為、予算こそ少ないが研究チームが立ち上がっていたりする。
予算が少ないので、実験に絡める時はお願いして来るのだ。
単に貧乏性と片付けられないのは、低予算部門のお願いはこういう時で無いと実現出来ないからである。
だが、本家アメリカはもっと酷かったりする。
当分実現する予定は無いが、惑星破壊レーザー搭載型宇宙要塞建造研究とか、光速を超える異次元航路研究チームがあったりする。
差し当たり秋山は、SFアニメ発の2つの降下テストを追加で組み込むよう「のすり」設計チームに話さねばならなくなった。
基本ジョーク回です。