訓練機は訓練機
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
そもそもの原因は貧乏性にある。
これはとある技術実証機の話だ。
イオンエンジンの長期運用試験がしたかった。
それだけ長期間エンジンを動かすなら、という事で小惑星まで行ってみよう、と計画が追加された。
小惑星まで行くなら、表面物質を回収してみようとなった。
表面物質回収したなら、地球まで持ち帰ろうとサンプルリターンまでがミッションとなる。
……技術実証機なのに。
度重なるトラブルで機体がガタガタになっていなければ、サンプルリターンの後は、またどこかの観測に行く予定だった。
……繰り返し書くが、技術実証機なのに。
有人宇宙船計画も、発端はともかく、元々2人乗り宇宙船に教官と候補生を乗せて、宇宙飛行士として訓練する事が目的だった。
どうせ宇宙に行くなら、日本の青少年の科学離れを防ぐ為にも様々な実験をしてみたら、という要望が出た。
狭いから無理、となったら「だったら、小型宇宙ステーションを、現在宇宙ステーション補給機を改造して作ってみようか」となった。
やってみたら意外に需要があり、実験の要望が相次いだ。
様々な理由から外国からも利用のリクエストが出た。
それだと、現行の小型宇宙ステーションだと手狭だから拡張計画が出た。
訓練機を飛ばして宇宙飛行士を育てるというそもそもの計画に、あれもこれもと加え過ぎである。
貧乏性が、一つの計画で何でもやらせてしまうのだ。
計画そのものを2つにして、違うスケジュールで動かせば良い。
それに気付かなかったのは、先日まで宇宙に行ける往復船はロシアのソユーズと「ジェミニ改」しかなかったからだ。
アメリカが7人乗り宇宙船を開発し、他の民間企業もNASAも新型宇宙船を完成間近となると、行き方に選択肢が出来る。
そうなると、2人乗りに無理矢理増設座席をつけた4人乗りの訓練機の、期間制限がある日本からの打ち上げを前提としたスケジュールに合わせる必要は無い。
アメリカやロシアの計画中止で宙に浮いた人員は、科学実験系宇宙ステーションの部門に入れて、立ち上げ以来のメンバーは訓練機の部門に分けようか。
秋山はそう考えたが、彼にはある種の諦念もある。
(分けようが分けまいが、自分が両方管理させられるんだろうな)
アメリカが関わる前から有人宇宙飛行計画に携わっていた彼は、事情も色々知っているし、何かと使い勝手が良い。
外国からも名指しで担当に指名されるし、外せない。
(大事なのは、私に代わる人間を育てる事だよな)
と思うが、自分からそれを言い出して認められる事はまずない。
総理辺りが
(あれ? 秋山君の負担凄い事になってない?
誰か担当増やさないと)
と気づく必要があるが、使い勝手の良い人間は、そう思わせるのを遅らせてしまう。
とりあえず訓練機の方を考えよう。
ジェミニ改2は最大4人が乗れるが、それは乗れるってだけで、宇宙船としての使用可能時間は短くなる。
本来の2人乗りが単独使用では最もバランスが良い。
よって本来の長期訓練は2人乗りで行う。
次期打ち上げロケットH-3には搭載量に余裕がある、というか一定の重さにして打ち上げないと振動が発生する為、同時に中間補給機「のすり」を載せて打ち上げる事も可能となる。
なので
・本命のペイロードが実用衛星や探査機、バラスト代わりがジェミニ改の場合は2人乗り
・本命のペイロードがジェミニ改、バラスト代わりが「のすり」の場合は3人もしくは4人乗り
とすれば、フレキシブルな訓練計画が立てられる。
同時に2人か3人を訓練出来れば、その方が効率が良い。
宇宙飛行士の訓練でシミュレーターでは難しいもの
・実際の滞在による宇宙酔い
・実際の宇宙生活
・船外活動(水中訓練は抵抗が大きい)
シミュレーターで訓練可能だが実験の宇宙での感覚を知った方が良いもの
・ランデブーやドッキングの肉眼での感覚
・ロボットアームの操作感
・故障を想定した偏重心飛行
(太陽電池パネルの片方が開かないとか、ロボットアームが他の衛星を掴んだままの飛行等)
更に、既に宇宙経験が何度も有る飛行士であってもすべき訓練はある。
例えば月着陸を想定した着陸船の操縦や、それと母機とのドッキング。
船外活動での宇宙ゴミ回収。
それも宇宙服か、人型機動機を使ってのものとで訓練の違いがある。
地球往復を前提としない純粋宇宙船、大気圏用の装備が無い分重量を節約出来て、高速かつ長距離航行が可能な機体のテスト飛行も考えられている。
「将来の計画はどこまで出来るか分からないが、
宇宙ゴミ回収や処理はやりたいね」
訓練機チームは肯く。
「宇宙ステーションへのドッキングはどうします?」
これについては
「必要があったらしよう」
となった。
今の有人宇宙船で一番重要な機能は、大気圏再突入以外では宇宙ステーションへのドッキング機能である。
慣れておく必要はある。
それに、宇宙ステーションから持ち帰るものや、短期滞在で連れ帰る人員を乗せる場合もある。
「訓練だから不便な生活を強いるし、帰りに少しご褒美ってのもアリかな」
秋山の言に賛同が相次ぐ。
宇宙空間にあって、グルメガイド星付きレストランのシェフが料理を作り、風呂が有るのは日本ステーションくらいだからだ。
長期訓練の後や、中日に美味い飯を食べ、湯に浸かってリフレッシュするのも大事であろう。
まずは選出した全宇宙飛行士を宇宙に送る計画を立てようではないか。
昔は1週間程度の飛行を2回やれば、もう船長に任じられたりした。
ジェミニ改と「のすり」を使い、一ヶ月程の飛行を2、3回経験させて、立派に船長を務められる人材を育てたいものである。
「目標は、今いる30人が全員船長を任せられるくらいにする。
第三次募集は……
その時この計画がまだ続いてるかは分からんが……
今いる飛行士を育て終わってからにしよう」
異議なしで決まった。