計画見直し
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「また総理の変更要請ですか?」
「いや、大統領事案のようだ」
「でも実験計画全部やれってのは総理の話だろ」
職員たちが騒ついている。
「はい、静粛に」
秋山が静まらせる。
「さっきNASAからも連絡が有りました。
3年後打ち上げ予定だった共同宇宙ステーション計画は中止となったそうです。
アメリカ側も急な話だったようで、何が何やら分ってないようでした。
とりあえず我々は、人を派遣する前だった為、呼び戻す必要は無いが、この人員をどう配置するか……」
「JAXAは他の部門、『有能な』人材は常に人手不足ですからね。
有能な人が居ないんじゃなく、ずっと雇い続け、かつ民間より良い給料を出せる訳ではないので。
かと言って誰でもいいから雇えって訳ではない。
だから、折角集めた人材ですから、他部門に回して、人件費は総理案件だからそこから出せば良いかと」
「いや、あくまでも有人部門で配置し直せ、と」
「ですが、来年からの宇宙ステーション利用計画は、数ヶ月単位での交代ですよね。
長期計画だと、それ程多くの人員は必要有りません」
「総理は、アメリカとの合同計画でする予定だった実験、ロシアとの合同計画でする予定だった実験をやれば、人員は無駄にならないだろう、と」
「言うだけなら楽っすね……」
「容積はともかく、人員が足りない」
「長期実験と短期実験を同一の宇宙ステーションでこなすとか……無理っしょ」
「4人しか居ない乗員、余り任務を重ねるとパンクしますよ」
それらは散々秋山が総理に説明した話だ。
だが、返答は「建設的な回答を期待する」だった。
「アメリカの新型有人船は7人乗りだったな」
ふと秋山が皆に問う。
「ジェミニ改」は2人乗り、「ジェミニ改2」は最大4人乗り。
2機が次期宇宙ステーションにドッキングするなら、最大8人が宇宙滞在出来る。
しかし、計算するとそれでも実験スケジュールをこなし切れない。
そこで短期間で済ます実験は、アメリカ機を使って7人を運べば一気に進展する。
問題は皆が知っている。
「ちょっと待って下さい。
11人で酸素の消費量、二酸化炭素の増加率、熱の篭り具合をシミュレートしてみます」
次期宇宙ステーション「こうのす」は常時4人、短期間なら8人の滞在に耐えられる設計である。
それを最大11人にするとなれば……。
「酸素は補給次第でどうにかなります。
ですが、二酸化炭素吸着装置と放熱機能はそうはいきません。
総量ではなく、加速度です。
処理が追いつきません」
「強化改造が必要という訳だな」
「上手い具合にコアモジュールが大型化出来た為、改装の余地は有ります。
で、聞きたいのですが……」
「うん?」
「本当に11人で良いんですか?
今はまだ打ち上げ前だからどうにでも出来ますが、
打ち上げてからやっぱり……は無しですよ」
「よし、最大人数で考えてみるか」
コアモジュールに2機、アメリカの新型機がドッキングし、フランスモジュールのドッキングポートにソユーズがドッキングすると、全部で17人となる。
この人数で数ヶ月過ごす訳ではない。
ここまで人が集まるのは交代の時だけだ。
1週間、7日を想定しよう。
実際の運用ではドッキングは3日程度だが、冗長性を持たせる事とする。
「冗長性持たせるのは良いですが、補給間隔がどうやっても短くなりますよ。
どうするんですか?」
宇宙ステーションのあらゆるものは電気で動く。
太陽電池で補充しているが、やはり足りない。
蓄電池等を使うが、そういうものは交換が必要である。
省電力で数ヶ月まったり〜、と考えていたら、電気を使う科学工学実験系が割り込んで来て、更に人員を増やすと生命維持装置系の常時作動させる機械の消耗と、電力消費が多くなった。
故に、交代要員を送り込む際に、それらの物資も持参する。
しかし日本は、頻繁にはロケットを打ち上げられない。
漁業との兼ね合いがある。
H-3ロケットは射場を変更出来るが、まだ候補地が挙がっているだけで、具体的に何処からかは決まっていない。
早急に決め、それを政治家先生に伝え、選挙区に説明し、地元地方議会で承認を得て貰う必要が有るが、それが通るのは多分早くて来年夏。
そこから簡易射場を整備しても、来年冬以降の試験→運用となるだろう。
反対多数で拒否されるかもしれない。
間に合わない可能性の方が高い。
「その辺は私が何とか調整します」
「射場以外にも、ロケットはそう大量に生産出来ません。
そこはどうしますか?」
「NASA、ESA、ロシアにも協力して貰います」
「上手くいきますか?」
「こういう時こそ、総理に仕事して貰います。
要望通り建設的な回答を出すのですから、こちらで出来ない分はやって貰いましょう。
総理が出来ないなら、その件は無しで」
秋山の総理にも責任肩代わり発言に、一同から「賛成!」「こっちばかりの責任じゃ無いからね」「いいぞ!」「頼みます」と声が飛ぶ。
かくして、可能な限り打ち上げを増やし、宇宙ステーションを改良し、人員を増やす事を前提に、どれだけ計画を消費出来るか検討した。
元々の次期宇宙ステーション「こうのす」で行う農業以外の実験を1とすると、アメリカ共同機、ロシア共同機の予定の内、日本のものは両機で約3倍であった。
その内、2までは達成可能、残りは先送りまたは中止とする。
出来ないものは出来ない!
それでも随分と前向きなものになった為、それを報告し、
「射場の整備をする必要が有りますから、そこの選挙区の先生方と上手く調整して下さい」
「あちらの都合で中止になり、負荷が掛かったので、米露を説得して協力させて下さい。
あと欧州もうちの機体を使う以上、もっと協力を要請して下さい」
と総理にも仕事を投げた。
総理は思わず苦笑いしていた。