魔改造は日本だけの特権に非ざるなり
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
バイク業界に比べて、自動車業界は保守的だった。
経営が健全と言った方が良いだろう。
最大手にNASAの件を打診したところ、メールの段階で断りという返事が来た。
技術のN社は
「うちはロケット生産で協力してますので」
と、どちらかというと大口の宇宙産業はやるが、些事はやらない方針のようだ。
バイク屋でもあるH社とS社は乗り気。
F社は
「うちの前身は戦闘機屋ですので、
日本版スペースシャトルなら声をかけて下さい」
と一風変わった返事。
その他色々有るものの、
「コンペからでなく、確定なら受けますが……」
という返事。
経営的に遊んでいられない、今は本業で頑張る時期、てな感じである。
それに、月面車、火星車は「どうせアメリカビッグ3が持っていくだろう」と諦めてもいる。
北米市場を荒らすと、アメリカ政府に痛い目に遭わされる為、ビッグ3とは上手く付き合う方が良い。
わざと負ける引き立て役なら応じるが、本気で彼等に宇宙でまで喧嘩を売る気は無いようだ。
秋山は日本の各社に連絡を取ってみて、変わりもの数社以外は良い返事を得られなかった。
しかし、月面車の件はアメリカから動き出した。
「不死身のピックアップトラック」のアメリカ人ユーザーが、個人で魔改造をしたものをNASAに持ち込んだのだった。
元々日本車は燃費が良い。
即ちガソリンの燃焼効率が良い。
故に、地球上では吸気口から酸素を取り込むが、月では代わりに酸素タンクを積めば、それ程大量で無くとも動かせるようになる。
そうなると、海に沈めようが、ビル解体に巻き込もうが、南極点までのレースの併走車にしようが無事なタフなトラックは搭載量、低温対策、衝撃対策全てで素人改造でもどうにか出来る。
そうしてガソリンエンジンを特殊仕様に換装し、月面/火星車が出来た。
NASAには頭が痛い。
公共事業の意味合いも有り、「流石はアメリカだ!」と宣伝するという意向も有るのに
「あっさり完成させるな!
それも他国の市販車で!!」
となる。
こんなのが分かったら、益々日本車が売れるじゃないか!
……まあ、メキシコ工場で生産するアメリカ企業より、アメリカ国内で生産する日本企業の車の方が、アメリカ車とも言えるが。
そもそも、日本企業のアメリカ支社は、経営陣がアメリカ人、デザイナーもアメリカ人、労働者や部品供給者もアメリカで、日本に輸出しているから、アメリカ企業と言って良いくらい現地化しているが。
NASAの審査官は却下を出した。
性能が悪い? NOだ。
政治的思惑? NOだ。
仕様を満たしていない箇所が有るからだ。
月面車/火星車に求められるのは、無酸素でのオフロード走破能力だけではない。
しばらく車内を基地として生活出来る事である。
与圧室を設け、そこは人が立てるくらいの高さがあり、食事と睡眠が出来ないとならない。
月基地も火星基地も、星のサイズに対し、直接観測出来る地表面積は小さい。
そこで移動しながら調査する。
数日掛かりで調査するとなれば、どうしてもコンテナに無限軌道付けたような代物になる。
「いや、車中泊出来ますよ」
そう反論されたが、人間はバスの3列シートですら「やられる」のだ。
ましてピックアップトラックに5人乗せて車中泊とか、ね……寝れないんだよ、俺たちもう寝れないんだよ!と文句言われるだけだ。
それに、仮にピックアップトラックがキャンピングカーゴを引っ張ったとしても、エアロックをどうするのか?
外出するにも乗車するにも、減圧や与圧のプロセスを飛ばす訳にはいかない。
更に、車が有ればそれで良い訳でも無い。
通信機、位置方位測定器、レーダー、自動操縦装置等を搭載する。
中東ゲリラ御用達で、重機関銃やら無反動砲やら積み込むテクニカルとして使われるピックアップトラックだけに、そういった装備は積み込めるだろう。
ただし、積み込み方によっては、室内が狭くなったり積載量が減ったりする。
上手くレイアウトし直して来い
仕様をきちんと満たしたらまた見てやる
とNASAの審査官は言った。
その一方で、完成品自体は作業費として購入し、追加で開発資金も出してやった。
お情け?
アメリカ人、そんなに甘くない。
買い取った月面車/火星車候補は、簡易与圧室に改造してオフロードを走らせる場合は、素晴らしい性能である。
担当官はアメリカ自動車メーカーや重機メーカーの技術担当を呼び出すと、仮想月面での魔改造ピックアップトラックの機動性を見せた。
「諸君、これは一般人が作った車だぞ」
技術陣は、母体となった自動車がある種の不死身なのを知っている。
かつてチャド内戦で、ソ連製T-54/55戦車92両、BMP-1装甲戦闘車33両を破壊、T-54/55戦車13両とBMP-1装甲戦闘車18両が鹵獲され、被害は僅か3両の改造ピックアップトラックという、日本海海戦以上の圧勝をやってのけた、曰く付きの自動車なのだ。
だが、「故障しない」を除けば、あれ以上の性能のものは作る事が出来る。
(故障しないから特にゲリラ部隊等に需要が有るのだが)
メーカーの魂に火が入る。
「我々も見くびられたものですね。
それしきの性能、出してみせましょう!」
「そうですとも。
予算制限は無いし、時間もまたまだたっぷりと有るんだろ!」
「本気のUSAの技術力をお見せしよう!」
NASA審査官はほくそ笑んだ。
市販する必要は無い。
安くする必要が無ければ十分アメリカは強い。
国からの補助金やら、人件費の低さやら、無茶なセールスに負けて、高い車しか作れないと思われがちではあるが、アメリカだって十分にそれなりの安さで、高性能な車を作れるのだ。
まだ15年先になるとは言え、
(いい刺激材料を作ってくれたものだ。
これで、あのピックアップトラック以下の性能にはならない。
政府の発注だと、要求性能ギリギリにされかねないからな)
競争相手は必要なのだ。
まあ、余りにも頑丈過ぎる叩き台ではあるが……。
F社(F重工)は現在名前変わってますが、S社でもSU社でもバイク屋のS社(S菌で有名)と重なるので、旧名の方使いました。
どうせ仮名で、モデルでしかないので。
 




