世界最強の工業製品、宇宙へ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
世界最強の工業製品と呼ばれたオートバイがある。
製造数で旧ソ連の名銃AK-47を上回ったとか。
(派生型や違法コピーは数えず)
ビルの上から落としても、簡単な修理で直る。
エンジンオイルの代わりサラダ油でも走る。
東南アジアでは6人乗り+電信柱を持って乗っても走る。
酷いライダーの場合、最後に給油した日を覚えてない。
とにかく、伝説に彩られたバイクである。
※ただし、出前機を積んだ状態だと箱根の坂に苦しむ。
アメリカは、とりあえず月にもう一度行くという目標を掲げた。
日本も声をかけられている。
本当に行くかどうかはともかく、アドバルーンとしては中々のものであろう。
15年くらい先を見越し、色々とコンペをしていた。
……月面を移動する車両の募集を掛けたら、もう出来上がってしまった。
アポロ計画の時、アメリカはリキシャと呼ぶ人力車と月面車を用意した。
移動距離はそう長くない。
メインは雪上車のように、中では宇宙服を着なくて済む与圧室を持ち、長大な航続距離を持つものを開発する。
おそらくアメリカの自動車メーカービッグ3のどこかが受注するだろう。
それ程でなく、基地からちょっと(と言っても数キロメートル)先に行きたい、ちょっとした荷物を運びたい時のサブ機として、どのような形態のものが良いかも含めて募集をした。
そこに件のバイクの月面改造型が、アイデアでなく完成品として応募して来たのだった。
世界最強の工業製品たるそのバイクは、ガソリンとエンジンオイルの混合燃料を使うが、基本的に酸素が無いと走らない。
ところが、混合燃料に酸化剤も混ぜるというアイディアで、月面をチートバイクが走れるようにしたのだ。
爆発したり、不完全燃焼を起こさないよう、酸化剤の種類や配合比率、酸素を分離させる触媒については企業秘密だそうだ。
審査に当たった秋山は、秘密とされる部分にも触れているが
「うーーむ……」
と唸るだけであった。
元となった車体が、「どんな無茶な使い方されても壊れないように」という会長の要望に応えて作られた為、アメリカが用意した月面を想定した試験場を、軽々とは言わないが、問題無く走破した。
更に、転落、荷重、燃料漏れ等の異常系実験もクリア。
更にパウダー状の砂塵の中を走らせる、百度近い熱風を吹き付ける、マイナス百度近い中を走らせる等もクリアした。
「無改造って訳ではなく、直射日光下と日陰では極端に温度が違う月面を想定した防熱対策、エンジン加熱に対する排熱、砂塵対策等、しっかり改造すべきは改造されている。
それを置いても、元となっている車体が、ここまで凄いとは……」
「第一、軽い!
本格的な調査は月面車を使うにしても、空いたスペースに積み込み、サブマシンとして使うには、この軽さと小ささは武器だ!」
「元のバイクの変態じみた燃費には及ばないが、電力だけのものより、格段に走れる。
その上、荷物搭載能力もある。
出前機付けて問題なのは、空気抵抗が増す事だから、月だと問題無いだろう」
アメリカでの審査結果を聞いて、JAXAの面々も呆気に取られていた。
「それで、採否は?」
「保留。
月を汚染しないよう、排気ガスを放出しない改修を加えて再試験だそうです」
「アメリカの小野君の報告だと、NASAの審査官も嫌がらせに近い障害用意したのに、あっさりクリアされて悔しがっていたそうですよ。
最後の排気ガス云々も、半分無理矢理考えた難癖に近いものだとか」
内燃機関は排気口を塞ぐと性能が低下する為、それなりの改修を必要とするだろうが、この排ガス問題をクリアすればほぼ採用確実だろう。
そして、世界最多の製造数を誇る量産品なだけに、数を揃えるのも容易い。
満を持して出した難問に、あっさり満点を出されたようなもので、不貞腐れて「字が汚いから、清書して再提出」てな文句を言いたくもなったのだろう。
アメリカの小野は、基本他人と酒を飲んだりするのを好まない。
それなのに、NASAの月面車サブ機審査官の一人に誘われ、酒の相手をしていた。
「とりあえず一回は差し戻さないと気が済まなかったから理屈付けて再審査にしたが、それを解決したらOKを出さざるを得ない」
「はあ……」
「極めて重要な問題だ!」
「どうしてですか?」
「月の次の目標である火星、その火星用のサブ機の要求仕様もクリアしてるんだよ、あのマシンは!
月じゃ砂塵が上がっても大したことない。
あの試験は火星の砂嵐を想定したものだったんだよ」
「一挙両得で良かったじゃないですか」
「日本主導でやるならね!
でもアメリカ主導でやる以上、火星の時は火星用の募集をするんだ、アメリカメーカー対象にね。
でも、アレ以上の物が作れるとは思えん!
アメリカファーストの政治家に、日本に月でも火星でもシェアを奪われてどうする!と私が怒られるだろうね」
「だったら日本メーカーだからって理由で却下したらどうです?」
「君はそれでも技術者か!?
あんな万能で優秀なマシンをむざむざ却下するなんて、私には出来ん!」
(面倒臭い人だなあ)
NASAの審査官は、コミュ障の日本人相手に愚痴って愚痴って飲み続けた。
そして、火星のコンペの頃には、きっとアメリカメーカーが、あのチートバイクを上回る物を出して来るだろうと期待する事になった。
だが、NASAの審査官はまだ知らない。
イギリスBBCの自動車番組で、海に沈められたり、放火されたり、ビルごと爆破されたのに動いた不死身の日本車が、月か火星車のコンペ用に改造されている事を……。




