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ロシア船とのドッキング

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

翌日、ジェミニ改から見て進行方向にソユーズが見えて来た。

最大望遠で小さく見えていたのに、どんどん距離を詰めて来る。

「突っ込んで来ますね」

高瀬飛行士は思わず呟いたが、そんなのは錯覚、ドッキング軌道を高速で突っ込んでいるのはジェミニ改の方である。

ソユーズの方は、ジェミニ改から見ると後ろ向きで飛行し、低速だからどんどん追いつかれている。

ソユーズは減速し続けているから、徐々に低い軌道に遷移している。

ジェミニ改と同じ高度になった時が、ゼロ距離、つまりはドッキングである。


昨日何度もフェザータッチでのドッキングを練習させられた高瀬には、随分と高速で迫っているように見えた。

だが、もし昨日ドッキングの訓練をしてなく、今日ソユーズとのドッキングを最初に見ていたなら、感覚が高速の方にズレてしまい、シミュレーターでの再訓練が必要となろう。


宇宙空間では音がしない。

ドッキング数分前、もう視界でかなりの大きさのソユーズが、最後の微調整的軌道修正をしている。

聞こえない筈なのに、脳内でシューッという姿勢制御エンジンの噴出音が補完される。


コツッとソユーズの先端が当たる音が、ジェミニ改の船内で聞こえる。

続いてギギギ…とドッキング装置の擦れる音がする。

ドンッと軽い衝突音と振動があった。

衝撃吸収装置は無事に働き、

「到着したね」

「地震でいったら、震度1くらいですかね」

とジェミニ改側は落ち着いたものだった。


両側でドッキング後チェックが行われる。

アポロ・ソユーズ計画の時は、アポロ側は3分の1気圧の純酸素、ソユーズ側は1気圧の普通空気だった為、しばらく気圧調整の時間を必要とした。

しかしアメリカもスペースシャトル以降、1気圧の普通空気を使用する為、調整時間は短縮された。

日本機に求められるのは、ISSに事故が起きて脱出し、その後地球帰還も何らかの事情で出来ない場合の避難先としての役割である。

悠長な確認作業はしない。

それでもマニュアルに従い、最低限のチェックを済ませると、ドッキング30分後にソユーズ側ハッチが開いた。


直径90cmの円形通路を通って、江口飛行士が「のすり」に入って来た。

日本人飛行士同士が握手を交わす。

続いてロシア人飛行士が1人やって来た。


「ウェルカム!」

「スパシーバ」

アメリカ人とロシア人が握手とハグをする。

(三密は……って、ここは宇宙だし、言うのは野暮か)


最後、ソユーズを自動操縦に切り替え、ロシアの船長が入って来た。

「狭いね」

「さっきまでは広かったんですが、5人も居ると……」

「納得だ。

 ではソユーズの方にも来たまえ。

 タカセ、君に来て貰おう」

ロシア船長と高瀬飛行士がソユーズに移り、両方の居住モジュールは無理の無い人口密度となる。


「ソユーズはどうかね?」

質問された高瀬は困った感じで

「思ったより広いような、狭いような……」

と答える。

重力有りで考えるなら、狭い。

しかし、無重力で空間全てを使えるとなると、案外広い。

だが、広い中にボンベだの荷物パックだのが無造作に置かれ、「四畳半の汚部屋なりかけの部屋」的な感じだ。

居住区ではあるが、数日を過ごす空間という感じである。

旧ソ連の頃からサリュート(軍事目的では別名アルマース)、ミールと、長期滞在はこちらでやって来た宇宙ステーション先進国だけに、ソユーズは移動用と割り切っている。

「のすり」のような追加与圧室もサリュート7号の時にコスモス1686で経験済みである。

「日本みたいに面白い事をしてはいないが、帰りの数日を過ごす船だ、慣れてくれ」

との事であった。


夜、ささやかなパーティーが「のすり」与圧室で開かれる。

5人集まって実に狭いが、乾杯の掛け声が掛かるとそんなのどうでも良い。

なんちゃってビール(ノンアルコール)、なんちゃってワイン(弱アルコール)、そしてウォトカ(アルコール50%)で宴会となった。


日本の氷菓や駄菓子で、ビニールのパックの中に液体が入れられ、チューチュー吸うものがある。

それを応用した、ショットグラス量のウォトカパックを、ロシア人たちは手で押して絞り出し、一気に喉奥に流し込んでいた。

船長だけは、酔うわけにいかず、ノンアルコールで我慢している。


「なんだよ、ここにスピリタスがあるじゃねーか」

酔うと巻き舌音が激しく、ドゥルルドゥルルという音になりながら、ロシア人飛行士の一人が目敏く見つける。

「それは帰還時のおみや

「今飲ませろ!」

「いや君飲みす

「だーいじょーぶ、これくらいへーき、へーき」

「ここ無重力だから、グラスには注げないし、傾けても出て来ないぞ」

「知ってるっつーの!!」


ロシア人は瓶の蓋を外し、零れないよう気を付けながらストローを差して、吸い始めた。

「空気圧があるから飲めるのさ、ウラー!!」

「これ食え、アメリカ人と日本人、ウラー!」

「え? キャビア?」

「高級品だな、ベルーガか」

魚卵イークラにはウォトカだ! ウラー!」

「ウラー!」

「飲んでみるか……」


かくして高瀬飛行士は、深刻な宇宙酔いでなく、二日酔いに悩まされる事になる。


なお、ロシアでの訓練中にこいつらの気質を知っていた江口飛行士は、宴がたけなわになる前に、気配を消してソユーズ帰還モジュールの中に逃げて寝ていた。

「あ、船長カピテーン、内緒にしといて下さい」

ソユーズの船長は、日本側から貰って来たコーヒーを飲みながら、黙って頷いた。

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