再び宇宙へ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
最初の宇宙飛行士に選ばれた中で、まだ宇宙飛行を経験していない者は多い。
その中から江口飛行士と高瀬飛行士が、今回の日露ミッションに選抜された。
江口飛行士はロシアからソユーズに乗って打ち上げられ、高瀬飛行士はアメリカからジェミニ改に乗って打ち上げられる。
ジェミニ改の船長はアメリカ人、ソユーズの他2名の飛行士はロシア人である。
ドッキングし、3日の共同訓練の後、今度は高瀬飛行士がソユーズで、江口飛行士がジェミニ改で帰還する。
中々面白いミッションだが、日米露どこのテレビ局も注目してはいなかった。
同様のミッションはアポロ・ソユーズ計画というのが有り、その時は大騒ぎされたのだが、それは米ソ冷戦という背景が有ったからと言える。
国際宇宙ステーションが出来て以降、アメリカ人がソユーズに乗るのも、ロシア人がスペースシャトルに乗るのも、日本人がソユーズに乗った事も、スペースシャトルに乗った事も、既に20年前には終わった事だ。
意義が分からねば、もうやった事の繰り返しに過ぎない。
まして打ち上げが種子島じゃない為、日本のマスコミはほぼ無視であった。
アメリカでも打ち上げ基地は軍の施設内で、一般的なケネディ宇宙センターでは無い。
見送る人も少なく、淡々と打ち上げに向かっている。
高瀬飛行士は宇宙服を着ながら思う。
(まだ、日本では宇宙服を作れない。
室内着はともかく、打ち上げ時、帰還時のはまだ無い。
日本人用の宇宙服も早く欲しいな)
江口飛行士も宇宙服を着て、ソユーズ宇宙船の帰還モジュールに寝ている。
直径2.4メートルのソユーズ宇宙船では往復時、帰還モジュールに密接状態で寝そべっているのがスタイルなのだ。
その状態から船長が教鞭のようなスティックで、天井(∩型の丸い部分)の操縦パネルを操作している。
(実際に見たら、よくあれで器用に操作出来るよなあ、と思う)
そして、運が良い事に米露両基地打ち上げ日和だった為、遅延無く打ち上げに成功した。
ソユーズ側の江口飛行士は、特にすべき事は無い。
軌道変更はロシア人飛行士が行う。
ロシア語での管制に、不自由無く従えない以上、彼が操縦する事は出来ないというのもある。
軌道に投入され、太陽電池パネルも展開すると、帰還モジュールの上部に着いている球形の居住モジュールに移動する。
上に2人、下に1人が気楽な人の配置だった。
江口飛行士は雑務として、居住モジュールに積んでいた荷物を帰還モジュールに移して室内を広くしたり、報告用の撮影をしたりしていた。
一方、ジェミニ改の高瀬飛行士は忙しい。
先行して打ち上げられた「のすり」中間機を標的に、何度も何度もドッキングの訓練を行う。
ジェミニ改は基本、訓練機なのだ。
隣にはベテラン宇宙飛行士が乗っていて、厳しく指導する。
速度、見え方等を叩き込み、自動ドッキング装置が故障した場合でもマニュアル操縦出来るように鍛えているのだ。
5時間程訓練をこなし、やっと「のすり」とドッキングする。
次は「のすり」を付け、重心が変わった状態での姿勢制御を訓練する。
あえて姿勢を崩しておいて、太陽や星を観測しての測位と通信回復も訓練する。
こうして9時間の訓練を経て、この日は休息、明日のドッキングに備える。
「プハーッ!」
訓練後の一杯が美味い。
ノンアルコール、炭酸無しの第二のビール、第三のビールと呼ばれる類の飲み物だ。
冷え冷えなので、気分は味わえる。
炭酸が入っていないのは、万一減圧が起こった時に大変な事になるからだ。
NASAとJAXAの協議で、急速に内臓を冷やすキンキンに冷えた飲み物は、1日1回、250mlまでとされた。
それをパックの口を開けて飲むのだが、それでもビールっぽい苦味、泡、喉越しの冷たさが気持ち良い。
「中々快適だな」
鬼教官だった船長が言う。
彼は普通の水を飲んでいる。
その水も日本の軟水で、口当たりが良い。
飲み物はストイックだが、食事は日本の新型宇宙食を気に入ったようだ。
「NASAは君らを仲間に入れて幸せだよ。
今までの輸送機での貢献も良いし、
ISSでも日本の宇宙食は人気だった。
それが更に改良されるとはね!」
熟成肉を丁度良い時期に、半冷凍にし、宇宙で元に戻した時には、もう一度最適な状態に戻る。
遠洋漁業の冷凍マグロが、余りに水っぽいという不満から、細胞膜を破壊しない冷凍と解凍技術が出来て、それが一般家電にまで広がった恩恵と言える。
熟成イコール菌類の活動だからNASAがOKを出さなかったが、熟成最適時に菌類を完全に滅し、半焼きの状態で冷凍、そして改めて宇宙でも加熱で完成とする事で許可が下りた。
代償で、この宇宙食は宇宙食の癖に日持ちしない。
2日か3日が限度だ。
ストイックな船長は、新型フラスコ式コーヒー機にも目が止まった。
下に飲料用パックを置き、それに漏斗を刺し、漏斗にはフィルターと一体化したコーヒー豆入れを置く。
豆は予め圧力式コーヒーミルで挽く。
それを入れたら、熱湯を注入し、弁を閉じる。
後は回転させて遠心力で淹れる。
出来たコーヒーに、別の弁からミルクとシロップを入れ、シェイクする。
それを飲む。
「私にも頼む」
船長はシロップをドバドバ入れ、甘いそれを美味そうに飲んだ。
「いやあ、美味かった。
しかし、様々に考えるものだなあ」
船長は感心する。
そして、
「あの冷蔵庫の奥のが、連中へのプレゼントかい?」
NASAが特別の特別で、
「飲む時は、一杯あたりショットグラスの量。
それ以上は認めない」
とした露式蒸留酒、アルコール50度。
「明日が楽しみだ」
いよいよ明日、ソユーズとドッキングする。