賭けと願望
俺は行きつけのバーでひとり酒をあおっていた。
大好きなサッカー界の展望を思い描きながら。
スペインサッカーは流麗なパスワークが売り物だが、守備が不安定だ。
イタリアサッカーは低迷中。
フランスサッカーは爆発力はないが個人技、パスワーク、セットプレーなどすべてのバランスがいい。
ドイツサッカーもフランスに近いが、フランスほど個人技が高い選手は多くない反面フィジカルが強い。
ポルトガルはカウンター頼み、ベルギーはこれからに期待。
オランダはタレント軍団が全員衰えたために低迷だが、ここは毎度のことかな。
ブラジルは小粒になった反面、組織化の整備が進んでいて、組織と融合した強烈な個が出てくれば分からない。
アルゼンチンは攻撃陣はすさまじいものの、連携がイマイチだ。
ウルグアイは個で点を取れるスターが引退した後が分からない。
日本はこれら強豪に割って入れるだろうか。
入れると信じたいんだが。
そう思っていると知人がやってきた。
「ここにいたか、豊島」
「杉並か」
彼は杉並といい、古い知り合いで同業者でもあった。
「何の用だ?」
「バルセロナ戦の采配が気になってな。何であの十番にフォワードをさせなかった? お前が思いつかなかったとは信じられん」
……そのことか。
「迷ったけどな。俺のエゴのために選手たちには泣いてもらったんだ」
そう、来栖をフォワードにしてサイドからの攻撃に専念させる。
それをやっていれば一点くらいは返せたかもしれないし、完敗で大泣きする奴はいなかったかもしれない。
だが、俺はあえて何もやらなかった。
「来栖は信じられないことに一対一で負けたことがなく、ゲームでも自分のチームが負けたことがないっていうとんでもないやつなんだ」
「……急には信じられないな」
杉並は半信半疑といった態度だった。
俺だって実物を見てなければ信じなかっただろう。
「杉並、俺が思うに超一流と呼ばれる選手は全員負けず嫌いだ。それも負けるくらいなら死んだ方がマシだと本気で思っているレベルでだ。ところがあの来栖は負けたことがないせいか、そんな気持ちがまるでなかった。だから俺は賭けに出たんだ」
あの号泣を見て、俺は賭けに勝ったと確信した。
「つまり天才に負けるくやしさを教えるため、わざと試合を捨てたのか」
「そう思ってもらってけっこう」
東京選抜の監督としてはまずいだろう。
だが、日本サッカーの将来のためになったと信じている。
「杉並、日本サッカーが世界のトップと戦うために足りないものは何だと思う?」
「足りているものはほとんどないと思うが……絞るならフォワード、センターバック、ゴールキーパーかな」
同感だ。
日本という国においてはミットフィルダーは才能が集まりやすい傾向にある。
そして世界的なサイドバックが出てくる流れも生まれはじめていた。
あとはフォワード、センターバック、キーパーだ。
「そしてキーパーは時任という才能が出てきた。そこで来栖だ。あいつをフォワードに据えれば、得点力不足が解消されると思わないか?」
「……ワンタッチで正確なパスやシュートを打つ技術、局面をひとりで打破し、デュエルであのファリザとほぼ互角に戦う強さ、たしかにあいつがフォワードをやれば相当期待できるな」
杉並も俺の考えを認めてくれたようだ。
残りは守備だが、攻撃力がアップすれば守備の負担は軽減して少しはやりやすくなると思う。
「十年後、あの世代が日本に五輪金メダル、ワールドユース優勝といった快挙をもたらしてくれるかもしれん」
「来栖と時任だけじゃ厳しいと思うぞ」
杉並が苦い顔でたしなめる。
「分かっている。だが、それが俺たちの仕事だろう」
俺は悲観していなかった。
日本は世界でも通用するミットフィルダーを輩出できる国だからだ。
来栖と組めるミットフィルダーを育て上げることはそこまで難しいとは思わない。
レベルの高い選手に刺激を受けて、追いつき追い越せと頑張って選手は育っていく。
僕こと来栖の日常は、ある時突然変化することになった。
「落ち着いて聞いてくれ」
父さんは表情をこわばらせながら帰ってくるなり僕と母さんに言った。
「来年の四月から海外に転勤することになった。行き先はスペインのマドリードだ」
「ええっ!?」
母さんは絶句している。
僕も同じ気分だけど、ちょっとだけワクワクもあった。
スペインと言えば世界的なサッカー強豪国だし、「カンテラ」と呼ばれる下部組織が発達していることでも有名な国なんだ。
そこでサッカーをできるかもしれないと思えばにやにやが止まらない。
あ、でも谷口くんや優海ちゃんとお別れになるのか……。
せっかく仲良くやれそうだったのになあ。
でも、スペインでどれくらい通用するのか試してみたい!
そんな気持ちを抑えきれなかった。
スクールに行ってみんながいないところでコーチに報告すると、マリオコーチが言う。
「スペインか……フィジカルがあまり強くないテクニックタイプのクルスにはいい環境かもな」
スペインは攻撃重視、テクニック重視の傾向があるそうだ。
「親の転勤ならクラブに所属するのも悪くないし、君さえよければ知人に紹介状を書こう」
「よろしくお願いします!」
どんなクラブを紹介してもらえるんだろうか。
そう思っていると、マリオコーチが聞いてきた。
「アトレティコ・マドリードって知っているかい?」
知っているも何も、レアル・マドリード、バルセロナと並ぶ「ラ・リーガ」の強豪じゃないか。
「君のプレイデータは映像に撮ってあるし、さっそく連絡してみるか」
それからしばらくして、優海ちゃんには泣かれ、谷口くんにはぎりぎりまで黙っていたことを叱られたけど、何とかみんなにお別れを言えた。
「来栖、スペインかよ……お前ならレアル・マドリードでもレギュラーをとれそうだな」
「というかこいつがレギュラーとれないなら、いろんな意味で絶望的だよ」
みんなはそんなことを言いながら握手をした。
一番の問題はスペイン語を覚えられるかなんだけど、黙っておくことにする。
優海ちゃんの前で最後くらいちょっとかっこつけておくんだ。
「また会おうね」
最後に優海ちゃんとハグをして別れる。
サッカーしていればまた会えるさ。
女子はドイツとか強いしね。
……それじゃ行ってきます。
きつくなってきたのでいったん完結扱いにします。
時期を見て復活させられたらと思います。




