ハーフタイム
決勝の相手は東京選抜で、十番という強烈な才能を有しながらも組織的な秩序も備えた厄介なチームだった。
それでも前半はこちらの狙いがずばり的中し、二点リードしている。
「作戦が当たりましたね、サンチェス監督」
「今のところはな」
十番、クルスだったか。
彼はたしかに強烈だが、我々バルセロナにはワールドクラスの個人技に対抗するノウハウが伝わっている。
スペースを消し組織的な連携で対応すれば、個人技というのは出せなくなるのが近代サッカーだ。
一対一のスキルでクルスに対抗できる選手は我々の選手にはいないだろう。
しかし、それでも抑え込むことは可能だし、有利にゲーム運びをできるスポーツがサッカーである。
残念ながらスペイン人はアフリカ系のような驚異的な身体能力はなく、南米系選手のような圧倒的な個人技を持った選手は出てきにくい。
イングランドやドイツのようなフィジカルに恵まれた選手も珍しい。
だが、サッカーは身体能力や個々のテクニックですべてが決まるわけではないのだ。
サッカーは体だけではなく頭脳も酷使するスポーツである。
キックの精度をみがき、視野を広げ、判断力を極限まで鍛えあげれば、怪物じみた身体能力や個人技を持つ選手を並べるチームにだって勝つことは可能だ。
ほかならぬスペインのナショナル代表が、欧州選手権とワールドカップを制することでそれを証明してみせた。
そして彼らの戦術や哲学を受け継ぐのが我々である。
「十番は驚異的だ。うちだってレアルマドリードだって獲得したいほどの才能だ。しかし、それだけだ。彼はサッカー選手としてはまだまだ未熟だ。現時点で我々の脅威にはなりえないだろう」
私は私の選手たちに話しかける。
「私が分析するかぎり彼は連戦で消耗し、プレーの切れが落ちてきている」
十番を抑え込めたのは何も私の選手たちだけの手柄ではない。
これは先方のミスでもある。
あれだけ個人技を出していれば、トーナメントを戦い抜くのに必要なスタミナを使い果たしてしまうのは当然というわけだ。
もっともあのファリザを擁するサントスと戦って勝つためには、ああするしかなかったのだろうなというのは理解できる。
ただ、もう少しやりようはあったと思うし、クルス個人の体力配分が下手なのは変わりない。
その点についてはまるで素人のようだ。
まさか今回が初めての試合というわけではあるまいに。
「しかし油断はするなよ。一瞬のスキがあれば彼には十分すぎるほどチャンスで、あっという間に同点にされてしまうだろう。それほどの爆発力を持っているよ」
私の選手たちは真剣な顔でうなずく。
誰ひとりとして油断していないのはいい傾向だ。
「十番からいいパスが出た時は、どの選手も厄介な存在になりうる。さすが決勝まで勝ち上がってきたチームだよ。決して十番ひとりのワンマンチームではない」
「後半はどのように修正してきますかね?」
コーチのひとりが私に問いかけてくる。
「私が向こうの監督だったら、クルスをフォワードにあげてサイドに貼りつかせる。敵のゴール前に近づけ、さらにサイドにすることでプレッシャーを軽減するのだ。そうするだけで彼は圧倒的な脅威として復活するだろう」
「た、たしかにあのニンジャみたいな個人技をゴール付近、それもサイドだから出されたりしたら……」
コーチたちは一気に蒼くなり、選手たちはピリピリとした空気を出す。
その場合、誰の手にも負えない恐ろしい存在となりそうだと、全員がイメージできたのだろう。
「向こうのチームの最大のミスはあの十番をミットフィルダーとして使っていることだ。彼はフォワードでこそ最大に輝けるはずだ」
クルスはひとりで敵の守備をズタズタにして点を取る、ワールドクラスのストライカーとなるだけのポテンシャルを持っている。
どうしてゲームメーカーにしているのかは本当に不思議だった。
機会があれば聞いてみるとしようか。
もしかしたら他に司令塔になれる選手がいないという単純でつまらない理由かもしれないが……。