第三話「二年ぶりの再会」
「お前は、俺達を殺そうとしていないのか?」
ようやく痺れから解放されたデュラハンが言う。
確か、クロムとかいう名前だっけ。でもって、こっちの吸血鬼がスタンリーだったかな。
俺は顔だけクロムのほうに向かせ、ありのままの考えを話す。
「いや、確かに最初に攻撃したのは俺だけど……あれは驚いたからだ。
それに最近、こう思うようになったんだ。知性のない動物や魔物はともかく、魔族となら人間と共存できるんじゃないかってな。ほら、魔族にも穏健派とかいるんじゃないのか?」
自分で言うのもなんだが、俺の言ってることは半分は正しいと思う。
何せ世界は二つの大きな大陸しかないが、西の大陸は人族、東の大陸は魔族ときれいに住処が分かれているからである。
共存とまではいかなくても、戦争をせずに暮らしていくことくらいはできるだろう。
実際に人族と魔族で争っているのは、勇者と魔王だけである。魔族のほうは詳しくは知らないが、おそらくそうだろう。他はいたって平和だ。
するとスタンリーは高笑いをし、突き付けられた剣を傘で退けて立ち上がる。
「ふっ、ふははははっ! いいでしょう、上にはあなたのことは死んだと伝えておきましょう。ですが、まだ“まいった”とは言いません」
まさかと思い身構えるが、すぐにスタンリーの補足の言葉が入る。
「魔王の刺客の代わりに、私達が定期的にあなたを殺しに来ましょう。ですから“まいった”と言うのは、あなたに本当に勝てないと判断したときにしましょう。
私はスタンリー。今後ともよろしくお願いします」
……つまり、諦めないってわけか。それなら俺の取るべき行動はただ一つ。
剣を収め、スタンリーの差し出した手を取り固い握手を交わす。
「いいだろう。その勝負、受けて立つ。俺はロニード、よろしぐっ……!?」
だが、その握手は固すぎた。
俺の油断しきった手を、スタンリーが思いっきり締め付ける。思わず悲鳴が出そうになるが、ぐっと堪えて両の手でスタンリーの右手を握りつぶす。
当然スタンリーの手はつぶれてはいないが、相当痛かったのか甲高い悲鳴を上げる。
しかしもともとあきらめの悪い性格なのか、スタンリーも両手で俺の手を握る。もちろん、握力を計るかのごとき勢いで。
やがて俺とスタンリーはここがダンジョンだということを忘れ、互いの手を握りつぶしあった。
「やれやれ……変なライバルができたものだ」
クロムの呆れを通り越した――それでいて嬉しそうな――声が、うっすらと聞き取ることができた。
===
巨大な鉄壁に囲まれ、人族の首都とも呼ばれる迷宮都市『ルミアージュ』。
一年ほど前から俺はこの都市を拠点に、勇者として徐々に力をつけていった。
そして今は二人の魔族とは別れ、贔屓にしている酒場兼宿屋の店に向かっている最中だ。
因みにあの二人、実は諜報部隊の魔族だったそうだ。諜報部隊であの強さなんだから、戦闘部隊はさらに強いんだろうな……。
整備された街道を歩き、町の門までたどり着く。ここは北門だから、目的の店には近いはずだ。
北のメインストリートを東に曲がり、冒険者が利用する武具店やクエストが張り出されている酒場などの店をすり抜けていく。
次第に人の数が少なくなり、胡散臭い店などが立ち並ぶ通りに差し掛かる。ここまでくれば、あとはもう少しだ。
「相変わらず飾り気のない看板だな」
歩きっぱなしで疲れたが、俺は寂れた雰囲気の小道にある『グリームの店』にたどり着いた。
木製の扉を開け、店内に入る。店内はそれなりに広く、一階は酒場のスペースになっていた。広く見えるのは、物があまり置かれていないからだろうか。
「よっ、今日もまた懲りずに俺への貢ぎ物ってか? 持つべきものは金払いのいい友だよな、ガハハッ!」
そう言って盛大に笑って見せるのは、この酒場と宿のマスターのグリームである。
顔も年齢もおっさんだが、自慢の緑髪を後ろで縛ってみたり、着心地のよさそうなベストを着たりしているせいで見た目以上に若く見える。頑張っても三十代後半にしか見えないが。
「珍しいな、グリームが昼に仕事をするなんて。どうせ客はいないんだし、休んでれば?」
「いやいや、お前さんって客がちゃんといるだろうが! ……って、ロニード。お前装備変えたか?」
グリームは普段、昼間はバイトに任せて夜に店を開く。どうせ昼間なんて、俺くらいしか来ないんだから雇うだけ無駄だと思うんだがな……
っと、グリームにもこの装備のことを話しておくか。
この武具の実力は認めるが、疑っていないわけではない。幸いにも、目の前の男はかなりの情報通だ。何かわかることがあるかもしれない。
「……なるほどな。そんな装備がなぁ……」
「何かわかるか? 使い心地は普通なんだが……」
言い終えると、俺は妖しく輝く剣をカウンターの上に置く。
グリームは剣を手に取ると、首をかしげて唸る。
「うぅむ……見た感じは立派な剣だが……いやしかし、呪術の可能性も拭い切れんなぁ……。こりゃ鑑定しかねぇんじゃねぇか?」
鑑定か……。
武具などを鑑定に出す際には、当然金が要る。しかしながら、鑑定スキルと言うのは割と希少なスキルと聞いている。
つまるところ、レアなスキルだから使い手が少なく、また使い手が少ないがために鑑定費用も高くなっている。
それに武具なんかは使い続けていれば、それとなく能力が把握できる。そういう要因などがいろいろ絡み、お高い鑑定費用になっているのだろう。
「できれば最終手段にしたかったんだがな。そうも言ってられないか」
「俺でよければいい鑑定屋を紹介するぜ? もちろん、仲介料はいただくけどな。ガハハッ!」
実は俺、鑑定系スキルを持っていたりする。俺が魔法を習得して試していたら、次の日にはグリームが俺の魔法のことを話していた、なんて記憶もある。
……それはさておき、鑑定系スキルには二つの種類がある。一つは生物の調査魔法、もう一つが無機物の調査技能。
そう、俺が持っているスキルは生物を調査するほうの〝アナライズ〟なのである。なので、生物ではない武器や防具を調査することはできない。
「ん……わかった。とりあえず、剣だけ頼む。あと、仲介料はぼったくるなよ?」
言いながら剣を鞘にしまい、さらに剣帯から取り外す。
そして剣をカウンターに置き、二階の宿のスペースに向かって歩いたのだが……
「おう、任せとけ! ……って、おい、後ろ!」
「へ――うわっ!?」
グリームの声に反応して振り向くと、先ほど置いたはずの剣がなぜか垂直に俺の脳天を狙って飛んできた。
俺と剣は激突した。予測不可能回避不可能というやつだろう。俺はそのまま頭から血を流して倒れこむ。
「……おい、そんなんでくたばるタマじゃねぇだろ」
「ぐっ……薄情な奴め。――〝ヒール〟」
非常な言葉だけを投げかけ、何もしないグリームを非難しながら立ち上がる。
生命力を小回復する〝ヒール〟を唱えて、流血を何とか阻止する。それよりも。
「まさか、お前が投げたんじゃないだろうな」
「お、おいおい、冗談は止せロニード! 俺の瞳に嘘偽りはねぇ。そうだろ?」
グリームを疑うも、自分じゃない、剣が勝手に飛んでいったと主張するグリーム。
その緑の瞳に嘘偽りがないかは置いておいて。確かに、あのグリームが俺に向かって剣を飛ばすとは考えづらい。
その時、グリームがある疑問を口にする。
「その装備、もしかしたら呪われてんじゃねぇのか?」
「呪われてる……?」
オウム返しに尋ねると、俺の知らない情報を情報通が話してくれる。
「ああ。なんでも鍛冶で装備を作った際に、強力なエンチャントや切れ味、耐久力が付く代わりに、厄介な特典もついてくるっていうやつだ」
「厄介な特典っていうのは、具体的には?」
「さぁな。ただ、聞いた話によれば、一度装備してしまったら装備解除できないとかな」
装備を解けない、という深刻な返答を聞き、思わず息を呑む。
確かにこの装備はとんでもない力を秘めている。防具は先ほどの戦闘で証明済みだし、剣は前から使っていたのでこれも証明済みだ。
「た、対策は?」
「超が付くほどの珍しいスキル〝解呪〟が必要だとか。俺も詳しくはよく知らんし、お前が勇者だということを踏まえると、勇者を狙った術か何かの可能性も……」
俺の問いに、知りえる限りであろう情報を教えてくれるグリーム。口が裂けても言えないが、グリームはこういう時には心強いし、感謝もしている。
「お、おい、どうした?」
「あ? ああ、すまねぇ。勇者でちょっと思い出してよ。昨日、この店に勇者を導く妖精の遣い、とかいうふざけたやつが来てよ。そいつなら、何かわかるかもって思ってな……」
途中で口をぽかんと開けてしまうグリームを、目の前で手を振って意識を戻させる。
するとグリームは、勇者を導いている人間がこの店に来店したことを話す。まさかと思い、俺はグリームに質問を重ねる。
「――! グリーム、そいつは女だったか!? どんな格好をしていた!?」
「え、えーっとだな。そいつは女で、瞳は普通の黒だったが、水色の長い髪をしていて――って、おい! どこ行くんだ!?」
グリームが言い終わらないうちに、俺はすでに店内を飛び出していった。
===
人族きっての大都市な故に、人の数は多かった。しかし、幸いにも陽はまだ上空にとどまっていた。
そのおかげか、少年はようやく目的の人物を見つけた。
見間違えるはずもない。
あれは二年前、自分を勇者に仕立てた張本人だと。
灰の髪をなびかせ、黒の瞳はその女性を見据える。
鉱石をふんだんに使って作られた上半身を守る鎧、そして所有者よりも存在感のある剣。そう、ロニード・ウォーブだ。
ロニードの見つめる女性は、ゆったりとした緑のズボンにタンクトップを着た、水色の長髪の女性だった。
黒い軽外套を纏っているこの女性は少女と会話中のようだったが、ロニードにはそこまで気を配っている余裕はなかった。
「おい、そこのお前」
「へ? なんです……か……」
ロニードは思う。これで確定したと。
この女は二年前、自分の家に突如として現れ、自分を勇者にした女“ソフィ”だと。
「あ、あはははは……ロニード君、だったよね? すごーい、もうそんなに強そうな装備してるんだねぇ……そ、それじゃあ私は用事を思い出したから――」
「おい、待て。お前に聞きたいことは山ほどあるぞ」
ソフィはロニードのことを覚えていたようだった。そしてロニードは逃走の準備を計っているソフィの手を掴む。
しかしソフィと会話中であった少女が自分の存在をアピールする。
「ちょっと待ってよ。その人はボクと話していたんだけれど……」
「え? あ、ごめん。――あっ!」
赤毛の少女の存在に気づき、掴んだ手を緩めてしまうロニード。
これを機に、ソフィは自慢の足で逃げだしてしまう。
「くそっ、逃げ足だけは早い奴め!」
追いつけないとわかっていても、もしかしたら追いつけるかもしれないという淡い期待を抱きつつ、すぐに追いかけるロニード。
「……ボクは置いてけぼりかい?」
赤毛の少女は呟き、テーブルに二人分の飲み物の代金を置く。
やがて椅子から立ち上がり、遅まきながら二人の後を追いかけた。




