芸能界編2(記者会見)
フラッシュの嵐。
5年ぶりに公の場に姿を現した篠宮涼介の周囲には、数十人の記者が詰めかけていた。
彼の前に置かれたマイクには、いくつものテレビ局や雑誌社のロゴが並んでいる。
スーツに身を包んだ涼介は、深く一礼した後、真っ直ぐに顔を上げた。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます。」
静かに、しかしはっきりとした声で言葉を発する。
「まず初めに、5年前、突然この業界を去ったことについて、関係者の皆様、そして応援してくださっていたファンの皆様に、心よりお詫び申し上げます。」
もう一度、深く頭を下げる。
——沈黙。
そして、記者たちのマイクが一斉に上がる。
「なぜ、突然芸能界から姿を消したのですか?」
最も聞かれるであろう質問が、最初に飛んできた。
涼介は、一瞬だけ目を閉じ、そしてゆっくりと口を開いた。
「……当時の俺は、自分自身を見失っていました。」
記者たちは息を飲む。
「子供の頃から芸能界にいて、周りの期待に応え続けることが当たり前になっていました。でも、ふと気づいたとき、俺は——自分が何者なのか分からなくなっていました。」
まっすぐに前を見据えながら、静かに続ける。
「そんな状態のまま活動を続けることは、応援してくれる人たちに対して誠実ではないと感じました。それで、一度すべてを手放し、自分を見つめ直す時間を作るべきだと判断しました。」
フラッシュの光が絶え間なく瞬く。
数十台のカメラが涼介に向けられ、記者たちはペンを走らせる準備を整えていた。
一人の記者が口を開いた。
「引退から約5年——その間、自分を見つめ直す時間を取られていたそうですが、具体的にどのようなことをされていたのですか?」
涼介はゆっくりと息を吸い、まっすぐに記者たちを見渡した。
「工場や日雇いで働いていました。」
ざわめきが広がる。
「えっ……工場?」
「本当ですか?」
「はい。」
淡々と答える涼介に、さらに別の記者が畳みかける。
「それはなぜですか?」
「芸能界とはまったく関係のない環境で、自分が何を考え、何を感じるのかを知りたかったんです。普通の仕事をして、普通の生活をして……その中で、少しずつ自分を取り戻していきました。」
静かながらも力強い口調だった。
「では——ホストクラブで働いていたのも、自分を取り戻すためですか?」
その言葉が放たれた瞬間、記者たちの視線が一斉に涼介と質問した記者へと向いた。
微かなざわめきが広がる。
質問を投げたのはーー西村だった。
大手芸能紙の記者であり、涼介の過去のスキャンダル潰しを嗅ぎ回っていた男。
涼介から金をもぎ取ろうとして失敗した男。
今、この場で”ホスト”という単語を出したのは、完全に意図的だった。
——この会見は、西村にとっての「腹いせ」だった。
会場が一瞬で張り詰める。
ザワザワとした声が広がり、カメラのシャッター音が激しく鳴り響く。
涼介は、その場の空気が変わったことを感じながらも、動じることなく言葉を紡いだ。
「ええ、そうです。」
さらにどよめきが大きくなる。
「ホストとして女性を魅了しながら、自分探しをしていたと?」
「芸能人だったことを利用したんじゃないんですか?」
「自分を見失っていたと言いながら、夜の世界で働いていたのは矛盾では?」
次々と厳しい声が飛ぶ。
涼介は一つ一つの言葉を受け止めながら、静かに答えた。
「確かに、矛盾しているかもしれません。でも、当時、自分を探すためには必要でした。あの場所での経験も、間違いなく今の自分を作る要素の一つになっています。」
記者たちはなおも追及しようとする。
「しかし、あなたのような元人気俳優がホストクラブにいたとなれば、当然、女性客の中にはあなたに執着する人も——」
「個人的な話は言えませんが、そういう事もありました。」
涼介はその言葉を遮るように頷いた。
「実際、色々なことがありました。でも、それもすべて受け止めた上で、今ここに立っています。」
毅然とした態度だった。
どれだけ非難されようとも、自分の過去を偽るつもりはなかった。
フラッシュの光を浴びながら、涼介は静かに、しかし確かに前を向いていた。
西村は苦々しげに涼介を睨んだが、涼介はただ、静かに彼を見返した。
「では、なぜ今になって復帰を決意されたのですか?」
西村の挑戦的な低い声が響いた。
記者たちの視線が一斉に涼介へと向かう。
涼介は一瞬だけ言葉を選び、静かに答える。
「……俺にとって、大切な人たちを守るためです。」
その瞬間、会場にざわめきが広がった。
「それは、どういう意味ですか?」
鋭い問いが飛ぶ。
涼介は視線を落とし、一度息を整えてから口を開いた。
「詳細は話せません。ただ……俺は、自分のためだけに芸能界に戻ったわけではありません。」
語調は穏やかだったが、その言葉には確かな決意が滲んでいた。
記者たちは次々とノートをめくり、彼の言葉を書き留めている。
しかし、西村は腕を組みながら、じっと涼介を見据えていた。
「“守るため”——それは、具体的に何からですか?」
ピンポイントな問い。
涼介は視線を上げ、真正面から西村を見据えた。
「……もし、俺が戻らなければ、彼らに危害が及ぶかもしれない。」
一瞬、空気が止まる。
「危害、というのは?」
「それ以上は答えられません。」
涼介は静かに言い切った。
西村は目を細める。
この男は、決してはぐらかしているわけではない。
何かを本当に”守ろうとしている”のだ。
それが何なのかは、まだ掴み切れていない。
ーーどのみち篠宮涼介は芸能科に復帰した。あのおかしな”力”について公表するのは、それを見定めてからでも遅くはない。
「……なるほど。」
西村は軽く鼻を鳴らし、記者会見のメモを閉じた。
「信用を失った人間が、簡単に戻れると思っているのですか?」
厳しい声が飛ぶ。
「思っていません。」
涼介は即答した。
「だからこそ、俺は仕事で証明します。」
声のトーンが力強くなる。
「失った信用は、言葉ではなく、行動で取り戻す。それが、今の俺ができる唯一のことだと思っています。」
その場にいた全員が、彼の目の奥にある決意を感じた。
次々に記者たちが質問を重ねるが、涼介は一つひとつに真摯に答えた。
そして最後に、彼はもう一度、ファンに向けて頭を下げた。
「もう一度、ここから始めます。」
——失ったものを、取り戻すために。
⭐︎⭐︎⭐︎
涼介が芸能界への復帰を決めた理由は、ただ一つだった。
茉莉。
——あの女は、俺だけじゃなく、俺の大切な人たちにまで手を出そうとしている。
その危険を察した瞬間、迷いは消えた。
逃げるんじゃない。戦うしかない。
記者会見後、涼介がまず取り掛かったのは仕事ではなかった。
ーー健斗と麻衣、そして家族の保護が重要だ。
事務所の社長と個室で向かい合い、静かに切り出す。
「俺の知人や家族が狙われる可能性がある。守る手配をしてほしい。」
社長は驚きつつも、真剣な涼介の表情にすぐ頷いた。
「誰を保護するんだ?」
「俺の友達の瀬戸健斗とその彼女、山口麻衣、そして俺の家族だ。」
「どこまでの対応を希望する?」
「健斗と麻衣は、すでに俺との関係を調べ上げられている。だから、直接手を出される可能性がある。万が一のことがないように、工場周辺の警戒を強めてくれ。不審な動きがあれば、すぐに報告してほしい。」
「了解した。家族の方は?」
涼介は少し視線を落とし、それから深く息を吐く。
「……今さら、家族の前に顔を出す資格があるのかは分からない。でも、もしあの女が接触しようとしたら、絶対に阻止してほしい。特に妹には、もう二度と嫌な思いをさせたくない。」
「分かった。家の周囲に警備をつけよう。」
社長はすぐにスタッフに指示を出し、対策を進める。
涼介はそれを見届けると、静かに拳を握りしめた。
——これで、少しは安心できる。
あとは、自分が表舞台に立ち、堂々と生きること。
それが、大切な人たちを守る唯一の方法だった。




