最終話 ハミルトン公爵家の人々 後編
「アレックス先生こっちです!」
「はい!」
開墾中にノーランさんが足を痛めたと聞いた私は、急いで診療所から医薬品や治療道具を持って現場へと走った。
まだまだ若いつもりだったが、やはり60歳、気持ちはだけでは無理という事か。
「先生!!」
ようやく見えて来た二人の姿。
一人の男性は踞り、もう一人の女性が私を呼びながら大きく手を振った。
ノーラン夫婦は14年前、旧ハミルトン公爵領に来た私達を快く受け入れてくれた恩人夫婦だ。
「...家の人は大丈夫ですか?」
心配そうに旦那さんの様子を聞く奥さんに心配を掛けてはいけない。
「どうやら足を酷く挫いたようですね。
骨は大丈夫と思いますが、可能性は否定出来ないので、今は松葉杖を使うのは止めておきましょう」
「すまない...先生。穴ボコに填まるなんて、ドジやっちまった」
応急措置を済ませた私にノーランさんは無理やり笑顔を浮かべた。
「お互いに歳ですから」
「違えねえ」
私の息も上がったまま、本当に歳を取った。
「先生!」
「おーいこっちだ!」
どうやら診療所から頼んだ応援が来てくれたようだ。
荷車を牽いた男達に私は手を振った。
揺らさない様、慎重に旦那さんを荷車へと乗せ、診療所に戻り旦那さんの足を改めて診る。
やはり骨には異常は無い、しかし捻挫と甘く見てはいけない。
「とりあえず2日は痛むでしょう。
腫れも出ますから、安静にして下さい。
後は時間が経てば治って行きますよ」
「良かった」
奥さんはようやく安心して笑う。
「先生、酒はダメか?」
「ダメです」
ノーランさんは無類の酒好き、だが飲ませる訳にはいかない。
「ちぇっ」
「あなた!!」
「まあまあ」
ノーラン夫妻の喧嘩にみんな笑うお馴染みの光景。
「我慢したら、取って置きの酒をご馳走しますよ」
「...先生、ひょっとして?」
察しが良い、正解です。
「王都の酒ですよ、兄さんが送ったと連絡がありました」
「やった!約束ですぜ!」
ノーランさんが嬉しそうに笑う。
これで禁酒は間違いない。
「それじゃ!楽しみにしてますよ!!」
「隠れて飲んだら約束はナシですからね」
再び荷車に乗せられたノーランさんは笑顔で自宅へと帰って行く。
ようやく1日が終わった。
「あなたお疲れ様」
「そっちも疲れただろ?」
診療所を抜け、自宅の扉を開けるとサリーが長椅子に腰掛けたまま私を迎えてくれた。
現在サリーは歩くのが困難なのだ。
若い頃からの無理が祟った。
今は診療所から殆ど出る事が無い。
さっきの荷車はサリーの外出に使う物だった。
「ごめんなさい...私がこんなんじゃ」
「そんな事は言わないでくれ」
落ち込むサリーに申し訳ない気持ちで一杯になる。
私の我が儘に、サリーは1度だって文句をいわなかった。
旧ハミルトン領で新たな診療所を作る事だってサリーが居なかったら、ノーラン夫妻や、住民達からも受け入れられて無かっただろう。
私がアランドだった事を知っても、みんな受け入れてくれたんだ。
「兄さんがサリーの足に新しい治療法が見つかったって。
いつか、王都に行って治療を受けたら」
「...そうね」
サリーは両足を寂しそうに擦る。
昨年、私はサリーの足の事を手紙で兄さんに書いた。
この事はナンシーに伝えて無い。
今は作家として忙しいナンシーに迷惑を掛けたく無かった。
兄さんからの返事は嬉しかったが、治療するには王都での診察が必要との事だった。
サリーを連れての旅は容易な事では無い。
私がここを離れる事も。
だが、兄さんの手紙には期待して待ってろと書いてあったが、まさかここに来る...いやそれは無いな。
多忙な兄さんが来るなんて...
「アレックス様、屋敷の雨漏りの修理終わりましたよ」
自宅の扉が再び開き、屋根の修理を頼んでいた職人達が教えてくれた。
「ありがとう、雨季までに間に合ったね」
「そうですね。でもせっかくだから、あっちに住んでいただいたら宜しいのに」
「いや、あそこは学校にするから」
「すみません、そうでしたね...」
彼に頼んでいたのは診療所の屋根じゃない。
元ハミルトン家の屋敷。
50年の間に朽ち果て、ボロボロになっていた屋敷を改築し、新しく住民の子供達に学びの場と決めたのだ。
「そういえばナンシー先生から手紙と本が来たって聞きましたよ」
「ああ」
耳が早いな、ナンシーの手紙は昨日来たばかりなのだが。
「新刊だよ、もうすぐ完結するそうだ」
「ありがとうございます!」
ナンシーの書いた本を手渡す。
人気があるのは親として嬉しい。
「早速読ませて貰います」
「ありがとう、ナンシーも喜ぶわ」
サリーも嬉しそうだ。
昔からサリーはナンシーが書いた本、一番の愛読者だからな。
「ナンシー先生の書く本は王国だけじゃなく、世界で読まれてますからね」
「ちょっと創作が過ぎるがね」
「本当よ」
ナンシーの書いた話じゃ、まるで私達夫婦は聖人の様に書かれていた。
かなり恥ずかしい。
「そう言えばナンシー先生は」
「ああ、近々来るよ」
「楽しみだ!!町を上げて歓迎しなきゃ」
「まったくだ!!」
「恋人でも連れてきたらもっと楽しみなんだが」
「またまた先生!」
「本当さ」
私達は軽口を叩きあう。
こんなに気安い付き合いが出来る様になったのは、ナンシーの書いた本のお陰なのも間違いない。
[ハミルトン公爵家物語]
医師になれなかったのをナンシーは気にしていたが、娘は十分に親孝行、いや、母に対しても厳しく、そして同情的な視点で書いてくれたのだ。
「...誰しも過ちはする物、大切なのは反省する事、罪と向き合う事」
ナンシーの本にあった一節を呟いた。
ありがとうございました。




