23 黒幕の正体②
「……最終的には、帝国皇帝であるリナルド様と宰相であるお父様との間に、亀裂を生じさせることが目的だったのでは……?」
私がそう言うと、リナルド様はハッとして、数秒の間何やら考え込んでいた。
それからどんどん渋い顔になって、終いには大きなため息をつく。
「……そういうことか……」
リナルド様は呆然と天を仰いだまま、微動だにしない。
「念のためお聞きしますが、回帰前の私の死後、お父様は宰相の職を辞したのではありませんか?」
静かに尋ねると、リナルド様は小さな声で「そうだよ」と答える。
「アルトゥム公爵は子煩悩で有名だったからな。お前が殺されたと知ったときの嘆きようは、もう見ていられなかった。自分が後宮に送り込んでしまったばかりに大事な娘の命を縮めてしまったと後悔していたし、それに……」
「それに、ルクレツィア様の言葉を信じてしまったのですね?」
リナルド様の顔を恐るおそる見返すと、切なげに首を横に振る。
「いや、実際には、半信半疑といったところだろう。公爵は父上が最も信頼していた相手であり、俺の即位を後押しして、一番親身になってくれた人だ。そもそもドミヌスたちの本性に気づいて、兄上の立太子を父上に進言したのも公爵だったしな。何事においても冷静で、理知的で、賢明な公爵がルクレツィアの言葉を鵜呑みにすることはなかったし、俺だって何度も否定した。公爵も俺が命じたわけではないと頭ではわかっていたと思うが、それでも俺に対する疑念を払拭することはできなかったんだろうな」
「結果として、お父様は皇宮を去ったのですね?」
「ああ。引き止めることはできなかったよ」
「それからどうなったのですか?」
「コルヴァス公爵が宰相の座に就いたが、辣腕と名高いアルトゥム公爵の代わりは務まらなかった。俺もお前を失ったことで生きる気力を失っていって、結局は時を戻そうと決めたからそのあとどうなったかは……」
「では、どうなっていたと思いますか?」
問われた言葉の真意がわからず、リナルド様は眉をひそめる。
「どうなっていたかって……」
「もしもそのまま、政治への熱意を失ったリナルド様と実力不足のコルヴァス公爵が国の舵取りをしていたら? この国は、どうなっていたと思いますか?」
なおも食い下がる私に、小さくため息をつくリナルド様。
「……多分、あらゆる公務に支障をきたすようになっていったんじゃないかな。政治がうまく回らなくなって、外交にも悪影響が出始めて、民衆の生活自体もだんだん不安定になって……」
荒れゆく国の行く末を想像するリナルド様の表情が、みるみる険しくなっていく。
「……ちょっと待て。まさか――」
「きっとこの国は、いずれ立ち行かなくなっていたでしょう。それを狙っていた、真の黒幕は……」
「……ユスティナ、いや大国カッシアン、ってことか……?」
リナルド様の言葉に、私は大きく頷いた。
◇・◇・◇
翌日。
私とリナルド様は、二人で導き出した仮説をアルベルト殿下に話してみることにした。
「……なるほど。カッシアン黒幕説ですか……」
アルベルト殿下はどこを見るともなく視線を動かしながら、「となると……」とか「じゃあ、あれは……」とかぶつぶつつぶやいている。
「……確かに、ユスティナ様の自室にある植物が本当にダロッセの花だったとしたら、カッシアン黒幕説は一気に信憑性を増しますが……」
「だよな」
「ここはひとまず、論点を整理してみましょうか」
そう言って、アルベルト殿下はどこからか紙とペンを取り出し、何やらメモをし始める。
「まず、ユスティナ様の自室にある植物がダロッセの花なのではないか、とのことですが。そのキシルとかいうロルンの民の話によれば、ダロッセの栽培は非常に難しいのですよね?」
「そうですが、不可能ではない、とも言っていました。はじめから栽培目的でダロッセの種か苗を入手したのだとしたら、密売人から栽培方法も毒の抽出方法も聞くことができたと思うのです。ユスティナ様は幼い頃から植物がお好きだったそうですから、栽培にもなんとか成功したのではないでしょうか」
「キシルの話によれば、近年ダロッセの毒の闇取引が横行しているらしいからな。毒そのものにしても種や苗にしても、金さえ積めば密売人を通して入手することはできたんじゃないか?」
「その可能性は否定できませんね。大国カッシアンなら、いくらでも金を積むことができたでしょうし」
ふむふむと頷きながら、アルベルト殿下はペンを走らせる。
「では、回帰前のフラヴィア様毒殺事件に関しては、ユスティナ様が自らダロッセを栽培して毒を抽出し、なおかつ陛下になりすましてルクレツィア様との手紙のやり取りを続けたうえで、フラヴィア様の殺害をそそのかしたということですか?」
「ああ」
「密かに想いを寄せていたフラヴィア様を失うことになれば、陛下の受ける心理的ダメージは計り知れない。その殺害に陛下が関与していた疑いが浮上すれば、フラヴィア様の父親である宰相アルトゥム公爵との関係にも亀裂が生じることは必定。カッシアンがフラヴィア様の命を狙ったのは、この国のトップ二人にとって最も重要な存在だったから、ということになりますね」
「俺の密かな恋情はユスティナにバレていた可能性があるし、アルトゥム公爵はこの国の政治を主導する要だからな。ヴィアの死が引き金となって混乱をきたしたこの国に、再び攻め入って覇権を掌握するつもりだったんだろう」
「まあ、先の戦争でこてんぱんにやられていますし、武力だけでは勝てないと思い知ったでしょうからね。多少姑息な手段を使ってでも、といったところかもしれませんが……」
「姑息というより、やることが卑劣すぎるだろ」
「でも、宰相を辞したアルトゥム公爵の後任としてコルヴァス公爵がその座に就いたのなら、カッシアンもわざわざ攻め入ったりはしないのでは? 両者は裏で通じているという噂がありますし、コルヴァス公爵もカッシアンに有利な外交政策を進めるでしょうし」
「いや」
リナルド様が、熱のこもった声で断言する。
「カッシアン側にとって、コルヴァス公爵は都合のいい駒にすぎなかったと思うんだ」
「どうしてそう言い切れるのでしょう?」
「回帰前のヴィアの毒殺がカッシアンの陰謀だったとしたら、今回の襲撃事件の黒幕もカッシアンってことになるだろう? でも実際には、実行犯である給仕を使用人として雇っていたコルヴァス公爵が関与を疑われ、拘束されている。カッシアンはコルヴァス公爵と裏でつながり密接な関係を築いていると見せかけて、本当はいざというとき体よく利用するために近づいたんじゃないか?」
ほう、と感心したように息を吐いてから、アルベルト殿下は顎先に手をあてて思案顔をする。
「……そうなると、あの給仕はカッシアンの諜報員だった可能性がありますね。ラリッサが言う通りプロとしての訓練を受けていただけでなく、素性を隠してコルヴァス公爵家に雇い入れられ、こうした機会を窺っていたのかもしれません。皇宮への潜入は、ユスティナ様が手引きしたと考えれば辻褄が合いますし」
「この国を支配下に置こうとあれこれ画策していたカッシアンも、俺がいきなり後宮制度を廃止するなんて宣言したからさすがに焦ったんじゃないか? カッシアンの権謀術数は後宮ありきの策だから、後宮がなくなったらすべてが水の泡になる。後宮廃止を阻止するためには、ヴィアを排除するしかないとでも思ったんだろうよ」
忌々しげに吐き捨てるリナルド様を見ながら、アルベルト殿下も同意するように頷いている。
「しかし、すべてはユスティナ様の自室にある植物がダロッセの花だったら、ということが大前提です。まずはそれを確かめるのが先決かと思いますが」
「それに関しては、ヴィアにとんでもない妙案があるらしいぞ」
リナルド様はそう言って、これ見よがしな含み笑いをした。
……ちょっと。勝手にハードルを上げるのは、やめてほしいんですけど……!




