27 お友達
「―と、いうことがありまして・・・」
私はお茶会でアレックスとアンジェリカ王女殿下との間にあったことを全て話した。アレックスと王女殿下が個室で口付けをしていたことを含め婚約解消に至った経緯を一から説明した。
彼女たちはこの話を聞いてどう思うだろうか。今となってはフローレス公女たちを疑う気持ちはほとんど無かったが、実はまだ心のどこかでは不安に思っている自分がいた。
私は貴族に良い印象を抱いていない。王宮に来てから貴族たちには本当に酷い目に遭わされたから。もちろん全員が全員そうではないのだろうが、もしかすると彼女たちも・・・
不安で胸が押しつぶされそうになっていたそのときだった―
「「「「何て酷い方たちなの!!!」」」」
「え・・・」
令嬢たちは私の話を聞いて一斉に声を荒げた。フローレス公女だけは流石と言うべきか、落ち着いた様子で座っていた。しかし、彼女のティーカップを持つその手は小刻みに震えていた。その手の震えはおそらくアンジェリカ王女殿下に対する怒りから来ているものなのだろう。
「将来を誓い合った恋人である聖女様を裏切るだなんて、見損ないましたわ!」
「王女殿下も大概ですが、勇者様も勇者様ですわね」
「勇者様はそのような方だったのですね!最低です!」
「聖女様、むしろ結婚する前に勇者様の本性に気付けて良かったですわ!」
令嬢たちは口々にそう言った。本来ならば、貴族のご令嬢は人前でこのような姿を見せるべきではない。少し前まで市井で暮らしていた私でさえそれを知っているのだから、生まれたときから貴族令嬢として生きてきた彼女たちがそのことを知らないはずがないのだ。
だが、令嬢たちはそんなこと気にもせず怒りを露にしている。
(・・・)
それを見た私は、何だか心が温かくなった。
他の貴族たちと違って、彼女たちは誰一人として私のことを悪く言わなかった。むしろ私のためにアレックスとアンジェリカ王女殿下に怒ってくれているのだ。
「・・・・・・ありがとうございます」
令嬢たちのその言葉に、私は何だか涙が出そうになってしまった。
「私、てっきり皆様から文句を言われるのかと思っていました」
「え?文句?」
私の言葉に令嬢たちが皆一斉に不思議そうな顔をした。それはフローレス公女も同じだった。
「前に王宮でお会いしたときもそのようなことをおっしゃっていましたが、それは一体何のことですか?」
「そ、それは・・・その・・・」
聞きづらいことだったが、令嬢たちの視線に耐えられなくなった私は正直に話した。
「公女様は王太子殿下の婚約者候補であるとお聞きしまして・・・」
「・・・」
それを聞いたフローレス公女が一瞬固まった。
そして、急に笑い始めた。
「聖女様は、私と王太子殿下の仲を少々誤解していらっしゃるようです」
「え・・・?」
「そうですわね、私はたしかに王太子殿下の婚約者候補ですが・・・」
「・・・」
何を言っているのか理解出来ないというような私に、フローレス公女はハッキリと告げた。
「―殿下に恋愛感情を抱いたことは一度もありません」
「・・・・・・・・・・・・・・ええっ!?」
つい大声を上げてしまった私に、他の令嬢までもがクスクスと笑い出した。
「もう、聖女様ったら」
「本当に面白い方ですわね」
「え、ええ!?」
令嬢たちも何故それを聞いて驚かないのだろうか。私からしたらここ最近で一番の衝撃だったというのに。
「私と王太子殿下は従兄弟として幼い頃から一緒にいました。たしかに王太子殿下のことは好きですわ。だけどそれは一人の男性としてではなく、”兄として”です」
「兄・・・ですか?」
「ええ、王太子殿下は私のお兄様のような存在です」
その話を聞いて、私は思いきってフローレス公女に気になっていたことを尋ねた。
「じゃ、じゃあ王太子殿下と結婚は・・・」
「―ああ、死んでも嫌ですわね」
「えええええええっ!?」
本日二度目の衝撃だ。
そのとき、私の叫び声が公爵邸に響き渡った。その声に反応したのか、屋敷の執事が焦ったような表情で走ってきた。
「リリーナお嬢様、何かあったのですか!?今の声は一体!?」
「あ・・・」
「せ、聖女様・・・?」
「も、申し訳ありませんでしたッ!!!」
そう言って勢いよく頭を下げた私に令嬢たちは爆笑した。
(は、恥ずかしい・・・)
私は恥ずかしさのあまり、顔を上げることが出来なかった。
しばらくして、ようやく笑い声が止みフローレス公女が口を開いた。
「こんなに笑ったのは久しぶりですわ」
そう言ったフローレス公女は少し嬉しそうだった。
「私が王太子殿下の婚約者候補になったのはアンジェリカ王女殿下に恋人を奪われた後、しばらくは誰とも婚約したくないと思っていたからです。王太子殿下の婚約者候補という立場は新しく婚約を結ばなくていい理由になりましたから」
「・・・」
「そして、王太子殿下もまたそのことを知っていますわ」
「そ、そうだったんですね・・・」
不安そうな顔をする私に、フローレス公女はニッコリと笑った。
「はい、ですからお気になさらないでください」
「い、いえ・・・私と王太子殿下は別にそういう関係ではなくて・・・」
「あら?フィリクスお兄様もなかなか不憫ですわね」
「フィリクスお兄様・・・」
「ああ、私的な場ではそう呼んでいるのです。私ったらつい」
フローレス公女は照れたように笑った。それは、貴族令嬢が社交界で浮かべているような作り物の笑顔ではなくまだあどけなさが残る少女の笑みだった。
そんな彼女を見て私も笑いそうになってしまった。
(何だかお友達が出来たみたい・・・)
話してるうちに時間が過ぎ、お茶会が終わる時刻になった。
「聖女様、本日は私のお茶会にお越しいただき本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「差し支えなければ、また招待してもよろしいでしょうか?」
「えっ・・・」
フローレス公女の言葉に、他の令嬢たちも賛成の意を示した。
「それは良い提案ですわ!私、聖女様のこともっと知りたいです!」
「私も!まだまだたくさんお話したいですわ!」
「聖女様、またいらしてください!」
「あ・・・」
こんな風に言われて断れる人間はいるだろうか。少なくとも、私は断れないし断りたいとも思わなかった。
「・・・・・分かりました、楽しみにしています」
この一言は紛れもない私の本心で、それだけ言って私は王宮へと戻った。




