28 兄妹
フローレス公爵邸から戻ったその日、帰り道で私は王太子殿下とたまたまお会いした。
「ソフィア嬢」
「殿下」
殿下は私を見るなり自然と傍まで歩いてきた。
そして二人横並びで歩く。最近は殿下の隣にいることにあまり違和感を感じなくなっていた。最初の頃は恐縮して仕方がなかったというのに。
私は横を歩く王太子殿下をチラリと見た。
(そういえば・・・)
舞踏会の後から王太子殿下と過ごす時間が増えていっているような気がする。変な噂が立つかもしれないので本当はいけないことだが、彼と話すのを楽しいと感じている自分がいた。一緒にいて居心地が良いというか、気が楽というか。
「ソフィア嬢、フローレス公爵家に行ってきたのか?」
「はい、殿下。でもどうして分かったのですか?」
「普段楽な格好で過ごしている君が、貴族令嬢が着るようなドレスを身に着けていたからきっとリリーナのお茶会に行ってきたんじゃないかと思ったんだ」
「うぐっ」
王太子殿下のその言葉に顔がみるみるうちに赤くなっていく。事実ではあるが、彼にそれを言われると何だか恥ずかしい。
(こ、これからはもう少し服装に気を使おうかな・・・)
殿下はそんなこと気付いていないのか、いつもの優しい笑顔で私に尋ねた。
「それで、初めてのお茶会はどうだった?」
「とても緊張しましたが、楽しかったです」
「そうか、それはよかった」
私の返答に殿下はニッコリと笑った。
私はそんな彼に今日お茶会であったことを話した。
「フローレス公女様から殿下のことをお聞きしました」
その言葉に、殿下が驚いたのかように目を丸くした。
「え、リリーナが私のことを?」
「はい」
私が返事をすると、殿下は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「あいつは一体何を言ったんだ・・・」
「・・・・・・ふふふ」
公の場では見ることの出来ない殿下の姿に思わず笑いがこみ上げてくる。舞踏会ではいつも他の令嬢たちと一定の距離を保っている彼が、私の前ではこんな表情をするのだ。何だか私に心を許してくれているようで嬉しくなる。
「殿下はフローレス公女様ととても仲がよろしいのですね」
「・・・まぁ、従兄弟で幼い頃から一緒にいたからな」
それを聞いて私は謎が解けたかのように全てを理解した。
(あのとき言っていたのはそういう意味だったんだ)
私はお茶会に行く前の殿下との会話を思い出した。
彼はフローレス公女に絶対的な信頼を置いているようだった。殿下は頭の良い方だから、きっと分かっていたんだろう。フローレス公女が私を敵視したりしない人だということを。
実際殿下の読みは当たっていた。フローレス公女はアンジェリカ王女殿下のように私を差別しなかったし、本当に素晴らしい人格の持ち主だった。まだ幼いにもかかわらず、たくさんの令嬢から慕われているようだ。今ではそれがよく分かる。
(あのときお茶会へ行くことを勧めてくれた殿下に感謝しないとね)
本当に私はいつも殿下に助けられてばかりだなと思う。今日こうやって初めてのお友達が出来たのもまた彼が私の背中を押してくれたからだ。
「はい、公女様からお聞きしました。王太子殿下は兄のような存在だと」
「・・・!」
私のその言葉に王太子殿下は一瞬だけ目を瞠った後、目を逸らして口を開いた。
「・・・・・・そうだな、アンジェリカよりもリリーナの方が・・・」
「殿下・・・」
私の声で失言をしてしまったことに気付いたのか、王太子殿下はそこまで言ってハッとなった。
「・・・すまない、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「え、ええ・・・」
正直に言うとその先の言葉が気になったが、彼が望まないなら聞かないでおこう。そう思いながらも私は歩きながら考え込んだ。
―フィリクス王太子殿下とアンジェリカ王女殿下。
血の繋がった兄妹ではあるが、彼らは母親が違う。
(もしもアンジェリカ王女殿下が、王女ではなく王子として生を受けていたとしたら・・・)
フィリクス殿下との間で王位を巡って戦争が起きていたかもしれない。母親の違う二人の王子が次期国王の座を巡って戦うというのはよくある話だから。
それに、二人の父親は同じだが国王陛下からの愛はアンジェリカ王女殿下の方に注がれているように見える。陛下が王女殿下を溺愛しているのは有名な話だし、舞踏会でも父娘の仲睦まじい姿をよく目にする。それに対して、王太子殿下は―
(そういえば私、王太子殿下と国王陛下が話しているところを見たことがない・・・)
私は王族ではないし、今の王家のこともよく知らない。だけど、もしかすると彼は・・・
「・・・」
私はそこまで考えて首を横に振った。
二人の母親である王妃様と側妃様が死ぬまで相容れなかったように、彼らもまた仲良くすることなど出来ないのかもしれない。
(・・・王太子殿下と王女殿下の間には深い溝があるのね)
「ソフィア嬢、考え事か?」
「あ、いえ、何でもありません」
貴方と王女殿下のことを考えていましただなんて言えるはずもなく、私は誤魔化した。
そのことに気付いているのかいないのか彼は私をしばらくじっと見つめた後、口を開いた。
「・・・ソフィア嬢、どうやら友達が出来たようだな」
「え・・・どうして分かったんですか?」
もしかしてまた何かに気付いたのだろうか。彼の人を見る目にはいつも驚かされてばかりだ。
驚く私を見て、殿下がクスリと笑みを溢した。
「―さっき、嬉しそうな顔してた」
「・・・!」
殿下は深い笑みを浮かべてそう言った。美しすぎるその微笑みに胸が少し高鳴った。
(・・・殿下には全てお見通しだったみたい)
本当に、この人に隠し事は出来ないなと思う。
「どうして、そんなに私のことが分かるんですか?」
未だにドキドキしている気持ちを必死で隠しながら私は殿下に尋ねた。
「私が、普段から君のことをよく見ているからだ」
「えっ・・・」
まさかそんなことを言われるとは思わず、固まる私に殿下はさらに言葉を続けた。
「―君が嬉しそうで私も嬉しいよ」
「ッ・・・!?」
そう言って殿下は私の頬に手を伸ばして顔を近付けた。殿下の大きな手が私の輪郭をなぞった。
(え、な、何―!?)
そして、彼の整った顔が少しずつ近付いてくる。美しい紫色の瞳が私を捕らえて逃がさない。
その瞳に思わず吸い込まれそうになっていた、そのときだった―
―「ソフィア!!!」
「・・・!?」
突如聞こえた大声に殿下は私から手を離し、二人して振り返った。
そこにいたのは―
「ア・・・アレックス・・・?」
信じられないような顔で私と殿下を見るアレックスだった。
―どうしてあなたがここにいるの。




