旅立
「なんで……なの?」
二人きりになったお部屋に、私のぐすぐす言う声が聞こえる。
ふむむむ。なんて情けない。
でも私が今、泣いているのはビスケットが喉に詰まったから。
いっぱいむせて、お水を飲んで、リオトに背中を叩いてもらって、どうにか落ち着いたけど、まだ苦しいもん。
「ジャスミン、俺達は……一年と少し前に約束したな?」
「……うん」
シリウスが膝をついて、おひげを垂らした私の前足を握る。
人間の姿のシリウスは透き通った灰色の瞳に、銀色の髪がキラキラしてとってもカッコいい。
ネズミの姿は大好きだけど、今はなんだか場違いな気がする。
今更だけど、久しぶりに会ったシリウスはすごく……大人っぽくなってて、ちゃんと目を合わせるのが恥ずかしいよ。
「一年……俺は、すっかり荒れてしまった国を立て直すために必死に頑張った。正直に言えば、上手くやったと思っていた。少々強引ではあったが、協力者も大勢いたし、このまま上手くいくとも思っていた。だがそれは……ただの驕りだった」
「そんなことないよ! 鳥さん達が教えてくれたもん! シリウスがどんなに頑張ってるかって! なのに、私は何もわかってなかった。ただ、待ってただけで……」
それで私のこと、嫌になっちゃったのかな?
どんなにシリウスが苦しんでいるかなんて考えもしなかった。
毎日遊んでただけの私は、確かにシリウスにはふさわしくない。
「いや……ジャスミンが待っていてくれたから、頑張れたんだ。だから、ベンジャミン王に結婚の申し込みを断られた時にも気にしなかった。もっと頑張れば、認めてもらえると呑気に考えて……国に戻ると、また兄と対峙しなければならなかった。ジャスミンが行方不明になった時も、記憶を失くしたと聞いた時も、何もできなかった。そればかりか、オオカミをジャスミンに襲わせてしまった」
違う、違う。シリウスが気にする必要はないのに。
でもなんて言えばいいかわからないよ。
シリウスはどうにか首を振る私のおひげにそっと触れた。
おひげを触られるのは苦手だけど、シリウスなら平気。
「痛かったな。今もつらいだろう?」
「これは……オオカミさんじゃないよ? 違うんだよ? 私のうっかりで……」
どうにか声は出たけど、はっきりと言えない。
折れちゃった右のおひげは本当に違うのに。
シリウスは椅子に座る私を見下ろして、悲しそうに笑った。
「俺は、ジャスミンを守ると約束したのに、できなかった。だから、パントレ王国をジャスミンが発ったと聞いて駆けつけた時、騎士達に守られているジャスミンを見て安心したんだ。そして悟った。俺にはまだ早いって」
そう言って、シリウスはポケットから小さな、綺麗な箱を取り出した。
箱の中には七色に光る恵みの種。
これは、〝私が選んだ騎士″に渡す騎士の証。
そのことに気付いたのは、シリウスの涙を見た時だったけど、あの時はまだよく意味がわからなかった。
「もう……種はいらないの?」
「いや、欲しいよ」
恐る恐る訊いたら、今度はシリウスが首を振って応えてくれた。
でも矛盾してるよ。
じゃあ、どうして返すなんて言うの?
「この種には力がある。お陰で、この一年ロウヴォ王国では大きな災害は起こらず、貧弱ながらも穀物はどうにか育ち、収穫できた。まあ、それまでが酷かったからな。聖国に近いのになぜかって皆が思っていたが、恐らく……争いが多すぎたんだ。神話の時代のように。だが、俺がしたことも結局、醜い争いだった。この種がなければ間違いなく、俺は何も出来なかった」
「そんなことないよ……。シリウスなら、出来るもん!」
力いっぱい否定したら、今度は嬉しそうに笑ってくれた。
良かった。
シリウスは今まで苦労してばっかりだったんだから、楽しい気持ちでいてほしい。
悲しい思いなんてしてほしくない。
「……今度は俺自身の力で頑張りたいんだ。いや、やらなければならないんだ。ロウヴォ王国はまだまだ再生に時間がかかる。でもいつか、パントレ王国にも負けないほどの住みやすい国にしたい。争いのない、治安も良い国だ。だから……ジャスミンの旅には一緒に行けない。それじゃあ、ジャスミンの騎士失格だろう?」
「でも……でも……」
「約束を破るのは俺だ。だからジャスミンは俺を嫌っていい。俺のことはさっさと忘れてくれていい」
「なんで!? シリウスは約束を守ってくれたよ! それに、私は何があっても、シリウスを嫌ったりしない。忘れたりなんて絶対しないよ! だからお願い。この種はシリウスが持ってて? そうしたら、力になるんでしょ? シリウスの助けになるんでしょ?」
ホントはこんなワガママ言っちゃダメだってわかってる。
シリウスは私のために言ってくれてるのに。
でも止まらないよ。
シリウスにすごく困った顔をさせてる私はすごく悪い子だ。
「ジャスミン……本音を言えば、迷いはあった。だが、ここに来て、騎士の皆と話をして、決心が固まったんだ。それに、この種を本当に必要としている人がいるだろう?」
「本当に……必要としている人?」
「ああ。この種は女神の力を秘めている。恵みと癒しだ。ジャスミン、この種を持って、モーラス殿下に会いに行け。俺は殿下にお会いしたことは一度もないが、幼い頃、今の国王陛下にお会いしたことはある。灰色に近い美しい黒髪に黒い瞳をした方だった。それに……まあ、あとは自分で確かめた方がいい」
シリウスは私の毛を優しく撫でながら、目尻にたまった涙をぬぐってくれた。
ふぬぬぬ。もうこれ以上泣いちゃダメ。ワガママを言っちゃダメ。
私は良い子になるんだ。強くなるんだ。
前を向いて、おひげをぴんっと張って。
「旅は……すごく時間がかかると思う。いっぱい歩いて、途中でもう嫌だって思うかもしれない。でも頑張る。最後まで頑張る! だから……シリウスも頑張って?」
「――ああ、頑張るよ。ありがとう、ジャスミン。……元気でな」
「うん!」
* * *
今日はぽかぽか暖かくて、もってこいの旅立ち日和。
これから先の旅路をお日様も見守ってくれてるみたいで嬉しいよね。
「ジャスミン、準備は出来た?」
「うん、大丈夫だよ」
部屋の外から声をかけてくれたリオトに応えて、よいしょと立ち上がる。
ホントはもっと動きやすい服装が良かったんだけど、今日だけは出発の式典とかがあるからちょっとだけおしゃれしたんだよね。
でもスカートの中は歩きやすい靴。
明日からはミザールみたいな服を着るんだ。
「では、ジャスミン。行きましょうか?」
「うん!」
ミザールとヴィーと一緒に部屋を出ると、カイド、リオト、メラク、ファド、そしてお兄様が待っていてくれた。
シリウスは、あの後すぐに帰っちゃったから、ここにはいない。
次にいつ会えるかもわからない。
ロウヴォ王国に行った時に、少しでも会えるかな?
もし会えなくても、大丈夫。最後まで頑張るって約束したから。
「みんな、外で待っているよ。陛下もね。……大丈夫?」
「うん!」
お兄様の優しい問いかけに元気よく応えて前を向く。
「さあ、ジャスミン」
エスコートのためにカイドが差し出してくれた手を握って……慌てて、添えるだけにして。
何だかぶつぶつ文句を言ってるファドの声を聞きながら、出口に向かう。
ドキドキするのは楽しみだから。
足が震えてるのは、武者震いだから。
頑張れ、私!
私達の旅はこれからだもんね!
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
打ち切りではない、俺たちの旅はこれからだ!ENDを目指していましたが、やはり難しいですね。
それでは、ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
もり
・・・最後の最後でやらかしまいました。気づかれた方、申し訳ありませんでした。




