簒奪
「……友達? ずっと前から?」
お兄様が驚くのは当たり前だと思う。何年も内緒にしてたから。
追手が来たら大変って、みんなで隠してたんだよね。
何度も大きく深呼吸をして目の前の心配そうなお兄様から、黙ったまま続きを待ってるみんなへとゆっくり視線を向けた。
「シリウスに初めて会ったのは三年くらい前かな……。オオカミさんの姿でいっぱい怪我して聖域に倒れてて、意識もなくて、みんなで頑張って看病したの」
「三年前……」
「あの時か……」
リオトとカイドがちらりと視線を合わせて呟いた。
それにお兄様は何か言いかけて、何も言わずに口を閉じちゃった。
ちょっと気になるけど、とりあえず続けよう。
「シリウスはどうにか元気になったけど、聖域の中でいつも周りを気にして隠れるようにしてたし、自分のことはあまり話してくれなかったから、秘密にしてた方がいいのかなって、動物さんたちと相談して決めたの」
「それで内緒にしてたんだね?」
「うん。……ごめんなさい」
「いや、いいよ。気にしないで、ジャスミン」
お兄様が納得いったって顔で応えてくれた。
さっき言いかけたのはこのことかな?
「それで、えっと……シリウスはとても悲しいことがあって、とても寂しそうだったから、私達は一生懸命励ましたの。そのうち笑ってくれるようになって、それから実は人間なんだって教えてくれた時にはみんな本当にビックリしたんだよ。そんな気配は全然なかったから。でも服がないから人間には戻れないって聞いて……」
「ああ、それであの時……確か一年くらい前、僕の昔の服が欲しいなんて言い出したのか。仮装するからなんて、おかしいと思ったよ」
「んだよ、なんかずるいよなぁ」
クスクス笑いだしたお兄様を見て、ファドがぼやいてる。
私はお兄様が会いに来てくれて本当に本当に嬉しかったけど、みんなと会えてたらもっと嬉しかっただろうな。
でも仕方ないよね。
「時々、シリウスは北から渡って来る鳥さん達とお話してたから、ロウヴォ王国のことを聞いてたんだと思う。あの日……一年前に突然国に帰るって言いだして、……それで……」
あの日のことを思い出したら、顔が熱くなっちゃう。
帰らないでって、ワガママ言って、いっぱい泣いたんだ。
そうしたらシリウスは……。
ふぬううぅぅ! 恥ずかしい!
顔から火が出そうだよ。
「なんだか、僕達が聞いていた話とはずいぶん違うようだね」
「そうね。まさかとは思うけど、ロウヴォ王国の者達は鳥達に嘘の話を吹き込んでいたのかしら」
「そうだね。シリウス一人が相手なら、他の者達が共謀すれば何とでも話をでっち上げられるだろうし」
うつむいて一人で悶えていたら、メラクとヴィーの声が聞こえてハッとした。
集中しようと慌てて顔を上げて、カイドと目が合って慌てて逸らす。
「う、嘘の話って?」
「三年前、僕達が聞いた話ではロウヴォ王国の末の王子シリウスが乱心し、王位を奪おうと国王を弑して兄王子達に刃を向けたと。どうにかシリウスの凶行から逃れた彼らは、逆にシリウスを追い詰めた。しかし、結局は逃げられてしまった。ってね」
「違うよ! シリウスはお兄さん達にいきなり襲われたんだよ! それで……それで、シリウスを逃がそうとしてシリウスのお母さんは死んじゃったんだよ……」
「だが、実はそれが嘘という可能性もあるぞ。何せ、姫はパントレ王城でもオオカミに襲われたんだからな」
「嘘じゃないよ! シリウスはすごくすごく悲しんで苦しんでたんだから! ファドなんて大嫌い!」
「まあ、ファドったら酷いことを言うのね」
「あっ、おまっ、ミザール! ずるいぞ! お前だって考えただろ!?」
「ジャスミン、脳筋バカファドの言うことなんて気にしなくていいのよ。無視よ、無視」
「そうそう、もう存在ごと忘れた方がいいよ。きっとすっきりするから」
「ヴィー! リオト!」
みんなのやり取りがおかしくて、怒ってたのも忘れて笑っちゃった。
本当にみんな仲良しだよね。お兄様ももっとみんなと仲良くなれたらいいね。それにシリウスも。
「――三年前のあの事件は、確かにおかしなことだらけだったんだ。当時の王太子は別の王子ではあったが、噂では近々退位し、王妃が産んだ末の王子がその座に就くと言われていた。それなのに乱心して謀反を起こすなど、不自然極まりない。しかし、我々が口を出せるわけもなく、静観するしかなかったんだが……」
カイドが静かに話し始めると、みんなも考え込むように俯いた。
そこにヴィーが首を傾げてカイドを見る。
「では、一年前にシリウスが王位に就いたのは正当なものだったということね……。でも、バカがさっき言ったように、ジャスミンはオオカミ達に襲われたのよね? しかも、パントレ王城内には内通者までいたそうじゃない」
「内通者については謝罪するしかないよ。大臣の一人がロウヴォ王国の者に買収されていた。女神様さえいれば、世界を手中に収められるとのバカバカしい甘言にのせられてね。本当に怖い思いをさせてごめんね、ジャスミン」
深くため息をついて説明してくれたリオトが、私にまた頭を下げた。
さらにカイドとミザールまで。
「ううん、もういいの。本当に大丈夫だから、気にしないで」
慌てて首を振って、手を振って、大丈夫って伝える。
三人のせいじゃないのに、何度も謝ってくれるから、困っちゃうよ。
家出したせいで、すごく心配してるみたい。本当に大反省。
「要するに、シリウスはロウヴォ王国内をまだちゃんと治められてないってことだよな。オオカミを動かせるほどの者がシリウスに反意を抱いているんだから。ということは、種を返してもらうにしても、こっちから出向くのは危険だな」
「ダ、ダメ! そうじゃないの!」
ファドが言うことは正しいかもしれない。
でも違うんだよ。
「では、どういうことだ?」
「約束……したの、シリウスと。だから……」
カイドの蒼い瞳はすごく真剣で。
ちゃんとシリウスのことも、種のことも話さないとって意気込んだ時。
忙しない足音が聞こえて、それ以上は言えなかった。
「姫様、こちらにおいでだったのですね。……皆様方も。お昼はとうに過ぎておりますのよ。一度神殿にお戻りになって、お食事を召し上がって下さいませ」
ちょっと息を切らして言うアマリの言葉に応えるように、お腹がぐうって鳴った。
素直すぎるよ、私のお腹。
「では、神殿に戻ってお昼にしましょう。続きはそのあとでね?」
私の代わりにヴィーが答えてくれた。
だから私はミザールの手をぎゅっと握ったまま、何も言わなかった。




