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ネズミの姫と七星の騎士  作者: もり
第四章
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真実


 お兄様とたまに密会していた場所に向かいながらふと気付く。

 そういえば、あっちにはシリウスとの約束の場所があるんだよね。

 今までシリウスとお兄様はよく出会わなかったなあ。


 まあ、シリウスは呼べば会いに来てくれたけど、普段はどこにいたのかわかんなかったし。

 でも初めて会った時にはビックリしたんだった。

 小鳥さん達が「大変だよ!」って呼びに来て、急いで聖域に行ったら、オオカミさんが倒れてて。

 傷だらけで、血もいっぱい出てて、死んじゃうかと心配したんだ。


 泉の水を汲んで来て飲ませたり、傷にたくさんの薬草を張り付けたり、みんなで頑張って看病したから、意識が戻った時には本当にほっとして、嬉しかったな。

 それから徐々に回復していったけど、何もしゃべらないからこれまた心配で。

 元気を出してもらおうと、とっても珍しくて、とっても綺麗なお花が咲いてるお母様のお墓に連れて行ったんだ。


 それでいきなりシリウスが泣きだした時には驚いたよねえ。

 声は出さなかったけど、涙がぽろりってこぼれて。

 オロオロする私に、やっと口をきいてくれたんだった。


 シリウスのお母さんは、シリウスを逃がすために死んじゃったって。

 悲しかったなあ。私の方が大きな声でわんわん泣きだしたら、逆にシリウスがなぐさめてくれて。

 ふむむむ。なんて情けない。今更ながら恥ずかしいよ。


「ジャスミン、どうかした?」


 自分の不甲斐なさを思い出したら、つい唸ってたみたい。

 心配そうにお兄様が私の顔を覗き込んでる。だから急いで笑ってみせた。


「ううん、何でもないよ」


「そう? ならいいけど」


 そうこうしているうちに、目的地に到着。

 ここはどちらかというと聖城に近い森の広場。

 少し開けてて、座るのにちょうどいい石がいくつかあるの。

 細長い平らの石によいしょって座って、立ったままのみんなにも勧める。


「好きな石に座ってね。ここは動物さん達の話し合い広場なんだよ」


 そう言って、ちらりとカイドを見たら、ばっちり目が合っちゃった。

 慌てて逸らしたけど、わざとらしかったかな。

 ここのところ、ちゃんとカイドと話してない。本当は合わせる顔がないから。

 でも、このままじゃダメだってわかってる。

 私がモジモジしてるうちにみんな落ち着いて、お兄様の凛とした声が響いた。


「これから話すことは、陛下からお聞きした話なので、ジャスミンが聞いていたことや皆に伝わっていることとは違うかもしれないが……」


 お兄様はみんなをゆっくり見まわしたあと、話し始めた。


「陛下と王妃様がご結婚されて五年後のことから話したい。――その頃、未だご懐妊の兆しがみられない王妃様に周囲からの重圧は凄まじかったそうだ。そしてある日、王妃様は陛下の元婚約者である僕の母――ローズに手紙を書かれた。『聖城に来てほしい』と」


「王妃様が?」


 驚いて声をあげたのはミザール。みんなもビックリした顔してる。


「ああ。母は聖城に行くべきか悩みながらもそのご要望に応え、そして王妃様の私室で陛下と再会した。五年ぶりにね。その翌日、王妃様は二人におしゃったそうだ。自分は神殿に戻るので、二人にはこれ以上お互いへの気持ちを抑えないでほしい。どうか幸せになってほしい、と。もちろん陛下はお引き留めになった。……母も。だが、王妃様は頑なに拒まれ、迎えに来た女官長と共に去ってしまわれた。それから陛下は何度も王妃様とお会いになろうとしたが叶わず、再びお顔を合わせられたのは僕が産まれた後らしい。王妃様は僕の誕生をお喜びになり、たくさんの祝いの品と母への手紙を贈って下さった。その後は月に一度だけ、面会日をお決めになって陛下とはお会いしていたそうだ」


「……噂にきいていた話と全然違うね」


「うん……」


 大きく息を吐きながらリオトが言うと、メラクがうなずく。

 私はカイドからの視線を感じたけれど、うつむいて風に揺れるタンポポを見ていた。

 もう少しで綿毛が飛んでいきそう。

 みんなが一息つくのを待って、お兄様がまた口を開いた。


「――僕が四歳になった頃、王妃様ご懐妊の知らせが聖城にもたらされた。世界中が喜びに沸く中で、陛下は何度も王妃様にお会いしようとなされたが、叶わなかった。しばらく前から月一度の面会でさえ何かを理由に流れていたのに。そしてある日、王妃様から届けられた手紙には、『申し訳ありません』と一言だけ書かれていたそうだ。陛下はすぐにお返事をお書きになったらしい。謝る必要はない。その子は私の子だ、と……」


「陛下は最初からご存じで……」


 ファドが思わずといったみたいに呟く。

 私はぎゅっと両手を握って目を閉じた。

 すると、隣に座ったヴィーの温かい手が私の冷たくなった両手を包む。反対側のミザールは私を強く抱きしめてくれる。

 みんなの私を思う気持ちがすごく伝わってくる。嬉しいから、悲しくなんてない。


「――王妃様が神殿に戻られてからは、二人はただお互いにお話をなされるだけだったらしい。だが陛下はそのことについては誰にも何もおっしゃらなかった。母にでさえ。だから僕はあの時まで知らなかったんだ。ジャスミンから教えられるまで……。それで動揺してしまった僕は、大きな間違いを犯してしまった。走り去るジャスミンを追えなかったんだ。あんなに泣いていたのに……」


「ち、ちがうの! お兄様は間違ってないの! 私が悪いの。私が……」


 思い出せない記憶に頭がふらふらする。

 あの時――あの時、私はどうしてあんなに……?


「いや、僕の行動は間違っていた。陛下に確かめようなんて考えて城に戻るべきではなかったんだ。あのあと、何かジャスミンに恐ろしいことが起きただろうに、僕は騎士としてだけでなく、兄として、ジャスミンを守ることができなかったんだから……」


 お兄様はとても悔しそうに声を詰まらせた。

 違うのに。お兄様は全然悪くないのに。

 ううん、悲しくなんてない。みんなの優しい気持ちが嬉しいから。だから悲しくなんてない。

 でも、でも、やっぱり悲しいよ。

 あの時のこと、思い出してしまったから。




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