逃走
あ、私の匂いがする。
ミザールに抱っこされたまま、案内されたお部屋入った瞬間、思ったこと。
でも、すぐにお部屋の中を見て驚いた。
「まあ、可愛らしいお部屋ね」
「ええ、本当に。ジャスミンらしくて……でも、見たことのない人形ですわ」
お部屋の中には編みぐるみがいっぱい並んでる。
この世界にも毛糸があったんだ!
って、あれ? ちょっと待って。
「ジャスミン?」
ミザールの腕の中から飾り棚にえいっと飛び移ると、編みぐるみをひとつ前足で取ってしげしげと眺めた。
うん、間違いない。これは“私”が編んだものだ。
ということは……。
「まあ! 姫様はやはり覚えていらっしゃるのですね? それは姫様がご自分でお編みになった中で、一番に気に入られているアミグルミですもの」
嬉しそうにアマリが説明してくれたから、この世界にもちゃんと編みぐるみってあるんだなって思ったら、ミザールとヴィーは不思議そうな顔をした。
「……アミグルミ?」
「あら、そうですね。騎士様はご存じありませんよねえ? アミグルミは姫様がお考えになったのですもの。姫様がご幼少の頃に、このアミグルミを突然はじめられた時には、私共もそれはもう驚きましたから。ですが、さすが姫様でございましょう? 私共にもお教えて下さって、今ではこの神殿の女官達は皆、編むことが出来るのですよ」
えっと、困ったな。私が考えたわけじゃないんだけどな。
それに何ていうか、ミザールとアマリの間で火花が散ってない?
このままケンカになったらどうしよう?
この棟は男子禁制とか何とかで、カイド達もいないし。
それにしても、男子禁制ってなんだかお嬢様学校みたいでカッコいいよね。
って、そうじゃなくて。
あ、でもヴィーは笑ってるから、だいじょ……う、うん。きっと大丈夫。
あの笑顔が怖いなんてことないない。
よし、ここはやっぱり仲良し大作戦発動だ!
「は、はい! みんなで編みぐるみを一緒に作ればいいと思います!」
うむむ。これじゃあ小学校の学級会だ。
手を挙げて発表する必要はなかったよね。
ちょっと失敗。
だけど、みんな笑ってくれたから、良しとしよう。
「それでは姫様、そろそろ人間のお姿にお戻り下さいませ」
「え?」
「湯の用意も出来ておりますから、湯浴みの後は晩餐まで少しお休みなになられてはいかがですか?」
「あの……」
「さあ、姫様」
今の私は人間になれなくて、ネズミのままじゃお風呂には入れなくて、どうやって説明したらいいのかわからなくて。
ミザールとヴィーに助けを求めようとした私に、アマリが手を差し出してきた。
それで気が付いたら、私はスルリとかわして逃げ出してた。
この感覚、覚えてる。
そう、私は逃げ出したんだ。逃げなきゃいけないんだ。
「姫様!」
「ジャスミン!?」
「ごめんなさい! お風呂は必要ないの!」
抜け出すのは得意。思い出せなくても覚えてる。
窓に向かって手を伸ばしてくれてるような、長い木の枝。
あの大きな木は私をちゃんと受け止めてくれる。
手際良く窓を開けて、ピョンっと飛び移れば、あとはもう大丈夫。
「ジャスミン!」
ミザールとヴィーの驚きと心配の声が聞こえる。
それからアマリの呼び止める声。
「姫様! いけません! もうすぐ陽が暮れます! 森へ入ってはなりません! 姫様!」
ううん、暗くなっても大丈夫。
この森はとっても私に優しいんだから。
それに私は約束したんだ。すっかり遅くなっちゃったけど。
って、あれ? それって、何の約束だっけ?
ムササビさんのように枝から枝へと飛び移って、森の中に入って来たけれど、どこに向かってるのかわからなくてストップ。
ああ、でもちょっとだけわかる。
このまま突き進んで行けば、聖域に繋がるんだ。
さっきは馬車だったから、神殿まで大きく迂回したんだよね。
だけど私が向かってたのは聖域じゃない。
約束の場所。でも、それはどこ?
なんだか混乱してきた。
うむむむ。少し落ち着くために、ここで休憩。
それに、森の動物さん達がすっごく喜んでくれてるし。
「姫様、おかえりなさい!」
「おかえりなさい! ご無事で良かった!」
小鳥さん達もネズミさんもモグラさんまで嬉しそうに挨拶してくれる。
みんなのことを覚えてないのは申し訳ないけど、やっぱり嬉しいな。
「みんな、ただいま。心配かけてごめんね!」
モグラさんはすぐに引っ込んで、小鳥さん達もおうちに帰らないといけないから、また遊ぼうねって約束する。
そうだ、また遊ぼうねってみんなと約束してたんだ。
はっきりとは思い出せないけど、またねって。
また……また会おうって約束。そうしたら……それから……?
「ジャスミン」
「シリウス?」
って、誰だっけ?
後ろからいきなり声をかけられて、とっさに口から出てきた名前にビックリ。
姿を現したのはカイドで、今のは間違いなくカイドの声なのに。
「……いや。私だ、カイドだ」
「う、うん。あの、ごめんなさい、カイド。私……間違えちゃって……」
「……気にするな」
ちょっと傷付いたみたいな、それでも温かいカイドの声。
私はなんて失礼なことしちゃったんだろう。
落ち込む私に、カイドが一歩近づく。
途端に森の空気が変わった。
不思議に思って周りを見たら、動物さん達みんな隠れちゃってる。
ひょっとして、カイドがヒョウさんになってるからかな?
だけど、みんな逃げずに様子をうかがっているのは、私を心配してるからだ。
カイドもそれをわかってるのか、小さく笑った。
「この森はジャスミンに優しいな。皆が、草花までがジャスミンを心配している。だが、もちろん私達も心配してるんだ。だから神殿に戻ろう、ジャスミン」
「うん!」
大きく頷いてカイドに飛びつく。
カイドだって、とってもとっても優しいんだって、みんなにも知ってもらいたい。
ちっとも怖くないよって。
うむむむ! 立ったままのカイドに抱きつくのは大変。
でも、カイドが器用に私を背中に押し上げてくれた。
むふふ。カイドの背中は大きくて頼りがいがあるね。
「みんな、また来るね!」
そろそろと木陰から出てきたみんなに手を振って約束。
それから少し離れた所にいるリオトやミザール達のもとに、カイドの背中に乗ったまま戻って行った。




