第16話「沼の主と、背中の盾」
ダンジョンは、街の北にあった。
大きな沼の、その横。
「……ここか」
風がぬるい。水の匂いが強い。
覗き込む。
水面に、波紋。
アメンボが滑るように動き、ゲンゴロウが潜る。
「……普通だな」
そう思った瞬間だった。
バシャッ!!
水が弾ける。
「!?」
何かが飛び出した。
大きな爪。
ゲンゴロウを掴み、そのまま――口へ。
ばくっ。
「……は?」
でかい。
水面の下に、影。
ゆらりと動く。
「……60センチくらいか?」
虫にしては異常だ。
「……魔物か?」
一瞬、考える。
でも。
「……まあいい」
口が勝手に動いた。
「テイム」
ぽつりと唱える。
次の瞬間。
水面が割れた。
ずるり、と。
這い上がってくる。
「……おいおい」
出てきたのは――
巨大なタガメ。
濡れた体。硬そうな甲殻。
脚がわしゃわしゃと動く。
「……うわ」
正直、気持ち悪い。
だが。
そいつは、まっすぐこっちへ来た。
止まる。
じっと、見上げる。
「……」
成功だ。
「……マジか」
笑いがこみ上げる。
「テイム、できたな」
しゃがみ込む。
「お前……でかいな」
観察する。
形は、ほぼ盾。
丸みがあって、厚みもある。
「……これ、防御いけるだろ」
直感。
かなり硬い。
「よし」
名前を考える。
「シールド……はそのままか」
少し悩む。
「……シードル」
なんとなく語感で決めた。
その瞬間。
ぼうっと、光る。
「おぉ」
次の瞬間。
シードルが動いた。
脚で、俺の足を登る。
「お、おい」
そのまま腰へ。
さらに背中へ。
「ちょっ……」
ぴたり。
止まった。
「……」
背中。
重い。
だが――安定している。
「……盾だな、これ」
完全に背負っている感覚。
ぴったり収まっている。
「……また変なの増えたな」
思わず笑う。
胸にはゴキジェット。
腰にはムカデラ。
頭にはスパメット。
そして背中にシードル。
「……装備が虫だらけだな」
誰が見てもアウトだ。
でも。
「……強けりゃいいか」
納得する。
いつものことだ。
「よし」
視線を前へ。
沼のほとり。
石の階段が、地下へ続いている。
「……行くか」
一歩踏み出す。
石が湿っている。
ぬるり、と滑りそうになる。
「……うわ」
降りる。
一段。
また一段。
空気が変わる。
冷たい。
湿っている。
「……最悪だな」
床には水たまり。
踏むたびに、ぺちゃ、と音がする。
靴が濡れる。
「……やだなこれ」
壁を見る。
じわ、と水が染み出している。
ぽた、ぽた、と滴る。
「……気持ち悪いな」
思わず呟く。
自分の装備を棚に上げて。
「……いや、俺の方が気持ち悪いか?」
ふと冷静になる。
頭にクモ。
腰にムカデ。
胸にゴキブリ。
背中にタガメ。
「……」
一秒。
「……まあいい」
すぐに開き直る。
慣れって怖い。
「……ダンジョン、か」
奥は暗い。
何がいるか分からない。
でも。
「……楽しみだな」
口元が緩む。
足を進める。
ぺちゃ、ぺちゃと音を立てながら。
未知の中へ。




