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1話 婚約破棄ですか?そうでございますか

◇◇◇◇◇



「僕は真実の恋を知った…

だから、君との婚約を破棄させて貰うよ!」



貴兼門家、主催のお茶会の最中での会話だった。



「わたくしに熱烈に求婚されたのは、かつての

貴方だと言うのに…?」



黒鳥華乃は、そう言って長い黒髪をサラリと流し、首を傾げた。


二十歳を少し過ぎた華乃だったが、その美しく繊細な顔にはまだ、あどけなさが残っている。



「だから!これ以上付き合えないんだよ!

無能なお前は貴兼門家から追放だ!」



眉を歪めながら、そう言い華乃を睥睨するのは

本日の茶会の主人、貴兼門興人だ。


華乃と同い年の興人は、長身だが凡庸な顔だ。


邸宅の広く美しい庭では茶会に招かれた人々が遠巻きに、興人と華乃の会話に聞き耳を立てていた。



「あの方が、興人様の婚約者でしたの?」

「公には認めていない間柄だったみたいよ?」

「なんでも、彼女…庶子の身分だとか」



皇位継承権を有し、富と権力を揺るぎないものにしている貴兼門家その嫡子、興人の横暴な振舞いに、苦言を呈する者はこの場にはいない。



「皆さん、今日は僕から紹介したい人がいるのです!」



華乃から目を逸らし、人々へ向かって声をかけた興人は、さっと腕を伸ばし合図を送る。



「初めまして…和泉小路世夜子にございます」


「彼女は、僕の正式な婚約者になって貰う方だ」



興人の差し出す手を取り挨拶した女性に、周囲は歓声を上げる。



「まあ!和泉小路家の御息女なんですの?」

「美しい方!興人様とお似合いだわ!」

「家柄も申し分無さそうね」



周囲の反応を満足そうに見渡した興人は、更に言葉を続ける。



「家柄や品性も申し分なく、彼女は学歴もいい…

本当に、もっと早く世夜子に出会っていれば…

こんな…女に騙されずに済んだのに」



そう言い、興人は華乃を蔑んだ眼差しで睨む。



「帰る家も無いと、数年もの間、貴兼門家に住まわせてやったが…それも今日で終わりだ!出て行ってくれ」



興人の言葉に、周囲も華乃を睨む。



「なんて厚かましい娘だ!」

「帰る家が無いって…どこの馬の骨よ?」



周囲の好奇と嫌悪が入り混じる視線の中、

新たな婚約者となった和泉小路世夜子の冷たい視線が華乃を突き刺す。


世夜子は興人に寄り添い、口角を上げながら

華乃を見下げていた。



「はあっ……

婚約破棄?承知いたしましたわ!

家政婦のように働かされて参りましたが、今日で、御暇させていただきます」



しかし、この場の悪意に満ちた空気を払うように、華乃はため息を吐く。



「因みに今まで敢えて発言は控えてましたが…

わたくしは庶子ではございませんわ!

黒鳥家という名家と謳われた家の出にございます!」



華乃の発言に、皆は戸惑い、

次の瞬間、周囲に嘲笑が巻き起こる。



「黒鳥家?…そんな名家知りませんわ?!」

「あらまあ、妄想癖をお持ちの方かしら?」



この場にいる誰一人として、華乃が言う黒鳥家を知る者は居なかった。


そんな周囲へ、寂しげな視線を僅かに送った華乃はすぐに顔を上げる。



「黒鳥家は、そこの貴兼門家によって消されました…記憶も、家そのもの迄!」


「華乃!見え透いた嘘を吐くな!

何が消された、だ!

お前には本当に絶望した!さっさと去れ!」



興人の怒鳴り声が場に響き渡る。



「去りますわ!

けれど、覚えておいてください…わたくしは貴兼門家へ必ず報復させていただきますわ!」



凛と良く通る声で、一息に言葉を発した華乃は、くるりと踵を返し立ち去ろうとする。


その、余りにもあっさりとした退場に、焦って声を掛けたのは興人の方だった。



「お、おい!華乃!

今なら…頭を下げて媚びるのなら…使用人兼、愛人として家の隅に置いてやってもいいんだぞ?」



興人は唇を歪め、華乃の肩に手を掛けようとするも、華乃はその手を払い退ける。



「ご冗談を?

わたくし晴れて自由の身となったのに!

せいぜい貴兼門家栄華の終末を…楽しみに待っててくださいませ」



そう言って華乃が身を翻した、その時だった。



ドゴォォン



地響きと共に、庭園の地面から突如、巨大な何かが這い出てきた。



「き、きゃあぁぁ?!な、何ですの?」

「巨大な…虫?!い、いやぁ?!く、蜘蛛だわ!?」

「こ、こんな巨大な虫見た事ありませんわ!」



茶会に来ていた人々は大混乱する。


雅だった席は、人の背丈ほどの巨大な蜘蛛により、阿鼻叫喚の場となる。

 


「ひっ、ひいぃ?!え、衛兵!衛兵よ早く来い!」



興人は恐怖で声が裏返り、一人で逃げようとうろうろする。


事態に駆け付けた衛兵と陰陽師達は、大蜘蛛を遠巻きに取り囲み、絶望的な表情となっていた。



「な、何をしてるんだ衛兵どもよ!早く大蜘蛛を退治してくれ!」



逃げ惑う客は、衛兵達へ訴えるが…



「こ、こんな強力な物の怪では…私設衛兵と一般陰陽師では対処…できません!!」



物の怪サーチ機器を震える手で翳しながら、衛兵長は成す術なく立ち竦む。


〈名称〉大蜘蛛

〈危険度〉極高

〈希少度〉Sレア


〈警告:S級物の怪は、一般人では対処不可能な為、政府特殊部隊の出動要請を推奨〉


サーチ機器での大蜘蛛の鑑定結果を、衛兵長が客達に見せると、周囲は更に混乱する。



「Sレアの物の怪…だと?に、逃げるしかない!」

「こんな伝説級物の怪が何故ここに?!」

「は、早く特殊部隊を…!」



政府へ既に連絡はしてあるが…恐らく間に合わない…

特殊部隊が到着した頃には…

ここにいる人間達はS級物の怪によって、喰い荒されてるに違いないと、衛兵長は絶望する。


S級物の怪は…次元の違う強さなのだ。


そんな、周囲が絶望感に襲われている時だった。


 

華乃は一人、蜘蛛を冷静に凝視しながら声を発した。



「スキル発動!【真眼】」



華乃が声を発した瞬間…

彼女の瞳に五芒星に近いような印が浮き出る。


華乃の様子を至近距離で見た衛兵長が、信じられないと目を瞠る。



「【真眼】…だと?な、何故あの娘が…

貴兼門家直系に継承されるスキルを使えるんだ!?」



貴兼門家は、古来より帝直属の大陰陽師として名を馳せていた由来が周知されていた。


陰陽師を廃した今でも、代々直系に覚醒遺伝すると云われるスキルの存在が有名だった。


それが、スキル【真眼】


物の怪の隠された姿を見抜く技…

物の怪を唯一、機器を通さず、その眼で鑑定できる能力者なのだ。



「き、君は高貴な貴兼門家の血筋なのか?」


「貴兼門家…ですって?」



衛兵長が華乃に質問を投げ掛けると、彼女は皮肉を込めた笑みを作る。



「いいえ?わたくしは黒鳥家の者です」



一言、そう言った華乃は前へ向き直り、【真眼】の眼で、巨大蜘蛛を見据える。



「……なるほど…」



華乃は一人、呟く。


そして徐に、大蜘蛛へ接近していく。



「ちょ、おい君!大蜘蛛に近づくなんて…死にに行くようなものだぞ?!」



周囲からも華乃の行動に悲鳴が巻き起こる。


それでも構わず華乃は、大蜘蛛の元へ到着してしまう。



「きゃああぁ?!た、食べられてしまうわ!あの娘」



遠巻きに取り囲んでいた周囲は、響めき、この後起きる血の惨劇に息をのむ。



「【真眼】ズームサーチ!……ここですわね!」



華乃は、スカートをヒラリと捲し上げたかと思えば、足を上げ…ダンっと、地面を不意に踏み締めた。



「な、何をやってる?」

「…気でも触れたのか?あの娘…?!」



周囲が呆気に取られていると、華乃は衛兵長へ振り向く。



「物の怪退治…終わりましたわ?」



そう、華乃が言った直後…巨大な大蜘蛛は姿を消す。



「お、大蜘蛛が…消えた?!どういう事だ?」



警備長が華乃へ問う。

 


「サーチ機器って、余り性能が良くないですわね?

わたくしの【真眼】では違う結果が出てましたわ!

…よく、ご覧になって?

この物の怪は…ただのノーマル小蜘蛛です」


 

そう言った華乃は軽く会釈し、退出しようと歩き出す。


彼女が地面を踏み付けた場所には…親指サイズの小蜘蛛が潰れて死んでいた。



「お、おい!もう一度サーチ機器を!」

 


潰されていた小蜘蛛へサーチ機器を照射すると…


〈名称〉物の怪小蜘蛛

〈危険度〉低

〈希少度〉ノーマル

〈能力〉変化

〈弱点〉物理攻撃

〈備考〉周囲を怖がらせる為、大蜘蛛の姿へ変化するが、中身はただの小蜘蛛



「ま、まさか…本当に小蜘蛛の物の怪だったのか?」



サーチ機器では、小蜘蛛の変化を見抜けなかった。


彼女の【真眼】は本物だったのか?

…衛兵長は、混乱しながらも、去り行く華乃へ声をかける。



「き、君は…これからどうする気なんだ?」



【真眼】を持つ者の真偽を知りたい…

貴兼門家以外の血筋から、このスキルを保有する人間が出た事に対する興味が衛兵長にはあったが…


しかし華乃は…



「言われた通り、ここを御暇させていただきますわ!わたくし、これからちょっと貴兼門家への復讐をしに行きますの」


「復讐って…いったい何を…」



衛兵長への問いへ答えを探すように、華乃は辺りを見渡し、取材に来ていたマスコミのカメラに目を留め、指を差す。



「コレにしますわ!

カメラ…いいえ、配信で全ての真実を白日の元に晒しましょう!」



華乃は長く美しい髪を靡かせながら、

振り向き、宣言する。



「わたくし、ダンジョン配信者になりますわ!」



唐突な彼女の宣言に周囲の響めきは収まらない。

だが、そんな周囲を置き去りに彼女は去って行くのだった。



◇◇◇◇◇

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