幽霊
夜。
外では雨がしとしと降っていました。
その日は荷物運びも早く終わり、ピースケは馬小屋でゆっくり休んでいました。
干し草の上。
あたたかいランタンの光。
静かな雨音。
ピースケは、めずらしく本を読んでいます。
題名は――
『失敗しないキャベツ栽培』
ショウタが昼に置いていった本でした。
「なぜ私にこれを……。」
そのとき。
スゥゥゥ……。
急に、馬小屋の空気が冷たくなりました。
ランタンの火がゆらりと揺れます。
ピースケは本から顔を上げました。
「……?」
すると。
馬小屋の奥。
干し草の影から、白い人影がふわぁっと浮かび上がったのです。
長い髪。
青白い顔。
ぼんやり透けた体。
そして、じぃぃぃっとこちらを見ています。
ピースケは静かに瞬きしました。
「……。」
幽霊も無言。
雨音だけが響きます。
しばらくして。
ピースケが穏やかに言いました。
「こんばんは。」
幽霊がびくっとしました。
「えっ。」
「雨ですねぇ。」
「いや怖がらないんですか!?」
思いっきりツッコまれました。
ピースケは少し考えます。
「……驚きはしました。」
幽霊は困惑しています。
「普通もっと叫ぶとかあるでしょう!?」
すると馬小屋の扉が開きました。
ガラッ。
ショウタです。
「ピースケー、キャベ――」
ショウタの目が止まりました。
幽霊。
沈黙。
「ぎゃあああああああ!!」
バタン!!
全力で扉を閉めました。
外から叫び声。
「ゆ、幽霊ぉぉぉぉ!!」
ドタドタドタドタ!!
走り去っていきます。
幽霊がぽかん。
「……今のが普通の反応です。」
ピースケはうなずきました。
「なるほど。」
するとまた扉が開きます。
今度はサヨ、魔王、ベルフェル、エリシア、こっこ、クロノワールまで来ていました。
ショウタはサヨの後ろに隠れています。
「ほ、本当にいた……。」
サヨは恐る恐る聞きました。
「だ、だれ?」
幽霊は少しおどおどしています。
「えっと……。」
ベルフェルが目を細めました。
「悪霊ではなさそうだな。」
エリシアも静かにうなずきます。
「害意は感じません。」
魔王は腕を組みました。
「では何者だ。」
幽霊はしばらく黙っていましたが――
突然、深刻そうな顔になりました。
「……実は。」
ゴクリ。
みんなが身構えます。
幽霊は震える声で言いました。
「道に迷いました。」
「えっ。」
空気が止まります。
幽霊は泣きそうな顔です。
「墓地へ帰ろうと思ったら、わからなくなって……。」
ショウタが力抜けた声を出しました。
「迷子の幽霊だったの!?」
幽霊はしゅんとしています。
「三日前からさまよってます……。」
サヨがすぐ心配そうに言いました。
「おなかすいてない!?」
「幽霊なので大丈夫です。」
「そっか!」
ピースケは静かに立ち上がります。
「では、送っていきましょう。」
ショウタが叫びました。
「送迎するの!?」
クロノワールが小さく笑いました。
「らしいな。」
こうして――
真夜中の“幽霊送り”が始まったのでした。
雨の村道。
ランタンの灯り。
ふわふわ浮く幽霊。
なかなかシュールな光景です。
途中、村人に見つかりかけて全員で物陰へ隠れたり、
ベルフェルが「幽霊っぽい演出だ」と無駄に青い炎を出してエリシアに怒られたり。
ショウタはずっと半泣きでした。
「オレなんで幽霊と夜道歩いてんだよぉ……。」
やがて一行は、小さな丘の墓地へたどり着きます。
幽霊はほっとした顔をしました。
「ここです……!」
月明かりが静かに墓石を照らしています。
幽霊は振り返り、ぺこりと頭を下げました。
「ありがとうございました。」
サヨが笑います。
「帰れてよかった!」
幽霊は少し照れくさそうに言いました。
「実は……。」
「?」
「怖がられると思ってたので、うれしかったです。」
風がやさしく吹きます。
ピースケは静かに答えました。
「迷っている人を放っておけませんからねぇ。」
幽霊は小さく笑いました。
そして。
「……おやすみなさい。」
その体は、月の光の中で少しずつ透明になっていきます。
最後にふわっと手を振り――
静かに消えていきました。
ショウタはその場にへたり込みます。
「はぁぁぁ……寿命縮んだ……。」
ベルフェルが言いました。
「幽霊でも迷子になるのだな。」
エリシアは真顔です。
「次からは地図を持つべきです。」
「幽霊に!?」
ピースケは静かに夜空を見上げました。
雨は止み、
雲の隙間から星が見えています。
どうやら今夜も――
少し不思議で、
少しやさしい夜だったようでした。




