第参拾参話/欠測の旧友殺し
ヒカリカ=クダリジナル。
最強と謳われるクダリジナル一族の最高傑作。
ファイは、自分を片腕で抱き寄せる彼女こそがその人物であるのだと瞬時に理解した。否、理解させられた。
なにがそう思わせるのかはわからない。
ただ、彼女が特別な存在であるということだけは明確にわかった。
「ホッケルン、ファイの傷を治せるかい?」
「お、おぅ……」
動揺しつつも力を行使しているようだ。針を刺すような痛みがたちどころに引いていく。
「うん、上々だ。驚かせてしまってすまないね。私が誰かわかるかな?」
「ヒカリカさん、ですよね?」
にっこりと微笑んで頷いた。
「如何にも。私はヒカリカ=クダリジナル。ガルと君と共に旅をしていたもうひとりの仲間だ」
ヒカリカは立ち上がり、呆然とこちらを見つめるガルシャに声を掛ける。
「やぁガル。こうして生者として君と逢うのは二年振りだね」
「……師匠なのか?」
「積もる話はおいおいだ。まずはお互い、やるべきことに集中しよう。こちらは私にまかせてくれたまえよ」
ヒカリカが抜刀する。薔薇の意匠が凝らされた優美な造りの細剣だった。
彼女の構えは柔らかく、剣の道に通じていないファイの目には隙だらけに映った。しかし、その道に携わる者には伝わるなにかがあるのだろう。騎士は一斉に切羽詰まったように席を立ち、ヒカリカに交戦の意思を示していた。
ヒカリカは少しの敵意も感じない温和な瞳を滑らせ、
「ざっと五百ってところか。……ふぅ、私の弟子も舐められたものだね。ヴァレンダインが敗北した後、この程度の軍勢でガルを狩ることができると思っているのかい? リグ=シュペア」
「なぜ其方がこの地にいる? 其方はあの日、息絶えたはずであろう?」
困惑を露わにするリグに、ヒカリカは軽やかに笑って言った。
「私が息を引き取った瞬間を誰か目にしたかい? 否、いないはずだ。あの日、私が内臓器官をやられて絶体絶命の危機に陥った瞬間、誰もが私がこの世を去ると確信したはずだ。だろう?」
リグはうんともすんとも言わない。
つれないね、とヒカリカは眉をひそめて続ける。
「せっかくだし種明かししよう。私は推量段階にある不確定事象を確定未来にすることができる。これがケッソクの力だよ。おめでとう、冥途の良い土産ができたね。皇国に持ち帰れば表彰ものだよ、この情報は。持ち帰ることができれば、だけどね?」
クスクスと笑っている。まるで子豚に逆立ちしろと命じた直後のような、この上なく蔑みが溶け込んだ笑みだった。
「……理解しかねる」
リグは変わらず小難しい顔をしている。
「其方の天賜は〝結束〟ひいては天性のカリスマ性にあろう? よもや天賜をふたつ有しているというのか?」
「おいおい、それではまるで私が洗脳めいたやり方で光の団を結成したみたいじゃないか」
大仰に両手を広げ、やれやれとかぶりを振る。そんな仕草でさえも絵画めいた美しさがある。
「このカリスマ性は私に先天的に備わったものだよ。天賜は一切関係なくね」
「ならば結束のヒカリカとはなにを所以に名付けられたのだ?」
「さぁね。これも思い込みが現実を追い越した例のひとつさ。まったく誰も私を見てくれないし、話を聞いてくれないし、寂しくなるね」
芝居がかった嘆きをすると、ヒカリカはひょいっと片腕でファイを抱き上げた。突然の出来事に心臓が大きく跳ね上がる。彼女の細腕のどこにこれほどの膂力があるのだろうか。
「振り落とされないよう、私の首にしっかりと両腕を絡めているんだよ」
「は、はい」
言われた通りにする。まさかヒカリカは、ファイという重荷を背負ったまま、右腕の自由だけで、これだけの数の敵を相手にするつもりなのだろうか。
そのまさかのようだった。
「しかしまぁ、みんなが誤った認識をしてしまった点に関しては私にも非がある。騙るつもりはなかったんだよ」
ヒカリカは細剣を構え、毅然と言った。
「結び束ねる結束ではなく、欠如を測るで欠測。私は〝欠測〟のヒカリカだ。今後は〝欠測の旧友殺し〟と名乗らせてもらおう」
ファイを片腕に担いだまま、ヒカリカは騎士集団の元へ猛然と迫った。
「ヒカリカさん、わたしを下ろしてください!」
「怖がることはないさ。君はただ、私を信じて抱きついていればいい」
「そうじゃないです! わたしを抱えながらこれだけの数を相手にするのは無茶です!」
「ふふ、ありがとうファイ、私を憂いてくれるんだね」
まもなく騎士の壁に到達する。このままではファイという重荷のせいでヒカリカが傷ついてしまう。そう思いつつも、ヒカリカの側が一番安全であると本能が理解しているらしく、彼女に抱きつく力は強まる一方だ。
優しいささやきがファイの鼓膜を撫でた。
「案ずることはないよ。私は無敗の剣姫だからね」
数瞬後、騎士の短い断末魔がファイの耳を突いた。
それが開戦の合図となった。
金属と金属とが衝突する硬い音。
地鳴りめいた足音。
喊声に、慟哭に、冷笑に。
混沌とした音の嵐に怯えつつ薄っすらと目を開くと、頃合い良く返り血がファイの頬に飛んできた。
理不尽なまでの強さだった。
ヒカリカが最強の剣姫であることはわかっていた。
しかし、彼女の実力はファイが想像していた〝最強の剣姫〟の遥か上を行くものだった。
ひとり、またひとりと、為す術なく騎士が絶命していく。
ヒカリカの攻撃は的確かつ刹那的だった。一撃一瞬で、すべてが終わる。
ヒカリカの動きはあまりに早く、ファイの瞳には、彼女が一瞬のうちに三方向に同時に剣を走らせているようにさえ映っていた。
「うん、だいぶ肩もほぐれてきたかな」
そしてあろうことか、彼女にとってここまでのパフォーマンスは、ウォーミングアップ代わりだったらしい。
ヒカリカが足を止め、剣を鞘に収める。騎士はその不自然に身を強張らせつつも、待てども動きのない剣姫に痺れを切らし、四方から彼女の首を討ち取らんと迫る。
ヒカリカの唇が薄く弧を描いた。
「光姫喧伝流、陸極の構え――光輪鞭」
突風が吹き荒れ、ヒカリカを中心に浮かび上がる真円をファイは一瞬だけ見た気がした。
彼女が今、なにをしたのか。
認識できているものは誰もいなかった。
しかし、無情にも結果は付随する。理解が追いついていない面持ちをしたまま三十余りの騎士が、上半身と下半身を分断されて屍と化した。
一連の出来事に恐れ慄いた騎士は、武器を手から落とし、力なく膝から地面に崩れ落ちる。彼らの戦意が喪失したことは一目瞭然だった。
そんな彼らに、ヒカリカはにこりと微笑みかけて言う。
「降参かい?」
騎士たちがこくこくと壊れたおもちゃのように頷く。
ヒカリカは、そうかそうかと頷き――笑みを消した。
「私の家族を惨殺しておきながら、そんな虫の良い話が通用するわけないだろう」
ゾッとするほど冷たい表情と声だった。青い瞳には静かなる怒りの炎が燃えていた。
「光姫喧伝流、壱極の構え――」
そこからは一方的な虐殺だった。
降伏していようが、立ち向かってこようが、ヒカリカは構うことなく斬り殺す。
五百余りいた騎士は三分とかからず絶滅し、残すはリグのみとなった。




