第拾話/渇望
剣と拳。
一対一の対峙をした際、どちらが有利かなど頭を悩ませるまでもないだろう。
両者、足を止めて硬直する時間が続く。
先に仕掛けたのはジノザだった。
大きく一歩踏み出し、無駄のない優美たる一文字斬りにて、ガルシャの首を断たんとする。
その一連の流れを見て、ガルシャは自分の読みに誤りがなかったことを確信する。
石膏で構築された分厚く無骨な剣。その質量は、先ほどまで彼が振るっていた鉄の剣を大きく上回るだろう。かてて加えて、息つく間の無い戦闘によってジノザは大なり小なり疲弊している。表情こそ変わらないが、太刀筋は戦闘開始時より遥かに鈍磨していた。
軌道を見切って石の塊を躱す。それと同時、腰をかがめて懐に潜り込み、コートの内側から旅路でくすねた箭を取り出し彼の喉元を穿たんと迫る。
「我、理を紐解きし者――散理散離」
切っ先が喉仏に達すると、箭は一瞬にして消失した。
それに動じず、ガルシャは拾い上げた材木をジノザの側頭部に叩きつける。
命中した。
それを確認し、後方に飛び退く。
「なんて危なっかしい戦い方をするんだ。見ているこっちがハラハラする」
「勝手にしてろ。あとヒカリカ、訂正するなら今のうちだぞ。俺はあいつに勝てる」
「あぁそうだね。今のを見て私も半ば確信したよ。――彼は天技を連続して使えない」
その通りだ。
『微理微離』とは異なり、刹那の間すら要することなく物体を消失させる『散理散離』。
前者は前々から知っていたが、後者は先ほどはじめて目にしたため、どのようなものか確かめる必要があった。
無手で接近し、二条しかストックのない箭のうちの一条を犠牲にするというのは多大なリスクを孕んだが、その分得られたメリットは大きい。あとは武器を調達するだけだ。
「まったくなんとも醜く効率の悪い戦い方をするやつだ。それでもヒカリカの弟子か」
「最後に勝利を収めるのならどれだけ姑息なことをしてもいいってのが初代師匠の教えでな」
その代わり、最後まで敗北を認めるなとバッカスに教えられた。ガルシャの諦めが異様に悪いのは、彼の教えが今も胸の中で生きているからだろう。
側頭部、肩口、喉元。至る箇所から流血しているものの、ジノザの意識は鮮明だ。あれだけ天技を使ったのだからそろそろ体力が底尽きてもいい頃合いだと思うのだが、体力切れには期待できなそうだ。やはり、首をかっ斬るなり心臓を貫くなりして仕留めるしかない。
背後を見やる。ガルシャが殺した騎士の屍の山は三十メートルほど先にある。
(どの道、背を向けることは避けられないしな)
武器を調達するため、ガルシャは身を翻して駆け出す。懸念に反し、ジノザが迫って来ることはなかった。落ちた剣を一本くすねる。
「ガル、右に避けて!」
言われた通りにする。
躯に弓矢が突き刺さっていた。
「今のを躱すか。背中に目でもついているのか」
そう怪訝に言うジノザは、クロスボウを構えていた。たった今、天技で生成したのだろう。
二十メートルほど距離を置いて射撃してくる。
「左!」
左に躱す。
痛みがないということはうまく回避できたのだろう。まったく見えなかった。
「ガル、天賜に頼ろう。彼は出し惜しみして勝てる相手じゃない」
「ヒカリカ、躱す方向を指示してくれ。俺はお前を信じてる」
「あぁもう、話のわからない弟子だなぁ! ――左!」
左に躱す。視界の右端を弓矢が横切った気がした。
「……ありがとう師匠」
ぽつりとつぶやき、ガルシャは矢の嵐に臆することなく全力で駆ける。
「右! そのまま……左! 右! 次、足元!」
ジノザも射撃しつつ後退しているが、彼我の距離は着実に縮まっていく。
弓矢が一本、ガルシャの頬を掠めた。
ガルシャの間合いに入った瞬間だった。
「いけガルシャ!」
「光姫喧伝流、壱の構え――」
深く息を吸い、地面を跳ね上げる。
「流光軌閃!」
剣を横水平に振り払うと同時、弓矢がガルシャの脇腹を深く貫いた。
「くぅ……!」
激痛に意識が飛びそうになる。
それでも、ガルシャは渾身の力で柄を握り続ける。
「我、理を紐解きし者――散理散離」
剣は首に擦り傷をつけることしか叶わず、瞬きの後に消滅した。
ここまでは想定通り。
「があああぁぁッ!」
懐から箭を取り出し、ジノザの喉元めがけて突き出す。
ジノザが、嗤った。
「散理散離」
「なっ!?」
(無唱で連続だと!?)
天技が不発に終わることはなく、奇襲を仕掛けた箭は消え失せた。
絶望するガルシャの額にクロスボウが突きつけられる。
「勝負ありだ」
(終わるのか、ここで?)
死を予感し、背筋が粟立つ。
(……まだ死ねない。死ぬわけにはいかない。俺はまだ、恩返しも贖いも済ませていない!)
生への渇望があふれた瞬間だった。
「ガルシャさん! この剣を使ってください!」
隣から声がした。
金髪の少女がいた。ファイだ。
彼女はズーシーの短剣をガルシャに差し出していた。
(どうやってここに?)
疑問が募る。しかし、今は雑念の相手をしている場合ではない。
短剣を手に取り、違和感を覚える。
(なぜ弓矢が放たれない?)
その答えは、ジノザの困惑が物語っていた。
「馬鹿な。私は先ほど弓矢を大量生産したはずだぞ」
ジノザの言う通り、彼の脇にはつい数秒前まで大量の弓矢が置かれていた。しかし、今はそれが無くなっている。まるで最初から存在しなかったかのように……。
なにはともあれ、機運はこちらに傾いている。見逃すわけにはいかない。
「光姫喧伝流、漆の構え……」
一撃、一瞬で片をつける。
腹部の焼けるような痛みを厭うことなく息を深く吸い込み、
「――光穿ち!」
胸部めがけ、自身が繰り出すことができる最速の突きを放つ。
ジノザは目を開き、しかしすぐに至極冷静に対処しようと試みる。
「散理散――」
その数秒後、剣に手ごたえを感じた。
短剣はジノザの胸を貫いていた。




