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【完結済】旧友殺しと欠測姫  作者: 風戸輝斗


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第壱話/漆黒の悪鬼

 夜闇に包まれた森で梔子色の光が閃き、硬い金属音を響かせると共に火花を散らしている。


「なぁもう止めにしねぇか」


 双剣を振るう手を止め、眼帯をつけた色男は言った。


 名はバッカスといった。

 一年前までクダリジナル皇国転覆を志す反逆組織――〝光の団〟に属していた彼は今、クダリジナル皇国の直属聖騎士として責務を全うしている。平たく言えば、敵側に寝返っている。こうして戦闘に身を投じているのもその一環だ。


「しゃべるな」


 短い一喝と共に突き出された剣の切っ先がバッカスの頬肉を抉り裂く。

 滴血に興味を示すことなく、バッカスはげんなりとため息をついた。


「愛弟子と斬り合うなんざオレはご免なんだけどねぇ」


 二年ぶりに顔を合わせた愛弟子は、街中でバッカスを目にするなり、仇敵を討つような面持ちで死合いを望んできた。

 彼がバッカスに恨みを抱くのはわかる。光の団にしてみれば、自分は裏切り者だ。しかし、今なお打倒クダリジナル皇国を掲げているのは彼くらいだろう。


 二年前の反逆の日。

〝光の日〟の決行日。


 光の団は壊滅した。

 文字通り、壊れて、滅びた。


 団長であったヒカリカ=クダリジナルの戦死によって団員は戦意を失い、そんな彼らに救いの手を伸ばしてくれたのが、皇帝だった。


 巷に蔓延する黒い噂とは異なり、彼は懐が深く情に篤い人間だった。

 彼の選択は常に正義に忠実だ。ゆえにバッカスは彼からの命令はどんなものであろうともこなす。皇国に反逆する逆賊と対峙したのなら迷わず殺す。

 ……のだが。


「黙れと言っている」

「……ふぅ。反抗期ってやつか」


 左は琥珀、右は黒檀の、ヘテロクロミア。最後に見たときよりも背丈はぐんと伸び、顔立ちは少年から青年へと変化している。顔や腕には、昔は無かった古傷が幾つも刻まれていた。


 ガルシャは、バッカスにとって息子も同然の旧友だった。


 出逢いは四年前。森の奥で飢餓状態に陥る彼をヒカリカが救ったことで、彼は光の団の一員となった。

 計三回、家族を不慮の事故で失った彼は、孤児院で〝死を呼び寄せる呪われた子〟と呼ばれ、災いが降りかかることを恐れた所長が彼を森奥に捨てたのだそうだ。酷い話である。


 ヒカリカは絶命寸前、フィールにガルシャと共に戦場から離脱するよう命じていた。しかし、彼が孤独である現状を見るに、フィールは旅の途中で息絶えてしまったのだろう。


 浅く息をつき、バッカスは訊ねる。


「これが最後の確認だ。ガル、こっちに来ないか。きっと団長もそうすることを望んでる」


 返事はなく、代わりに剣を振りかぶってきた。

 身を退いて空を切らせ、バッカスは再びため息をついた。


「そうかよ。ならしょうがねぇよなぁ」


 この運命を恨まずにはいられない。

 あの時――ヒカリカが死去する瞬間もガルシャがあの場にいたのなら、彼も自分と同じように皇帝から救済を受けていたことだろう。


 ガルシャが悪人でないことを、親交が深かったバッカスはよく知っている。優しくまっすぐな少年なのだ。

 だから今も、光の団という亡霊に取り憑かれている。恩人であるヒカリカの悲願を遂げるために。悲願を遂げることで、救われた恩を返すために。


 わかっている。

 わかっているが、


「オレは今、皇国を護る聖騎士だ」


 皇国を護るためなら、息子も同然に愛していた旧友だって殺してみせる。


「瞬きに勝りし速さは我が健脚に在り――瞬足しゅんそく


 みことを唱し、バッカスは皇国の敵である少年に猛然と迫る。

 首めがけて横水平に振るった一閃は、しかし彼の命を奪うに至らなかった。


「こいつを避けるたぁやるじゃねぇか。けど、こいつは練習曲エチュードだぜ?」


 それはまるで剣舞のようだった。二対の短剣による流麗かつ的確なコンビネーションにより、ガルシャの表情に徐々に焦燥が滲みはじめる。


 ――天賜てんし

 それは文字通り、天より人が賜った常軌を逸した力を示す。


 バッカスは【加速】の天賜を授かっていた。

 それを活用し彼が編み出した技――天技てんぎのひとつが『瞬足』である。

動きが速くなる、という単純でありながらも強力な天技を駆使し、彼はかつて〝戦車タンク〟の名で皇国から恐れおののかれていた。

 その実力は、剣聖の家系、クダリジナル家の最高傑作と謳われたヒカリカが認めるほどである。


「黙れ! 俺は俺の力でこいつを殺す!」


 バッカスの双剣を梔子色の剣身で防ぎつつガルシャが怒声をあげる。その怒りの矛先はバッカスには向いていなかった。

 はて、彼の近くに戦闘を妨害する死霊でもいるのか。


 彼は天賜により、死霊の視認を可能とする。

 しかし、それだけだ。


 ここまで劣勢に立たされても怪しげな素振りを見せないということは、あの頃から変わらず、天技の会得には至っていないのだろう。


「おいおい、俺との一騎打ち中に意識を余所に向けんなよ。妬いちまうじゃねぇか」


 右手の短剣を逆手に持ち、下から上へと振り上げる。ガルシャは紙一重で回避していた。


 二年前までは、両者の間に途轍もない技量の差があった。しかし、今はその差が埋まっている。それも天技を駆使するバッカスと、辛うじてといった体ではあるが剣を交えている。


(団長、ガルのことはまかせましたよ)


「音に並びし速さの極致は我が双腕に在り――音速おんそく


 手加減して勝てるヤワな相手じゃない。

 最大出力は極めて短い時間しか発動できず、使用後の倦怠感が洒落にならないため、実質最高速にあたる『音速』を以てバッカスはガルシャの命を奪いにかかる。

 狙い穿つは喉仏。


「くっ……!」


 切っ先がわずかに喉元を捉えたが、致命傷に至る前に首を振って軌道から逃げられた。

 やにわに焦点を琥珀の瞳に定め、剣を垂直に振り下ろす。またも見切ったように回避された。


「おいおい、こいつはどんなトリックだ? まるで団長と手合わせしてるみてぇだ」


 彼の動きはヒカリカにそっくりだった。

 彼がより高みを目指すためバッカスではなくヒカリカに師事したいと懇願してきた日のことが頭をよぎる。戦いの最中だというのに寂寞が満ちる。


 クリーンヒットを避けられているとはいえ、趨勢はバッカスに傾いたままだ。

 バッカスの嵐の如き剣戟を、ガルシャは必死の形相で凌いでいる。


 何度も「親父って呼べって言ってるだろ」と責付き、ついにその名で呼んでくれることはなかったけれど、光の団で誰よりも特別だった血の繋がらない息子。


「じゃあなガルシャ」


 後退しつつ反撃の機会を窺っていたようだが、これ以上その消極的な戦法に身を委ねることはできない。なぜなら、彼のすぐ背後に高い崖が聳え立っている。


「万物を凌駕する速さの極峰は我が五体に在り――神速しんそく


 追い込んだ時点でバッカスの勝利はほぼ確定したと言っていいだろう。

 だが、相手はあのヒカリカの一番弟子のガルシャだ。まだなにか隠し持っている可能性がある。ゆえにバッカスは、一縷の反撃の隙さえも与えず彼を絶命させる手段を選んだ。


『神速』は時間さえも置き去りにする。

 ここまでガルシャがどのような手段を用いて攻撃を凌いだのかはわからないが、『音速』で苦戦を強いられていた彼がこの技をいなせるとは思えない。


 しかし、念には念を入れるべきだろう。

 バッカスは天賜に驕らず、技術と経験に基づく必勝の一手をガルシャに放たんと右手を大きく振り上げる。それと同時に左手を突き出し、


「終わりだ亡霊」


 左手の奇襲が届くより早く、ガルシャの剣がバッカスの胸を貫いていた。


「……おいおいマジかよ」


 全身が弛緩し、膝からくずおれる。どうやら的確に心臓を貫かれたようだ。

激しく咳き込み吐血していると、誰かにそっと背中を撫でられた。


「助けるのが遅くなってごめんな」

「……それは俺の台詞だろ。強くなったなガル」

「まだまだだよ。親父が俺に教えた通りの行動を取ったから勝てただけだ」


 片手を振りかぶって相手の注意を引き、その隙にもう片方の手で急所を突く。

 うかつだった。バッカスは隠し技を相手に教えるどころか指南までしてしまっていたのだ。


「……もっと早く親父って呼んで欲しかったなぁ」

「心の中ではずっと呼んでいたさ。人前では恥ずかしくてそう呼べなかったんだ」


 笑った気配がする。今日はずっとガルシャの怒りに塗れた顔しか見ていない。最後くらいは、無邪気に笑う息子の顔が見たかった。

 そう思った直後だった。


「……あぁそういうことか」


 今際の際に至り、バッカスはようやく気がついた。

 狂っていたのは、自分のほうだと。


 バッカスは、なけなしの力を振り絞ってガルシャを抱き寄せた。


「全部思い出したよ。情けない親父でごめんな」

「情けなくなんかねぇよ。バッカスさんはずっと自慢の父親だ」


 最後にその言葉が聞けてほっとした。


 瞳を閉じる途中で、バッカスは暗がりに浮かび上がる銀色の希望を目にした。

 幻影だろうと思いつつも、バッカスは囁くように願いを口にする。


「ガルのこと、頼んだぜ団長」

「うん、確かにまかされた。ゆっくりお眠りバッカス」


 こうしてバッカスは、愛する息子に抱かれてこの世を去った。


 戦地に残る生命の灯火はひとつ。


〝旧友殺し〟の異名を持つ少年は、またひとり、かつての仲間を殺めた罪を静かに胸に秘める。


 ――あと八十三人。


 仲間を殺し切るその日まで、己が積んだ悪徳の贖いを求めるわけにはいかない。


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