熱
真夜中に目が覚めた。身体中が痛くて熱い。
両肩の痛みが、あれは夢じゃなかったと伝えてくる。
右肩を動かすのが怖い。肩が外れた感覚がよみがえる。
左肩は包帯が巻かれてる。薬の匂いがして、ヒリヒリした痛みが絶えずある。
「また、同じになるのかなぁ……」
枕元の水差しからコップに水を入れようとしたけれど、体がだるくて力が入らず、水差しをもちあげることが出来なかった。
お兄さんに会いたい。何かいけないことをしてしまったのなら謝りたい。
起き上がってフラフラと廊下に出た。ホテルの一室だったようで、部屋がずらりと並んでいる。
身体が重く、壁に寄りかかりながら移動する。熱のせいでふわふわと浮いている感覚がある。
私がいたのは一階だったようで、本館と別館を繋ぐ外廊下に出た。壁が無くなってしまったので歩きずらく、夜の風が気持ちいいはずなのに、悪寒のせいで寒い。
庭の奥に馬小屋が見えて、嬉しくて涙が出そうになった。お兄さんの部屋はわからなくてもテトはあそこにいる。
裸足のまま外に出て馬小屋を覗くと、手前の一番広いスペースにテトがいた。
私を見て悲しそうな目をする。
「テト……ここにいていい?」
息が切れて、喉が渇いて、声が掠れてしまう。
テトは私の言った事が分かったのか、馬屋の中で四肢を折ってぺたんと横たわった。
下から這ってテトの元に行き、テトの体に寄りかかって横になる。
「テト、あったかい……」
テトが口に藁をはんで私の体に置いた。何度も何度も繰り返してくれる。
「ふふ、優しい子。もし追い出されても、テトに会わせてもらえるようにお願いして、みる、ね……」
◇◆◇
「殿下!お嬢様がおられません!」
ミリーナが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
また皆が唖然とした顔をする。
「全員不用意に動くな。俺がにおいを辿るからミリーナだけ着いてこい。お前らはここにいろ。紬を見つけても触ることは許さない。女医を待機させろ」
廊下に出ると、まだ新しい番の甘い匂いが残っている。
「つむぎ、どこにいる」
外廊下からにおいの濃い方を見やると馬小屋が見え、すぐにわかった。
「ミリーナ、つむぎは馬小屋だ。テルガードのそばにいるはずだ。すぐ行け。おれは部屋に戻る」
自ら番を迎えに行けない焦燥感で体が燃えるように熱い。いや、紬の匂いに酔っている。暴力的ですらある、甘い、匂い。
「クソっ!!!」
「殿下、お部屋にお戻り下さい!危険です!クロムを戻しております!急ぎ合議を!!」
部屋に戻ると、斥候のクロムがクロードに抱かれて待っていた。
孤児を拾って邸に置いたら、面白がったルースが偵察の仕事を仕込み、ユアンとクロードが接近戦に特化して扱き上げたお陰で優秀な幼い斥候が出来上がっていた。
子供らしい事をさせてやれなかった分感情に疎いが元々の素質が良く、幼いながら今や幹部の一員となっている。
「ラディアンはどうだ」
「お嬢、いないって、さわいでる。オオカミより、おいしゃ、おんな、へん」
「ここ数日は私の判断でそちらに張り付かせております」
ユアンの言葉に頷いてみせる。
「分かった事は?」
「お嬢の髪で、香水、作ってた。それで、おおかみ、騙した」
「そんなもんで騙されるかよ、あの匂いは特別だ。他人の匂いと混ざればすぐ分かる」
「オオカミ、気付けなかった。主ほどの格じゃないから……?けど、匂いの濃さ、分かってたみたい」
「匂いの濃さが分かっていながら、何故……?馬鹿なのでしょうか」
「だから第二の番なんだろ。女自ら身を引くと言ったそうだ。身を引くから満足させてほしいとな。どうせわざとだろ」
「やはり馬鹿としか言いようがないかと」
「香水、カルテ、盗んだ。ユアン兄、あげりゅ、ぼく、眠い」
「香水はあといくつ残っていた」
「三つ。けど、多分、効果、薄れてる。女、きづいてない」
「ヴィクトランの駄犬が気づくのも時間の問題だな。俺の問題を早く解決しないと紬を守れない」
「つむぎ嬢と早急にお体を繋げる必要があります。お体を繋げて番えば、暴力的な飢餓感は無くなるはずです。程度の差こそあれ、番に出会った場合同じような事が起こるのは周知の事。あなた様の獣性が高すぎるのが問題なだけで」
ユアンの言う事はもっともだ。俺もそれは分かっている。自分の獣性に腹が立つ。
「ああ分かってる。だが今近づいたら紬が危ない。詰んでる」
「エルダゾルクから出て体を繋げても、エルダゾルク神はみとめてはくれないだろうなぁ」
クロードが肩を落として言う。
「それはそうだろうな。エルダゾルク国家内で番う必要がある。エルダゾルク神が繋げてくれた縁だ」
「クロムの持ち帰ったつむぎ嬢のカルテですが……血液検査のための採血を最初にしておりますが結果が無い。血液も香水に使われているのか、検査に出しておきます」
ユアンが長椅子に座りパラパラとカルテをめくり、その横でクロムがスヤスヤとねむっている。
左でカルテをめくり、右手はクロムの頭をなでている。
「血液か——。紬の血をヴィクトランに摂取させたか……?紬が真っさらな女なのは血液を使って馬鹿犬の獣性を押さえ込んだせいか……?」
「可能性は高そうだね~でも今の状態のツムツムから血は取れないよね~、ヴィクトランに使ったのより何倍も必要だろうし!」
ルースの指摘に眉間に皺が寄るのが分かる。幸せにしてやりたい大切にしたいと思っても、俺のせいで紬が弱り、傷ついていく。辿々しく俺に気持ちを返してくれた紬の顔が頭から離れない。
命より大切なものが、自分によって殺される。




