再会
アメンナクテのもとに息子ハレムイアの忘れ形見であるアルウとムテムイアが来ると、アメンナクテは再び工具を握り二人の孫のために工房を再開した。
父親の死後、アルウは貧しくて職人の勉強をすることができなかったが、アメンナクテが石像の造り方を教えてみると、アルウは瞬く間に原石から見事な石像を制作してみせた。
感受性の豊かさ、感性の鋭さ、手先の器用さは父ハレムイア譲りだった。
アメンナクテは、もう昔のように頑固に自分のやり方を孫に押しつけることはしなかった。息子ハレムイアの独創性を理解しようともせず、息子を頭ごなしに否定し才能を潰してしまった愚かな過ちは繰り返すまいと誓ったのだ。
アメンナクテはエジプトの緻密な計画と設計にもとづいて制作される伝統芸術の技法をアルウに学ばせつつも、その中にアルウの独創性を織り込んでいく制作手法を教えていくことにした。アルウの才能を出来るだけ多く見つけ、多く引き出し、大切に育て伸ばす。小さな芽は大切に育み、大きな芽はさらに大きく伸ばす。やがてどの才能も見事な大輪の花を咲かせるように。
再び王宮付属の職人学校に通い始めたアルウは、生まれ変わったように猛勉した。彼はエジプトの伝統的な美術の技法を完璧に習得し、ヒエログリフ、ヒエロティを書記並みに自由に読み書き出来るようになった。さらに数学、物理、化学、天文学はおろか政治、歴史、宗教に至るまでの幅広い学問を身につけたのだ。
妹のムテムイアはというと、とても優しくて思いやりのある娘だったので、いつも母親の野菜売りや、祖父と兄の仕事の手伝いを一生懸命した。もちろんアメンナクテは時間が許す限り、ムテムイアの心が癒えるようにと緑のオアシスに連れ出したり、神殿のハープや笛の演奏会に連れ出したりした。そしてアルウと同じように、読み書き算術を教え、世の中を生き抜くために必要な知識と教養を身につけさせようとした。それは孫娘に知性と教養が高く、愛が大きい、思いやりの深い人間になってほしいという、アメンナクテの強い思いのあらわれだった。
アルウがアメンナクテのところに来て数ヶ月後、彼は急に思い立って、ナイルの辺の、昔、ティアとよく遊んだ場所に出かけた。
ナイルの辺に生い茂る、ロータスや葦やパピルスの草花、思い出の椰子の木。
その場所は、昔、父親と一緒に来た場所。あの黄金のオシリスを発見した場所。そして運命の女性、ティアと出会った思いで深い場所だ。
「ティア、元気にしているかな……あのアマルナの石像をいつか作ってみたい」
ティアのことを思い出す度に胸がドキッとする。
アルウは思い出の椰子の木陰にゆっくり腰をおろし、エメラルド色に輝くナイルを眺めた。
「アルウ」
そのとき、背後の土手の上から懐かしい声がした。
「……」
振り返るとそこに、白く透き通るようなカラシリスを身にまとった少女が立っていた。
「ティア!」
アルウは驚き、思わず立ち上がった。
「アルウ!」
ティアは椰子の木陰に立つアルウのところまで駆け下り彼に抱きついた。
「わっ!」
ティアの勢いで、二人は抱き合って砂の上に倒れた。
「心配したのよ」
「ご、ごめんね」
「謝らないで。嬉しいの」
「僕も嬉しい」
二人はそのままの動かず、お互いを確かめ合うようにじっとしていた。
しばらくしてティアが落ち着くと、
「座ろう」
そう言ってアルウはやさしく微笑んだ。
「うん」
ティアも小さく頷き、二人はゆっくり起き上がる。
「いつも思ってた」
アルウが微笑みながらティアの瞳を見つめる。
「あたしも」
ティアも黒く大きな瞳を輝かせ微笑む。
「離れていた間も、ずっとアルウと一緒だったような気がする」
「僕も。なんだか毎日ティアと会っていたような気がするよ」
「不思議ね」
「うん」
「あたしたち、ずっと思い合っていたのね」
ティアがちらとアルウの顔を見る。
「きっとそうだね」
アルウもにっこり微笑む。
ティアは幸せそうに前を向き小さな頭を彼の肩に静かに傾けた。
近くの川辺から水の流れる音に混じって、女達が洗い物をしながら楽しそうに会話したり水を汲んだりする音が響く。
遠くの対岸には漁師達が声を掛け合いながら網を引く姿や、子供達が裸で水遊びをしてはしゃいでいた。時折、二人の目の前を帆掛け舟が沢山の荷物を積んでゆっくりと横切る。
「もう何があっても黙って姿を消したりしないって約束して」
「う、うん」
「あなたが家を追い出されたり、警察に捕まったりしたこと、ずっと後になって知ったの」
「……」
「あたしに出来ることなんて殆ど無いけど、あなたの役に立ちたかった。だからあなたがあたしに何も言わずに姿を消した時、とても辛かった」
「ごめん」
「ううん。責めているんじゃない。あなたの苦しみに気づけなかった自分が情けないの」
「そんなことないよ」
「あたしがもっと大人だったら」
「……あの頃、僕は泥棒してたから、情けない気持ちや後ろめたい気持ちが一杯で、君に合わせる顔がなかった。だから君になにも言わず姿を消したんだ」
「でもそれはお母様やムテムイアを守るためにしたことでしょう。もしあたしがアルウと同じ立場だったら同じようにしていたわ」
「ティア……」
アルウは愛に満ちたティアの言葉に胸がとても熱くなった。
「これからはずっと一緒よ」
ティアはそう言ってアルウの首にしがみつき、彼の頬に小さく接吻した。
それから二人は手を握り合い日が暮れるまでナイルの辺でじっとしていた。




