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第9話 胃袋から始まる永遠の愛

 王宮の使者を物理的かつ圧倒的な威圧感で追い返してから、数日が経ったある日のこと。


「王宮の連中から親書が届いたぞ。……要約すると、『国境の防衛・人事・予算の全権を紅蓮騎士団に譲渡するから、どうか国を見捨てないでほしい』だそうだ」

「つまり、完全勝利ってことッスね! よっしゃああああっ!」


 レオンハルト団長の言葉に、砦の食堂は割れんばかりの大歓声に包まれた。

 無理もない。防衛の要である紅蓮騎士団に見放されれば、王都はあっという間に魔物の手に落ちてしまう。本物の聖女が魔力切れで倒れ、防衛線が崩壊寸前の王宮には、もはや私たちの要求を丸呑みにして和解を乞う以外の道は残されていなかったのだ。


「これで、もう誰にも文句は言わせない。ユイは正真正銘、俺たちだけのものだ」

「はいっ! これからも皆さんの胃袋は、私が責任を持って満たし続けますよ!」


 私の宣言に、騎士たちの熱狂は最高潮に達した。

 というわけで、今夜は王宮の干渉を完全に断ち切ったことと、私を守り抜いてくれた皆への感謝を込めた『特大祝勝会』である。


「さあ、今日は私のお料理の集大成、ガッツリ系フルコースですよ! どんどん食べてくださいね!」


 私が次々と配膳台に料理を並べていくと、腹を空かせた猛者たちの目が一斉に輝いた。


「うおおおおっ! なんだこの分厚い肉は!?」

「『ギガントボア』の極厚ステーキ、特製ガーリックオニオンソース掛けです! お肉の筋切りを徹底して、浄化で柔らかく仕上げました!」

「こっちの揚げ物は……サクサクなのに中から濃厚なクリームが溢れてきやがる! 美味すぎる!」

「それはカニクリームコロッケです! あ、山盛りエビフライのタルタルソース添えもありますから、喧嘩しないでくださいね!」


 私が腕によりをかけた料理の数々に、荒くれ者たちは涙を流して大歓喜している。


「美味えっ、美味えよぉぉぉ! 生きててよかったッス!」

「ユイちゃん、結婚してくれーっ!」

「おいコラ抜け駆けすんな! ユイちゃんは俺の嫁だ!」

「馬鹿野郎、ユイは俺たち紅蓮騎士団全員の女神だろうが!」


 大盛り上がりの食堂で、ジョッキを片手にバカ騒ぎする騎士たち。

 そんな彼らを笑顔で見守っていると、不意に、横からスッと大きな手が伸びてきて私の手首を掴んだ。


「だ、団長?」

「……少し、夜風に当たろう」


 いつも通りの無表情なようでいて、少しだけ耳の先を赤く染めたレオンハルト団長に引かれ、私は静かな中庭へと連れ出された。


 ◇ ◇ ◇


 食堂の喧騒が遠く聞こえる中庭は、青白い月明かりに照らされてとても静かだった。


「団長、どうしたんですか? お料理、お口に合いませんでしたか?」

「いや、最高に美味かった。……美味かったからこそ、俺はもう、自分の中にある感情を抑えきれそうにない」


 団長は立ち止まると、静かに私の方へ振り返った。

 その氷のように冷たくて美しい青い瞳が、今は熱を帯びたように真っ直ぐに私を見つめている。

 夜風が吹き抜け、団長の銀髪がさらりと揺れた。


「ユイ。お前が来てから、この殺伐とした砦は変わった。ただ生き延びるために『エサ』を食らっていた俺たちが、お前の『メシ』のおかげで『明日を生きる喜び』を知ったんだ」

「そんな、大げさですよ……。私はただ、皆さんに美味しいご飯を食べてもらいたくて」

「大げさなものか。俺にとっても同じだ。無味乾燥だった俺の日常が、お前の作る温かい飯と、その太陽のような笑顔で、鮮やかに色づいてしまった」


 団長は一歩、また一歩と私との距離を詰める。

 そして私の目の前まで来ると、なんと——静かに片膝をつき、私の右手を取ったのだ。

 騎士が主君に忠誠を誓うような、最上級の礼。


「だ、団長……っ?」

「他の奴らが気安くお前にプロポーズの真似事をするのを見るだけで、俺の中で黒い感情が渦を巻く。お前を誰にも渡したくない。俺だけのものにしたいと、そう思ってしまうんだ」


 心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる。

 彼の手の温もりが、私の指先から全身へと伝わっていく。


「お前の飯がないと、俺の体も心も満たされない。……一生、俺の専属料理人として、そして妻として、俺の側にいてくれないか」


 月明かりの下、最強の騎士団長から紡がれた、あまりにも重くて、不器用で、世界一甘いプロポーズ。

 私は、もう迷う理由なんてなかった。

 理不尽に国を追放されて、どん底だった私を救ってくれたのは彼らだ。

 そして、私を女性として、一人の人間として、こんなにも真っ直ぐに愛してくれる人は、彼しかいない。


「……はいっ。私のご飯でよければ、一生、団長のために作らせてください。……あなたの妻として」


 私が涙ぐみながら満面の笑顔で頷くと、団長の顔に、これまで見たこともないような、とびきり優しくて幸せそうな微笑みが広がった。

 彼は立ち上がると、私の腰を強く引き寄せ、そのまま壊れ物を扱うようにそっと抱きしめる。


「愛している、ユイ。……俺のすべてを懸けて、お前を幸せにする」

「私もです、レオンハルト様……っ」


 温かい腕の中で、私は至福の喜びに包まれていた。


「あ、そうだ。二人で食べようと思って、特別なデザートを持ってきたんです」


 私は抱きしめられながらも、エプロンのポケットからこっそり持ち出していた小瓶を取り出した。


「デザート……?」

「はい! 甘くてなめらかな、特製カスタードプリンです! あーんと口を開けてください!」

「……お前は本当に、花より団子だな」


 団長は呆れたように笑いながらも、素直に口を開けて私の差し出したスプーンを受け入れた。


「ん……美味い。だが、」


 彼は私の手首をそっと引き寄せると、その顔を私の顔に近づけた。


「俺は今、それよりも甘いものが欲しいのだが……ダメか?」


 至近距離で囁かれた甘い声に、私は顔を真っ赤にしながら目を閉じた。

 月夜の中庭で分け合う、二人だけの甘い時間。

 追放された元OLの私は、極上のまかない飯と少しのチートで、最強の騎士団長からの重すぎる溺愛と、一生の幸せを掴み取ったのだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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