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第1話 地味なスキルと理不尽な追放、そして紅蓮の猛者たち

「回復魔法も使えない偽聖女など、我が国には不要だ! 今すぐ王宮から出て行け!!」


 玉座の間に響き渡ったのは、この国の王太子による無慈悲な追放宣告だった。


「え……? 不要って、私、勝手にこの世界に呼び出されたんですよ!?」


 元OLである私、ユイはたまらず声を荒げた。

 当然の主張だ。昨日まで日本のオフィスでエクセルと格闘していたのに、いきなり光に包まれたと思ったら「世界を救う聖女様!」と持て囃されたのだ。

 なのに、神様から授かったスキルが、キラキラした『治癒』や『聖光』ではなく、地味極まりない『浄化』だったと判明した途端、この手のひら返しである。


「ええい、やかましい! かすり傷一つ治せぬポンコツ女が聖女を騙るとは不敬極まりない! 着の身着のまま追放してくれるわ!」

「いや、だから騙ってないって言って——」

「衛兵! この小汚い女を国境の荒野に放り出せ!」


 弁明の余地すら与えられず、私は屈強な兵士たちに両脇を抱えられ、あっという間に王宮からつまみ出されてしまった。


 ◇ ◇ ◇


「はぁっ……はぁっ……っ、嘘でしょ、本当に何もないんだけど……」


 吹き荒れる砂埃。見渡す限り続く荒涼とした大地。

 無一文で国境地帯に放り出された私は、丸三日、あてもなく歩き続けていた。

 喉はカラカラで、お腹は背中とくっつきそうなくらい鳴っている。

 元々インドア派の限界OLだった私に、異世界の過酷なサバイバルなどできるはずがない。


「神様……スキルをくれるなら、せめて水と食料を出せるやつにしてよぉ……」


 フラフラと覚束ない足取りで愚痴をこぼした瞬間、ガクッと膝から崩れ落ちた。

 もう、一歩も動けない。

 視界がぐにゃりと歪み、冷たい土の感触が頬に伝わる。

 ああ、私、このまま誰にも知られずに死んでいくんだ。異世界まで来て、餓死と過労死のコンボなんて笑えないなぁ……。

 薄れゆく意識の中、最後に脳裏をよぎったのは、実家の母が作ってくれた温かい白米と豚汁だった。


「お腹、すいた……」


 ◇ ◇ ◇


「おい、しっかりしろ! こんな所で寝てたら死ぬぞ!」

 野太く、そしてやけにドスの効いた声で意識が引き戻された。


「……ん、ぇ……?」


 重い瞼をこじ開けると、そこには、視界を完全に塞ぐほどの巨大な『壁』があった。

 いや、壁じゃない。人だ。

 熊のように大柄な体躯。全身を覆う黒鉄の重鎧。そして何より、顔の半分を占めるような痛々しい傷跡と、こちらを射抜くような鋭い三白眼。


 ヒッ……!

 恐怖で声も出ない。山賊? それとも魔族?


「おいザック、死にかけの女をそんな怖い顔で覗き込むな。余計に寿命が縮むだろうが」

「なんだと!? 俺はこれでも精一杯の心配顔を作ってやってるんだぞ!」

「それが怖いって言ってんだよ」


 言い争いながらも、もう一人の強面の大男が私の口元に水筒を当ててくれた。


「ほら、ゆっくり飲め。むせるぞ」

「あ、がっ……ゴクッ、ゴクッ、ぷはぁっ!」


 生ぬるくて少し土臭い水だったが、今の私にとっては命の雫だ。


「あ、ありがとう、ございます……」

「喋れるくらいには回復したか。ほら、これも食え」


 ザックと呼ばれた顔に傷のある大男が、無骨な手でゴトッと何かを差し出してきた。

 それは、石のようにカチカチに硬い黒パンの欠片だった。


「……っ、んんっ……!」


 硬い! そしてパサパサ! 口の中の水分を全部持っていかれる上に、なんだか酸っぱい!

 でも、背に腹は代えられない。私は涙目でその黒パンを必死に咀嚼し、胃に流し込んだ。


「なんだお前、そんなマズい携帯食を泣きながら食うなんて……よっぽど腹が減ってたんだな」


 ザックさんが、その凶悪な顔を少しだけ歪めて、気の毒そうに私の頭をポンポンと撫でた。力加減が少しバグっていて首がムチ打ちになりそうだったが、その手はとても温かかった。


「俺たちは『紅蓮騎士団』のパトロール隊だ。こんな国境の最前線で女が一人なんて尋常じゃねえ。とりあえず、俺たちの砦で保護してやる」

「紅蓮、騎士団……?」

「ああ。魔物討伐を専門にしてる、血の気の多い野郎ばかりの部隊さ。ま、安心しろ。見た目は怖いが、誰も取って食ったりしねえよ」


 そう言って豪快に笑う彼らの背中には、紅い炎を象った紋章が刻まれていた。


 理不尽に国を追放され、死にかけていた私を救ってくれたのは、泣く子も黙るという国境の猛者たちだった。

 これからどんな恐ろしい生活が待っているのかと震えていたけれど……まさか、私が彼らの胃袋を完全に掌握することになるなんて、この時の私は知る由もなかったのだ。

第1話をお読みいただきありがとうございます。

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