第2章・第7話 真面目な話
「まあ、久しぶりの感動の再会はここまでにして」
「感動はしていません」
サン・ジェルミの言葉を即座にアイナは否定する。
「うん、本当にここから真面目な話なんだけどね。
どうやら軍部がまた動き出しているらしい」
唐突に話を変えたサン・ジェルミに、兄弟は即座にはついていけなかった。
が、アイナは違っていた。その内容に眉をひそめる。
「執拗にうちを訪れては、軍部へ来いと言っていますが、それだけではなく?」
サン・ジェルミは目を細め、冷たい声で続けた。
「ああ、アイナ、君を、また使おうとしている」
「……話を聞きましょう」
アイナも真面目な顔になった。
「今度は、おそらく政治闘争や、情報戦だね」
「私が向いているとは、とうてい思えませんが…」
言葉を濁すアイナだが、それを言ったらアイナは政治は言うにおよばず、軍事にも向いていない。
象牙の塔にこもって、研究に没頭している以外に似合う姿が思いつかない。
「向いていなくても、彼らにとって利用価値がある、だから、君は道具として駆り出される」
アイナは額に手をやり、深く深くため息をついた。
アイナの錬成は、心を折る。
沈んでいく感情と思考能力は、下手をすれば指導者すら何もできなくなるだろう。
兄弟たちは二人とも、その感情錬成を受けたことがあるため、わかる。確かに、戦争でなくとも、利用価値はあるだろう。
ディータも、やりきれないように息を吐く。
「なまじっかな戦争よりも陰湿になるだろうね。
相手国に直接手を汚さずに損害を与えるには、最適の兵器だからね。
――弱体の錬金術師さん」
サン・ジェルミの、その言葉に全員が眉をひそめる。
「だからね、一緒に軍部を壊そう。アイナ。
君をまた“兵器”として扱おうとする連中は、一人残らず許しておけない」
微笑みながら言い放ったその言葉に、空気が凍りつく。
そして、どこか空虚な笑みを浮かべて、空を見上げた後、ポケットから一枚の紙切れを取り出す。
差し出されたそれは、破れかけた報告書の一部だった。
『旧・特殊軍人、No.07(アイナ)について。
現状は地方にて非戦闘行動中。
感情術式の安定性は確認済み。
現在、対外的影響工作における再適用を検討。
第三部局が接触を試みるものとする。』
「……いつまで経っても、私は“ただの錬金術師”には、なれない、ということですか……」
アイナの言葉を聞きながら、サン・ジェルミはその紙を再びポケットにしまい込んだ。
「あの芸人――あれは僕の弟子であり、密偵なんだけどね、数日前に、あの子がつかんできた情報さ」
「ああ、そういえば、さっきの芸人」
アイナは思い出したように言った。
「彼が見せていた胴の細長いキツネのような生き物、あれは合成獣ではないのですか?」
今までの空気を壊し、己の聞きたいことを言うアイナに、サン・ジェルミは腹を抱えて笑い出した。
「さすがアイナ! 今、このタイミングで、その話をするか!」
アルノーも、ディータも、うーん…と目をつぶっている。
「エリサは細いぬいぐるみを糸と指で操っているのではないか、と思っているようですが。
糸と指で動かすことのできる範囲外も行動していたので、あれは行動範囲が極端に狭い生き物ではないか、と。
そして、あのような生き物は見たことが無いので合成獣かと」
「さすがアイナ、動きをよく見ている。
けれど惜しいね、合成獣ではなく、親指くらいの大きさの人造人間さ。
作ったのは弟子の、あの子だよ」
「人造人間…? それにしては…」
「ああ。あれはぬいぐるみの頭付近に入っているんだ。
胴から尻尾までは弟子が動かしていた」
「ほぉ……その、ぬいぐるみの作りに興味がありますね」
「今度見せよう」
話がどんどん関係のない方向へ転がっていっている。
「その話はあとにしようよ!」
アルノーの声に、ああ、とサン・ジェルミは笑った。
アイナも、まあ、そうですね、と頷いた。
「それにしても、軍部はしつこいですねえ……。
いいでしょう、わかりました、”人造人間の”。
あまり気は進みませんけれども、軍を潰すのを手伝いますよ」
「いいねえ、アイナ、そうこなくちゃ」
微笑みながらアイナを見るサン・ジェルミだが、アイナは、わかっていない。
眼差しの優しさを……。
「日数的に、どれぐらいかかるでしょうね……」
アイナの呟きに、どうだろうねえ、とサン・ジェルミも呟く。
「この船に大道芸人として乗っていた僕の弟子、あのような存在がすでに相当数、軍内部に入っている。
特殊軍人ではなかったとしても、軍に不満を持つ錬金術師や技術者は多い。
彼らの手もあるから、アイナの予想以上には早いと思うよ」
「そうですか…というか、いつから計画してたのですか」
「さあね」
「その分だと、軍がなくなった後の機関の事も考えていますね」
「どうだろうね」
のらりくらりとかわすサン・ジェルミに冷たい視線を落とすアイナ。
彼女は少しの間何かを考えていたが、ディータとアルノーへと視線を向けた。
「一度、あの町に来た事があったのですよね。でしたらば、申し訳ありませんが、エリサの事を、あの町まで送って行ってもらえないでしょうか」
「それは構わないが……、送っていくだけでいいのか?」
ディータにそう聞かれ、アイナは、ええ、とりあえずは、と頷いた。
「”合成獣の”と一緒にいてもらいます。
彼女の家なら、隠し地下の5つや6つあるでしょうから」
あー、あの本だらけの家の……
と兄弟は思い出していたが、地下?と首をひねった。
「え?地下? ノーラの家に地下? なんのために? 読まなくなった本を所蔵するため?」
アルノーの問いかけに、アイナは答えなかった。
「まあ、入り口は本をどかさなければ出てこないかとは思いますが……」
「いや、アイナ、ねえ、どうして隠し地下……?」
アルノーの問いは、ことごとく無視される。
「ノーラも、一応は特殊軍人だったからねえ」
と遠い目をしているサン・ジェルミ。
これは深く聞かない方がいいのか……?
とディータもアルノーも、それ以上は聞かなかった。




