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プロローグ

 俺の名前はカイル。この世界では、いわゆる「勇者」と呼ばれている。幼い頃から剣を握り、村の期待を一身に背負って鍛えられてきた。その結果、俺は確かに強くなった。魔物を倒し、冒険者としての名を馳せ、ついには魔王を討つための旅に出ることになった。


 長い旅路の末、俺と仲間たちはついに魔王城にたどり着いた。


 これまでにない緊張感が僕を包んでいた。仲間たちと共に、遂にこの瞬間がやってきたのだ。魔王を討伐するための最終決戦が目前に迫っている。心の中で何度も自分に言い聞かせる。「これは僕の使命だ。平和を取り戻すための戦いなんだ」と。


 城の大門をくぐると、内部の空気はひんやりとしていて、周囲には静寂が広がっていた。まるで、この場所が僕を待っていたかのように。ただの敵として立ちはだかる魔王の娘・リリスの存在を知るまで、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。


 戦闘が始まった。彼女が姿を現した瞬間、目を奪われた。美しさと力強さを併せ持つ彼女は、まさに魔王の娘だった。銀髪が月明かりに銀糸のように輝き、深い青の鎧が彼女の動きを引き立てる。


 彼女は鋭い目で僕を見つめ、口元には冷ややかな笑みが浮かんでいた。

 「勇者カイル、私を倒せると思っているの?」

 彼女の声には自信が満ち溢れ、まるで僕を挑発しているかのようだった。


 戦闘が始まった。剣を構えた瞬間、彼女─魔王の娘リリスが、すでに俺の前に立っていた。その動きはまるで風のようにしなやかで、瞬く間に間合いを詰めてくる。俺は咄嗟に剣を振り下ろしたが、彼女は軽々とかわし、逆に鋭い一撃を繰り出してきた。


 剣が触れ合う音が響くたびに、リリスの動きはまるで舞を踊るように滑らかで、恐ろしく正確だった。俺は必死に防ぐが、振り下ろされる一撃一撃に体ごと押し戻されていく。


「くそっ……まただ……!」


 何度目の戦いになるだろう。彼女とはすでに何度も剣を交えてきたが、どうしても勝てない。毎回同じ結果だ。リリスの技に圧倒され、俺は彼女の強さを実感するだけの無力さを味わわされる。


 剣が重く感じる。気づけば、仲間たちは全員倒れていた。勇敢に戦ったが、リリスの圧倒的な力の前には、誰もがなす術を失っていた。俺一人がこの場に残り、リリスと向き合っている。


「やっぱり、あなたには無理ね。カイル。」


 彼女の言葉は冷たく響いたが、その瞳にはわずかな哀れみが見えた。俺は無意識に剣を握り直す。立ち向かう気持ちはまだ残っているはずだ。

 

 剣を交えるたび、リリスの鋭い攻撃が僕の防御を軽々と貫いていく。彼女の剣さばきは、まるで流れる水のように滑らかで、どこか美しさすら感じさせる。僕はそれを必死に防ぎながらも、ある種の無力感に囚われていた。


「さすが魔王の娘……簡単にはいかないな。」


 一瞬の隙を見つけ、僕はなんとか距離を取ろうとしたが、すぐにリリスが間合いを詰めてくる。もう息も絶え絶えだ。何度戦っても勝てる気がしない。


 僕は思い切って戦法を変えてみることにした。リリスに直接勝つのではなく、彼女に心を開かせる作戦だ。勇者である僕が、敵である彼女を口説く。正直言って、こんなことは初めてだ。


 リリス――魔王の娘であり、強敵。だが、今目の前にいる彼女を見ると、その冷たい美貌に、つい視線が吸い寄せられる。彼女は僕をにらんでいるが、どこかで少しでもその気持ちを変えられないかと考えてしまう。


「よし、まずは話してみるしかないな。」


 自分で言うのもなんだが、そこそこイケメンだ。見た目には自信があるし、勇者という肩書きもあって、今まで助けた町々では感謝され、さらに「勇者補正」も効いて、そこそこモテた。町ごとに恋人ができるくらいには。


 ……でも、そんなものは彼女には通用しないだろう。リリスはただの美しさだけでなく、圧倒的な強さを持っている。それだけで彼女に魅了されてしまうのも仕方ないが、どうやって彼女と「仲良くなる」か。それが問題だ。


 だが、まずは仲良くなることが最優先だ。彼女の信頼を得ることが、最初の一歩だと思う。剣を向け合っている今この瞬間、彼女の心に何かを刻み込めるだろうか?


「リリス、ちょっと思ったんだが、こうやって戦い続けるのも疲れるよな。どうだ、一旦休んで、腹ごしらえでもしないか?」


 彼女の眉が少し動いた。まるで信じられない、という表情だ。そりゃそうだ。戦闘の真っ只中にこんなことを言うなんて、誰も予想しないだろう。


 

「……は?」リリスの声は冷たく、疑いの色が濃かった。「そんなことを言って油断させようとしているのか?」


 僕は思わず笑ってしまった。彼女にしてみれば、確かにそう思うのも無理はない。戦闘中に敵から食事の誘いなんて、普通は聞くはずもない話だろう。


「いやいや、そんなつもりじゃないさ。ただ腹が減っただけだ。それに、お前との戦いの後だし、少し休憩しようってことさ。」

 

 僕は軽く笑って、できるだけ自然に振る舞った。彼女を口説くつもりなら、焦りは禁物だ。まずは心の壁を崩すことから始めないと。

 

「食事をしながら、何を企んでいるんだ?」リリスは鋭い目つきで尋ねた。


「企む?何もないさ。ただ、戦ってばかりじゃ疲れるだろ?たまにはメシを食いながら、少しリラックスしてもいいんじゃないかって思っただけだ。」


 リリスはしばらく僕をじっと見つめていたが、やがて深くため息をついた。


「お前、本当に妙なやつだな。こんな時に食事の話を持ち出すなんて、常識がないのか?」


「常識?そんなもん、戦場じゃあまり役に立たないだろ?」


 そう言うと、リリスは少し黙り込んだ。彼女は再び剣を構えることなく、ただ立ったまま僕を見ている。その冷たい視線の中に、ほんの少しの興味が混ざっているのが分かった。


「……本気で言ってるのか?」


「もちろんだ。俺はお前と真面目に食事がしたい。腹が減っては戦もできないって言うだろ?」


 リリスはまた少し困惑した様子を見せた。おそらく、彼女もこの状況が理解できていないのだろう。しかし、僕の余裕ある態度に、彼女は微妙な変化を見せ始めていた。


「分かった。ただし、一度でも変な動きをしたら、即座にお前を斬り伏せる。」


「それでいいさ。じゃあ、行こうか?」


 剣を腰に戻し、僕は彼女と並んで歩き始めた。


 よし、ここからだ。少しずつ距離を縮めていくんだ。



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