いらっしゃいませ、ソウさん。本日もよろしくお願いします
その後の第6の街での探索だが、特筆すべき事が何もなかった。マリッサに言われた通り商業ギルドで依頼を受けてみると毎日定期便で荷物の往復をしているので、その護衛をするだけだ。たまに出てくるサンドワームとサンドシャーク、サンドスネークは倒した者の取り分なのでそういうのは可能な限り倒していった。護衛の仲間に来訪者がいるが、俺達に絡んでくる事はなかった。むしろ距離を取られた、悲しい。そうして休日の午前中。いつものように巻き藁を殴ってゲーム内が朝になってからログインを行う。いつも通り本拠地の玄関で3人と合流して第6の街へと移動、商業ギルドに挨拶する。
「いらっしゃいませ、ソウさん。本日もよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
すっかり顔なじみとなった商業ギルドの受付のお姉さんと挨拶をしていつもの護衛の集合場所に行く。そこには既に商人の馬車列と護衛が集まっていた。その中で今回は珍しく顔見知りがいた。
「あれ、ロリコンのゲンザーじゃないか」
「あ、どうもソウさんお久しぶりです。ネスティフさんは相変わらず素晴らしい」
「この人に褒められたくないんだけど」
『電脳遊戯倶楽部』の常連でロリコン変態紳士のゲンザーだ。そういえば第6のハーフリング専門の娼館に通っていると言っていたな。そして店に定期的に砂漠素材を卸している取引相手だ。確かにこいつがいてもおかしくはない。というかネスは毎回こいつに会うと拳を握ってしまうのだ。まぁロリコンに褒められるというのは即ちそういう事だから仕方ない。
「お前一人で参加か?」
「えぇ普段はパーティ組んでますが今日は一人で活動しているので。今日はよろしくお願いしますね」
「あぁよろしく。普段のパーティメンバーはどうしたんだ?」
「今頃娼館で文字通り寝てます」
「あぁそういう仲間なのね」
なるほど納得だ、こいつのパーティメンバーは娼館仲間か。ボリマンも娼館仲間と組んで金を稼いでいたからな、そういう事も多いんだろうと思う事にした。そうして俺達がゲンザーと話していると、急にゲンザーがネスと俺の間に移動してくる。なんだと思ったら俺達に小声で囁いてきた。
「ハリンツが来ました」
ハリンツ、少し聞き覚えのある名前だと思っていたら、ネスが酷く驚いた顔をする。それで思い出した、ボリマンの言っていた昔のネスの仲間だ。確かマリッサ情報では第6の娼館の相当な常連だとか。あぁそうか、それならいても不思議じゃないのか。だがなぜ今日に限ってこんな風に巡り合わせるのか。
「マリッサへの情報提供はお前が?」
「えぇそうですよ」
「そうか、感謝する」
なるほど娼館通いのゲンザーなら同じく娼館に通っている奴の事が分かっても不思議じゃないか。さすが変態紳士の情報網だ。ネスはその事に一旦深呼吸をしてから、覚悟を決めた表情をしていた。うん、これなら大丈夫だろう。そうして俺達の前に男5人のパーティが現れる。その内の一人、長剣を腰に帯剣した男が視線をぐるりと一周させてから、ネスを見て目を見開いた。しかし彼は、何も言わずに横を向く。ネスも特に何も言わず、彼から視線を外した。ま、それならそれでいいんじゃないかな。ハリンツは他のメンバーと会話をし、俺達もメンバーとゲンザーと会話をする。するとそこに今回の商隊のリーダーがやってきた。
「護衛の皆さんお待たせしました。本日はよろしくお願い致します」
リーダーはそれだけ言うとすぐに馬車の御者台へと乗り込み馬車を走らせる。それに続いて10台の馬車が移動を開始した。その左右に俺達護衛が配置される。馬車はゆっくりとオアシスへと向かう。俺達4人のパーティにゲンザーが混ざり現在5人で組んでいる。ゲンザーの獲物は、ハーフリングなのに身の丈に合わない大剣だ。
「小さい子が巨大な武器を持っているのって萌えるんですよ」
と言っているがその心理はあまり理解できなかった。それが萌えなのか。それはともかく、商隊は東に進み砂漠に入って一時間。順調に進んできたと思ったが、ここで思わぬトラブルが発生した。前方からかなりの素早さでやってくるのは20体程の赤い影。サンドアントだ。
「商隊は止まれ!敵だ!」
俺が声をかけ俺達は一斉に前に出てその敵を待ち構える。他の護衛達も俺達に続いて商隊の前へと飛び出した。そうして他の護衛にも見える程度の距離に近づいてきたが、やはり相手はサンドアントだった。
「おかしいです」
「あぁ、おかしい」
ゲンザーの言葉に頷く。砂漠慣れしているゲンザーがおかしいと言うならこれはもう間違いないだろう。そう思いつつ、今は目の前の事に対処する。
「いくぞ!」
そう言ってから飛び出す。俺の後方から魔法が飛んできてサンドアントに命中するが、それでサンドアントは確殺できていない。しかし少しだけ怯んだか。そこに飛び込み拳を振るう。ネス、リフレ、フタバもそれぞれ獲物で殲滅しながらその抜けた奴をゲンザー達が仕留める構図となった。20体のサンドアント、今まで出会った中で一番多い数だがそれでもサンドアント程度だ、それほどでもない。10分程で俺達は殲滅を完了した。周囲を見て気配を探り、少なくとも俺の索敵範囲にいない事を確認してから俺は急いで商隊のリーダーの所へ駆け寄る。ゲンザーも一緒だ。
「リーダー、これはおかしい」
「そうです。こんな所で20体ものサンドアントに遭遇するのはおかしい、何かあります」
そう、本来砂漠の奥の方にいるはずのサンドアントが砂漠に入って一時間で遭遇する訳がない。しかも20体もの数だ、きっと何かある。俺達がそう伝えると、商隊のリーダーは悩んでから俺達に問いかけた。
「何かあるとして、オアシスは無事ですか?」
「正直現状だとわからないが、無事ではない可能性がある」
「オアシス方面から来ました。向こうになにかあると思って間違いないかと」
そう言う俺とゲンザーの言葉に再びリーダーは悩んでから決断した。
「分かりました、引き返します。その後軍部へと連絡しますので皆さんには商業ギルドで待機をお願いします」
「了解した、決断してくれて助かる」
リーダーの決断に感謝すると向こうは手を振って返す。そうして俺達は元来た道を戻り、一時間かけて街へと舞い戻った。そのまま商業ギルドへと戻り、中の施設で待機する。護衛全員まとめて30人くらいが同じ広い部屋だ。さて、何かあるのは間違いないし、オアシスに関しては正直望み薄だと考えていると、ネスが問いかけてくる。
「オアシスは難しいわよね?」
「あぁそうだろうな」
その問いを肯定する。オアシスは既にサンドアントの群れに囲まれているだろう。蹂躙が終わっている可能性もある。恐らく俺達が接触したのはサンドアントの斥候部隊だ。そんな部隊が動いている以上、既に何らかの動きを見せているに決まっている。
「この後の動きはどうなりそうでしょうか」
「わたくし達は実働部隊として動く可能性が高そうですわね」
リフレの心配そうな声にフタバが答える。確かにそうだ、恐らく実働部隊として動く事になる可能性が高い。だが俺達だけで動いてどうにかなる規模に抑えられるのか?既に相手は斥候部隊を出している。ある程度の準備は既に終わらせていると思っていいだろう。あとは相手の数だ。マリッサからはサンドアントは万の数がいるというが、今回の規模がそれで収まるのか。俺はネスに話しかけようとして、俺とネスティフの背後に男が寄ってくるのに気付いた。
「よ、よぉ……ネスティフ、だよな」
この馬鹿と思っていると、ネスが答える。
「今それどころじゃないのよハリンツ。少し状況を読みなさい」
いっそ冷徹な返事を返すネスに、ハリンツは一瞬怯んでから返事をする。
「状況ったって、珍しくサンドアントが出たくらいだろう」
「そんな甘い話じゃないわよ、多分状況はもっと悪いわ。オアシスは全滅している可能性がある」
ネスがこの場で断言してみせると、周囲の他の護衛がざわ、と騒ぐ。なんだ、その状況を読んでいなかったのかこいつら。
「そ、それは少し妄想が過ぎるんじゃないのか。オアシスだって防衛部隊はいるんだし」
「そのオアシス方面からサンドアントが来たのよ、もうオアシスは少なくとも取り囲まれていると想定した方がいいわ。あなた昔より楽天的になったようね」
「昔の話はよそうぜ、お互いに」
「それなら今は大人しくしていなさい。それでソウ、今なにか言いかけたわね」
気付いていたか。ネスはハリンツとの会話を切り上げて俺と話をするつもりだ。なら俺もそう対応する。
「マリッサに連絡を。最悪を想定してこの街に来訪者を集めたい。俺はギルドチャットで戦闘員全員を集める」
「道場の全員を?それだけの事と想定しているのね」
「あぁ。最悪オアシスは全滅、次はこの街だ。既に向かってきている可能性が高い」
「分かった、マリッサに連絡する。あの人なら何とか集める手段を考えてくれるでしょう」
そうして俺とネスがお互いに連絡を取っている途中で、部屋の扉が開かれた。
「皆さん。軍部の早馬がオアシスへ向け出ましたが途中でサンドアントに襲撃され引き返してきました。軍部は既に部隊を動かし街中の来訪者にも声をかけています。すぐに皆さんも東門へ集結してください」
さて、予想通りか。俺達は東門へ向かいながら連絡を取り続けた。道場の連中には可能な限り早く来るようにと連絡し、ネスはマリッサに可能な限り早く他の来訪者が来るように方策を練ってほしいと頼む。そうして辿り着いた東門には、既に軍部の部隊が集結し城門の上にも配備され完全防衛の構えだ。そうして集まった俺達に軍部の司令官が告げる。
「皆よく集まった!状況は未だ不明なれどサンドアントの群れが東の砂漠よりこの街に近づいているという情報がある!可能な限りこの街の防衛に協力を頼む!」
部隊長の報告に周囲の来訪者がざわざわとする。そんな中少しずつだが状況は動いていく。まずは軍部の斥候部隊。
「報告!東門から約一時間の所の砂漠の縁に大量に穴が出現!次々にサンドアントが出現しています!その数不明!!」
「なんということだ」
斥候部隊からの報告に司令官が思わず息を詰まらせる。大量に穴が出現し、大量のサンドアントか。中々状況は悪い方向に進んでいるな。だが良い報告もある。転移門から次々に来訪者がやってきていた。こちらも順次、数を増やしている。そして我が道場の人員も、着々と増えてきている。全員揃うまでまだ時間はかかりそうだが、まだ何とかなるだろう。だが次にやってきた別の斥候部隊からの報告は、中々来訪者を動揺させるものだった。
「報告!サンドアントの出現が止まりましたが、その数推定20万!20万のサンドアントです!!」
「サンドアントの動きは?」
「まだこちらへは進行していませんが、時間の問題かと思われます!」
その報告に集結した来訪者達のざわめきも大きくなる。20万の敵というのも、中々状況としてはない。それこそ軍みたいなものだ。こちらの軍部としてはどのように対応するのか。
「……防衛戦は難しい、アリは壁を登る。登られて街に侵入されれば終わりだ」
「では打って出ると?」
「街に被害を出さない為にはそれしかあるまい」
司令官とどこかの部隊長らしき人員のやり取りで状況を把握する。なるほど打って出るか、確かに言う通りアリが壁を登る以上全ての壁に兵士を配備できなければ、そしてその兵士が完璧に防衛をしてみせなければ、穴が空いて侵入される。そうなればもう街中で乱戦だ、犠牲者も出るだろう。
「住人の避難は?」
「現在西の方から退避中ですが、恐らく間に合いません」
「ならばやはり兵を東門の外へ展開させる、来訪者もだ」
司令官はそう結論付けると指示を出そうとする。するとそこへ、斥候部隊が帰ってきた。
「報告!サンドアントの軍隊が前進を開始!目標は間違いなくこの街です!!」
「城門兵以外を全て東門の外へ展開!来訪者の諸君!君達も東門の外への展開を頼む!!」
その指示に従い軍部の部隊と来訪者達が外へと展開する。だが俺達は、まだ東門の中で待っていた。全員が揃うのを。その姿を見咎めた司令官が俺達へ告げる。
「君達来訪者も東門の外への展開を」
「まぁ待て。もう少しで揃うのだ、揃った後で、俺達は動く。そして俺達は、この騒動の大元を叩きに行く」
俺の言葉に司令官が一瞬息を飲む。そして俺に告げてくる。
「大元とは一体なんだ?」
「これだけの騒動、一日二日でできる事じゃない。相当入念な下準備をしてきたはずだ。そしてその指揮系統は必ず、一つに集約されている。今サンドアントが集結し、組織的に動いているのがその証拠だ。だから俺達はその指揮系統の大元を、叩く。それが一番、この戦争を早く終結させる手段だ」
そう、こんな騒動早々できる事じゃない。命令系統は必ずどこかに集まっている。でなければあのサンドアントが現在のように組織的に動けるはずがない。その大元を叩けば、恐らく総崩れにできるだろう。その為に、俺は全員が集まるのを待っている。そう俺が告げると、司令官は俺に教えてくれた。
「サンドアントの群れには必ず女王蟻がいる。恐らくそれが大元だ。それは一番巣の奥にいるだろう」
「なるほど、女王蟻か。情報感謝する」
「それで、そこまでどう辿り着くと?」
「勿論、敵部隊に風穴を開けて。敵が通ってきた穴があるのだから、その穴を通ればいずれ巣の奥には辿り着くだろう」
「それが可能だと?」
「我が九堂武術道場総勢百余名であれば」
俺が俺達の集団を名乗ると、司令官は何か納得した。
「何か?」
「ドゥヴァリエのヒュドラ殺し、それが九堂武術道場だったな」
「……耳の早い事で」
「ならば分かった、君達は好きにすればいい」
この街にもヒュドラの事が知られているか。ならばもう少し覚悟した方がいいな。そう思っていると城門の上から声が響いた。
「見えました!蟻の大部隊です!!」
さて、蟻が目視確認可能な所まで来たか。それと同時に、こちらも揃った。
「全員整列!」
師範代の掛け声と共に、呼び寄せた門下生達全員が整列する。内弟子のガントやシュン達もだ。それを見て俺は頷く。
「良く集まってくれた。これより敵の事と今回の作戦を伝える。敵は1メートル程の蟻だ、我らの敵ではない。だが数は実働部隊で20万。俺達はこの壁の一点を食い破り、敵の本陣である穴へと侵入する。そうして敵の命令系統を統括している女王蟻を叩く。単純明快な話だ」
そうして全員を見渡して聞く。
「お前ら武器は全員更新したな?」
「はい!最低でも魔鋼以上の武器に更新しております!」
「ならば良し。無手の者は全員革鎧を装備したか?」
「はい!全員ロックスネークの革鎧を装備しております!」
「ならば良し。それではこれより我らは前線へと赴く。全員ついてこい」
『応っ!』
隊列を組みながら全員で前へと進む。そうして後ろで及び腰に控えていた来訪者達を追い越し、やる気のある来訪者を抜かし、最前線で構えていたこの街の軍部の前へと出る。もう目視できる範囲には、土煙を上げて赤い蟻が迫っていた。
「総員、抜刀!」
号令と共に全員が抜刀する。槍を、太刀を、拳を構え、全員が前傾姿勢を取る。そうして戦意を高めてから、号令をかけた。
「総員、突撃!この蟻達の壁を、食い破れえぇぇぇっ!」
『おおおおおおっ!!』
九堂武術道場一門が号令の下、全員で突撃を開始した。




