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師範代、おはようございます。感覚の調整ですか?


 打拳を打つとゴツ、とした感触が返ってくる。うん、やはり打拳はこれがいい。そのまま腕、肘、膝、足と順繰りに感触を確かめるように打ち、速度を上げていく。現実と仮想の乖離の矯正だ。

 仮想世界での痛覚減少に関しては、まぁ理解できるようになった。仮想世界でも現実の痛覚と一緒だと、仮想世界で痛手を得た時、現実世界の肉体に何が起こるかわからん。何せゲーム、ファンタジーの世界だ。襲ってくる化け物が多い。それに人間も。

 襲われて敗北すれば死だ。そんな時、痛覚が一緒なら、現実でも死んでしまうかもしれん。その為の措置なんだろうなぁと思う。

 そんな事を思いつつ中庭で巻藁に打拳を合わせていると、廊下から隼人がやってくる。


「師範代、おはようございます。感覚の調整ですか?」


「おう、おはよう。……そういや最近お前が稽古で巻藁打つのが多かったのも、こういう事か」


「えぇ、そうですね。感覚の調整は必須だと思いましたので」


 なるほど、こいつも中々考えるようになっていたじゃないか。ふむ、ならばだ。


「打たれる感覚の調整も、必要だろう?」


「え……えぇ、たしかに。その、しはんだいがやらなくても、けんじにたのめば」


「分かってるよ。棒読みになるな。ちゃんと考えて稽古をするなら俺は何も言わんさ」


「そ、そうですか。ほっ」


 あからさまにホッとした隼人に苦笑を浮かべて、巻藁を打つのを止める。そろそろ朝食の時間だ。


「シャワーに行ってくる。あ、そうだ。お前達のプレイ周期ってどうなってるんだ?」


「プレイ周期、ですか?」


「あぁ。どんな時にゲーム内にログインしてる?」


「あぁ、そうですね。午前の稽古終わりに何も無ければ昼食まで。昼食から午後稽古が終わってから何も無ければ。それと夕食後から寝る前まで何も無ければ、ですかね」


「なにそれ、めちゃくちゃログインしてるじゃねぇか」


「いやぁ、実戦経験は得難いものなので、どうしても」


 照れたように頬を掻きながら言う隼人に少しジトっとした目を向ける。


「……休日は?」


「その……食事と強制ログアウトまで、ですかね……」


「はぁ……。ちゃんと自重はしろよ?」


「それはもう」


 俺の言葉にぶんぶん頭を振る隼人に苦笑する。このままゲーム廃人とかいうのになって、稽古に顔を出さなくなるのは困るからな。


「じゃ、行ってくる」


「はい、食堂でお待ちしております」


 見送る隼人の視線を背に、俺は一旦風呂場へと向かった。


************


 一瞬の明滅の後、俺は再びグランフェストの大地へと降り立つ。割と中央通りの脇に降り立った俺の前には、既に金色のウェーブがかった長髪の女性がいた。


「リフレ、早いな」


「えへへ、ちょっとでも早くと思って」


 照れくさそうに言うリフレにしょうがないなと苦笑しつつ、周囲を見渡す。はじまりの街、アジンラートの空気だ。日はまだ高い。昨日寝る前までは、街を出て薬草を摘みに行っていたのだ。

 この世界でも薬草と一口で言ってもそれが回復薬なのか、毒消しなのか、詳細に分かれている。ちなみに火傷に効くという草はアロエっぽかったのには思わず苦笑してしまったが。そんな感じで経験を摘み、ある程度の薬草の見分けはつくようになった。サポートしてくれるリフレ様様だ。

 確かにこの肉体、魔人種はそういった経験でのボーナス補正は大きいように思う。何度か摘んだ時点で、すぐに他の草に薬草がどれだけ混じっているのかを判断できるようになったのだから。

 だがこれも制約のお陰らしく、他の魔人種でもそこまで習得が早い人はそう居ないらしい。中々ままならないものだなと思いつつ、俺は本日の行動を決める。


「そろそろ街の外で狩りをと思うのだが、何か準備するものはあるか?」


「そうですね、ヒーリングポーションやなんかは必要だと思いますが、まず何よりも、防具を揃えましょう」


「ふむ……防具ね。分かった、いい店があるか?」


「うーんそうですね。とりあえず鍛冶通りに行きましょうか。まだアジンに居るプレイヤーの店って中々ないので」


「そういうもんか」


 そうして案内された鍛冶通りはなるほど、言葉通りの通りだ。トンカンと音を響かせる店が多く立ち並んでいる。その並んでいる店を順繰りに見回しながら、俺はリフレに聞いてみた。


「リフレの装備は、胴は金属鎧だろ。草摺もだ。足甲もか?」


「いえ、足甲と大脚部は硬革製です。今の所特に困ってないですよ」


「靴は、ブーツか。ブーツはなぁ」


「ソウさんの場合、足の裏さえ硬ければ大丈夫だと思うので、足の裏は厚めのゴムにして、普通の靴サイズがいいと思います」


「だな」


 そんな事を考えなら鍛冶通りを歩いていると、一店の店を見つける。基本革鎧専門店のようなショーウィンドウだ。うん、ここでいいんじゃないかな、初期装備だし。


「あ、ここ良さそうですね」


「だな、とりあえず入ってみるか」


 店内に入ると独特の革の匂いが充満していた。なるほど、確かにこれは当たりかもしれない。


「いらっしゃいませ」


 にこやかにカウンターから声をかけてくる若い青年に向け、こちらからも声をかける。


「鎧一式を揃えたい。あと靴も」


「はいはい、ちょっと待ってくださいね」


 そう言うと青年はカウンターから出てきてメジャーを取り出し、徐に身体を測っていく。


「ふむ、なるほど。ちなみに材質は?」


「胴と大脚部に関しては硬革製で、後は柔らかくていい。靴はブーツではなく底の厚さがあればあとは普通の靴で」


「ふむふむ。肩はどうします?肩鎧もつけますか?」


「いや、それはいらない」


「ヴァンブレイスは?」


「そうだな……そこも硬革にしておくか」


「わかりました」


 そう言うと青年は店内を見回り「これと、これと」と次々に商品を取り出していく。中々手際の良い事だ。

 そうして数分待っていると、店員は装備一式を纏めたカゴをカウンターへと置いた。


「現状、お客さんの装備できる店内の装備品はこれですね。後はオーダーメイドになります」


 そうして並べられたのは革鎧、ヴァンブレイス、革の靴、草摺の四点だ。流石に大脚部に関しては難しかったか。


「いや、お客さん大柄なので。中々オーダーメイド以外だと今後も難しいと思いますよ?」


「ま、それは自覚してる。それでいいので買わせてくれ」


「はい、しめて18000て所ですね」


 む、結構ギリギリだな。そう思いながらお金を払い、一つずつ防具を装備していく。服の上から革鎧を、腕にヴァンブレイス、草摺を腰に巻き、靴を履き替える。

 それが終わると、店員がカウンターにコト、と一つの小剣を置いた。


「これは?」


「サービスです。お客さん来訪者でしょ。剥ぎ取り用に使って下さい」


「それは……助かる。ありがとうな」


「いえいえ、またのご利用お待ちしております」


 見送る青年の声を背に受けて、俺とリフレは店を出る。なるほど、あそこも住人の店だったか。そんな事に感心をしつつ隣を歩くリフレからの視線に気付く。何か言いたげにチラッチラッとこちらを見ている。


「なんだよ」


「いえ、その、に、似合ってるなって」


「そうか?普通の革鎧だと思うが」


「それはそうなんですけど」


 見た目にも普通の革鎧でしかないんだが。色も革そのままの色だし。ともかく、だ。


「これで準備は整ったし、狩りに行くか」


「そうですねっ。それじゃあ、西の森に行きましょうか」


 そうして先導されるままに鍛冶通りを出て中央通りに向かい、初期スポーンした広場へと出る。そこはやはり多くの人で溢れていた。そこへ入るとリフレはマントのフードを被る。


「ん、どうした?」


「いえ、その。……ちょっと顔が売れていると、厄介なのに絡まれたりもするので」


 なるほど、そういう事か。なんでこいつがフード付きマントを装備しているのか気になっていたが、そういう事になっているのか。


「ちなみに売れてるって、どんな風に?」


「公式動画とか、ゲーム内掲示板とか……ですね」


「ゲーム内掲示板?」


「はい、ゲーム内から公式HPの掲示板にアクセスできるので、そこで名前が出ていたりするんですね」


「ふーん。ちなみに何ていうスレッド?」


 俺がそう聞くとあからさまに動揺し、数秒考えた後で、一つ溜息をついた。


「その、前線攻略組スレッドとか、槍使いスレ、それと……ゲーム内、び、美少女スレ、とか」


「…………」


 思わず吹き出してしまいそうになったが、流石に堪えた。ここで笑うとどんな反応が返ってくるか想像に難くない。だが良い事を聞いた。

 メニューを立ち上げその中から『掲示板』を選択。検索ワード「美少女」で検索すると、すぐに最新スレッドが出てきた。それを開くとなるほど、プレイヤーの美少女を見守っているコメントがずらりと並んでいる。

 その内容を確認していると、昨日のコメントがいくつか出てきた。あぁ、リフレと闘技場に行った時のがもう載っている。


「……リフレに付き纏う謎の黒いでっかい奴、か。まぁ確かに」


「みっ、見てるんですかっ!?」


「いや、まぁちょっと気になって」


「見なくていいですというか見ないで下さい!!」


 慌ててこちらを向くリフレにはいはいと言いながら掲示板を閉じる。スレッド上での敬称は完全に『リフレたん』だったのが面白い。現実じゃそう呼ばれないだろうからな。

 しかしこれで視線の意味がある程度は理解できた。美少女の見守り隊のものだったんだなぁ。

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