……分かりました
現実での夕食時、親父から話があった。
「宗吾。明日の夕食後、離れに行く。心の準備をしておくように」
「……分かりました」
「智香子さん、涼子も一緒に頼む」
「かしこまりました」
「わかりました」
はぁ、気が重い。夕食時にそんな話されたくなかった。気が重い。ゲームにログインする気に少しなれなかったので茶の間で一人、お茶を飲む。
すると静かな足音が2つ聞こえてくる。それは分かっていた通り涼子と智香子で、二人は静かに微笑むと俺の前に茶菓子を置いた。なるほど、あんころ餅か。小さなそれを添えられた楊枝で刺して口に運ぶ。
「甘い」
「あんこですもの」
俺の単純な感想に微笑んで智香子が言う。涼子もそんな様子に笑みを浮かべてお茶を飲む。はぁ、甘さが身に染みる。
それよりも、明日に向けて一つ確認しなければいけない。
「智香子、聞いたか?」
「えぇ、涼子さんから」
簡潔な問いかけに、しかし智香子は答えてみせた。そうか、涼子から聞いたか。なら明日の意味も分かるだろう。だがなぁ、それでもなぁ。
「あぁ、明日がしんどい」
「逃げられませんよ、師範代」
「お前はたまに厳しいね、涼子」
「師範代が逃げる所は見たくないですから」
そりゃそうか。俺も逃げたいわけじゃない。でもこればっかりは感情的になんというか、嫌なのだ。こればっかりは、うん、しょうがない。
「まぁ、なるようにしかならんか」
「そうですね」
「そうでしょうね」
二人揃って同じような事を言われる。本当に、なるようにしかならんな。もう一つあんころ餅を食べよう。
そうしてもう一つあんころ餅を口に含みお茶を飲んだ時、智香子が懐からガジェットを取り出した。それからしばらくして急に声をあげる。
「えっ」
「どうした?」
「どうかしたんですか?」
急な智香子の声にちょっと驚いて聞いてみる。すると意外な答えが返ってきた。
「動画になってるって」
「なにが?」
「アダマンタイト戦」
「……公式動画?」
「えぇ。マリッサから」
えっと、うーん。マジかよ。
「えっ、本当に?」
「えぇ」
「……ありました」
俺と智香子が繰り返しのやり取りをしている間に涼子が公式サイトで発見した。こちらに見せてくる動画のタイトルは『サービス開始後初!アダマンタイトゴーレム討伐動画!』となっている。
「え、初?」
「書いてある通りだと、そうみたいですね」
「……今まで誰も討伐してなかったのね」
「というか、ダンザさん達の言葉通りだと、本来相当深く潜らないと遭遇しないような敵でしょうから」
「時間制限のある来訪者だと遭遇すらしなかった可能性もあるのか」
涼子の言葉に一つ納得する。そりゃ確かにあんな化け物、そうほいほい出会ってたら命がいくつあっても足りないわ。本来遭遇率が相当低いはずの敵だったんだろう。それが何の因果か、俺達の前に姿を現してしまった、と。
「とりあえず、見てみましょうか」
「……お願いします」
思わず敬語で涼子にお願いし、動画の再生ボタンを押してもらう。そうして再生された動画は、俺達がアダマンタイトゴーレムと遭遇した所からスタートした。
俺が突っ込み拳を当てて涼子達が側面から攻撃する。それを幾度か繰り返した所でとうとう場面は涼子達がゴーレムの攻撃を受けて吹き飛ばされた所となる。その時一瞬だけ、音声が途切れる。
「あれ、今音声途切れた?」
「あ、多分師範代が私達の本名呼んだからだと思います」
「……あれ、呼んだっけ?」
「呼んだわよ」
「呼びましたね」
そうか、二人が言うならそうなんだろうな。俺の記憶に無いだけか。あの時は結構いっぱいいっぱいだったからな。
そうして場面は最後となり、俺がゴーレムの拳を掻い潜り胴体を殴る。ゴーレムが崩れ落ち、拳を突き上げ雄叫びを上げた所で終わった。そしてエンディング。
音声抜きで俺が頭から血を流している所から始まりそれに慌てる二人の姿が流れてホワイトアウトしスタッフロール。やはり俺達の名前が表示されてENDだ。
「……これ、普通の人から見たらなんで師範代がゴーレム倒せたのか分からないんじゃないですかね」
「そうよね。動画で見てもただ殴ってるだけにしか見えないものね」
「これ見て勘違いして、ただ殴れば勝てると思って突っ込んでいく無謀な奴とか出そうだなぁ」
「ちょっと嫌な予感するわね。掲示板見てみるわ」
智香子の言葉に俺も嫌な予感を覚え、『公式動画感想スレ』を見てみる。するとまぁやはりいる。『ただ殴ってるだけじゃね?』『素手で殴れば勝てるんか』『今から素手で鉱山ダンジョンいってくる』という書き込みが。賢明な書き込みでも『素手よりメイスのほうが良さそうだからメイスでいってくる』という程度。
あーこれ注意した方がいいんかなぁ。そこで最近ちょっとお世話になっている『武道・武術総合スレ』を覗いてみると『あれは浸透勁を使った打撃』『発勁と同じ類の攻撃を行っている』というさすがその筋の方の意見が書き込まれていた。
とりあえず『武道・武術総合スレ』の住人は大丈夫そうかな。
「やっぱり一般的に見たらわからんよなこれ」
「そうね。感想スレの住人は分かってないわね。どうする?」
「どうしようか……書き込むのもなぁちょっと」
「放置でいいんじゃないでしょうか。どうせ文句言う人は何しても言ってきますし」
「こういう時意外と涼子さんはドライよね」
智香子の意見に思わず頷く。涼子は『リフレたん』以来、掲示板住人に対しては何かとドライな意見をお持ちだ。まぁその気持ちは分からなくはないけれど。とりあえず涼子の意見通り放置でいいかな。
「というわけで、放置で」
「ま、そうよね。そこまで教えてあげる義理もないしね」
「そうですそうです」
そういう訳で掲示板について、というか俺に対する意見については放置になった訳だけれど。他に心配がない訳ではない。
「……大丈夫かしら、マリッサ達」
「俺達がマリッサの店使ってるのは知ってる人は知ってるもんな」
「アダマンタイトを要求する人とか出てきそうですよね」
「そうなのよね。無茶な要求とかされてなければいいけれど。心配だわ」
智香子の心配もすごく分かるのだが、こうなってしまった以上どうなるかは俺にも分からん。なので何とかマリッサ達には問題が発生しないよう立ち回って欲しいものだ。
「まぁ何かあったら俺が前に出るように立ち回ればいいかな」
「そうね。そういう時は盾になればいいわね、宗吾が」
「そうなると最終的に九堂武術道場が出てきちゃいますけどね」
「あら、それは怖いわね。いい盾になれそうじゃない」
「もうそうなったら戦争だろうが……。そうなる前に俺がなんとか収めるの!」
そんな血で血を洗うような状況にはなってほしくないものだ。なんとかそうならないように、変に先走ったりする人が出ないように、お願いします、運営さん。そう心の中で祈りながら、その日は眠る時間まで3人で茶の間で談笑を続けるのだった。
明けて翌日。午前の鍛錬を終え風呂に入ってログイン。ログインしたのは天幕の中。そういえば今の道場の天幕でログアウトしたんだったなと思い出しつつ外に出ると、そこにはガントとシュン、複数の門下生達がいた。
「あ、師範代。お疲れ様です」
『お疲れ様です!』
「おう、お疲れ様。お前達も今ログインか」
「えぇ。これからイロハッチ達と合流して狩りに行こうかと思ってました」
そう話していると、イロハッチとメープリー、リフレとネス等女性陣が女性用天幕からやってくる。
「あ、師範代。お疲れ様です!」
『お疲れ様です!』
「あ、あぁお疲れ様。この流れさっきもやったんだよな。まぁいいや、お前達はこれから狩りだろ。頑張れよ」
「はい!がんばります!」
そうしてイロハッチ達含めた門下生達はそれぞれ狩場へと散らばっていく。それを見送ってから、俺はリフレとネスに声をかけた。
「とりあえず『電脳遊戯倶楽部』の様子を見たいんだが、このまま普通に行くのはまずいよなぁ」
「そうね、聞いてみるわ」
俺の言葉にネスが答えてウィンドウを操作する。フレンドチャットを飛ばしているんだろう。しばらく待つと、ネスから指示があった。
「裏口に回ってほしいそうよ。やっぱり表から堂々と入るのはまずいみたい」
「だよな。じゃあ裏口にいくか。なるべく隠形を使って」
そうしてネスを先頭にして、なるべく街の裏道を使って『電脳遊戯倶楽部』へと向かう。裏通りからそのまま裏口に辿り着くと、ネスが裏口のドアを2回ノックした。するとそこからナリンセンが顔を出す。
「……見つかった?」
「多分大丈夫よ」
「入って」
ナリンセンに促されて店内へと入り、先導されるまま普段の応接室ではなく、奥の会議室へと誘導される。そこに入るとナリンセンは静かにドアを閉めて一息ついた。
「今チャットでマリッサを呼ぶ」
「すまんな、迷惑かけて」
「別にそれはいい」
そうしてしばらくすると、会議室の中にマリッサが入ってきた。彼女は若干疲れたような表情を浮かべている。
「いらっしゃいあなた達。来てくれると思ってたわ」
「あぁ。申し訳ないな、騒ぎになって」
「こっちこそ申し訳ないわ。本来堂々と入るべきお客様なんだものあなた達は」
そう言うマリッサは会議室の椅子に座る。
「とりあえずあなた達も座りなさい。ナリンセン、お茶を人数分頼むわ」
「わかった」
マリッサに促されて椅子に座ると、ナリンセンが会議室に備え付けのティーポットでお茶を入れてくれる。
「申し訳ないけれど、この部屋にはル○ンドは常備していないのよ」
「いやル○ンドが食べたくて応接室にお邪魔している訳じゃないからな」
「分かってるわよ」
そう言って少しだけ微笑むと、マリッサは次にははぁ、と溜息をついた。
「この店、今見張られてるの」
「……だろうなぁとは思ったが。どこの奴だ?」
「分からないわ。プレイヤーなのは確かね、それも複数のグループよ」
予想以上に難儀な状況に、こちらも思わず溜息をつく。複数のグループって、そこまで本気なのかよ。
「目的は?」
「あなたと取引をしたいのか、ウチの店のアダマンタイトを狙っているのか。はっきりとはしないわね。でも間違いないのは、この店にあなた達が来るタイミングを狙っているという事よ」
「ガミンガ達は大丈夫なのか?」
「連絡を取ったけれど、あちらは大丈夫みたい。ただ念の為警戒はしておくとの事よ」
その事に少しだけほっとする。あくまで狙われているのは俺達と直接取引のあるこの店だけ、という事か。
「どうやって気づけた?」
「ナリンセンがね。この子はそういうの得意だから、昨日の夜ログインしてすぐ気付いてくれたわ」
「昨日の夜からかよ……」
「でも昨日の夜のほうがまだマシだったわ。直接交渉に来たグループがいたからね。まぁ追い返したけど」
「そのグループが見張っている?」
「多分違うと思うわ。そんな奴らなら直接交渉になんて来ないわよ」
ふむ、向こうの狙いは間違いなくアダマンタイトだろう。それは分かるが、それをどのようにして手に入れようとしているのか、それが分からない。そこが不気味だ。
「もういっそ、見張りを捕まえて聞いてみる?」
「駄目よネス。そんな事したら見張りが嫌がらせに発展するわ」
「……難儀な状況ね」
「えぇ、本当に」
ネスとマリッサ、二人そろってはぁと溜息をつく。その状況を見ながら考えるのだが、うまく纏まらない。奴らの狙いは分かっているのに、その手段が分からない。奴らになにか交渉材料があるのだろうか?
「その直接交渉に来たグループは何と言ってきたんだ?」
「金を払うからアダマンタイトを寄越せと。もしくはソウさんを紹介して自分達にもアダマンタイトの取引権をくれるよう交渉しろという話よ。人を小間使いかなんかと勘違いしている奴らだったわ」
「他の見張りを置いているようなグループも、結局目的は同じなんだろうが、その手段がわからんのが不気味だ。何か俺達にとって有利な条件、もしくは俺達が不利になるような何かを持っているのかな?」
「……中々想定しづらい状況よね。私達よりソウさんにとって有利な条件といえば、例えばベルカス達より腕のいい職人とか?」
「多少腕が上くらいなら信頼のあるベルカス達に頼むんだがな。そっちのパターンを考えるより俺達が不利になる何かを持っている、という線で考えたほうが早いかもしれん」
「それも考えにくくない?言ってしまえばあなた達はこのゲームで最強に近いプレイヤーよ。それにゲームのプレイ期間の短いソウさんは特に瑕疵なんてどこにも見当たらないじゃない」
その線も考えにくい、か。だが俺はともかくネスやリフレを攻める方向はどうだろうか。と考えてみても、そこにも瑕疵は特に無さそうなんだよなぁ。うーむ、もうちょっとじっくり考えたほうがいいか。




